かわたれ時…4人形と異形の剣21
「おう。サキ、戻って来たか。」
みー君がうんざりした表情でベッドの横にある窓から顔を出した。みー君には何かあるといけないので外で待ってもらっていた。
「終わったよ。あたしは人に見えてしまうからさっさとお暇するかい。」
サキはイクサメ達を置いてさっさと窓から外に飛び出した。
「ああ、待って!」
三姉妹もサキを追って窓から外へ飛ぶ。残されたイクサメも迷った末にサキを追って窓から飛び降りた。
ここは一階だったので飛び降りるには問題なく、全員きれいに着地を決めた。庭からこそこそと外を目指す。
「おい、イクサメ、お前、外に出るなって言っただろうが!」
みー君の鋭い声にイクサメはしゅんと肩を落とした。トモヤの件もあり、今はとても傷ついているようだ。
「みー君、まあ、いいじゃないかい。イクサメも傷ついているんだ。」
サキがイクサメをかばう仕草をした事により、みー君の怒りが爆発した。
「もう完璧に言い逃れできないじゃねぇか。お前、これからどうするんだ?『まあいいか』ですまされるか!剣王の城に忍び込む時といい、お前は後先考えずに無茶ばかりしやがる!それから俺はお前の従者じゃねぇんだ。お前が危険な状態になっても助けられねぇ時だってある。俺だって東を背負ってるんだ。なんか行動に起こせばいいなんて曖昧な考えで動くな!」
呑気なサキをみー君が鋭い声で叱った。久々に凄味をきかせたみー君の声を聞き、サキはビクッと震えた。まわりの人形達も言葉を失い、固まった。
「……そうだね。その通りだよ。ごめん。あたしは太陽神の頭。考えて動かないといけない事くらいわかっている。でも、困っている神や人間を放っておけないんだ。
あたしには冷酷に助けられる者と助けられない者をふるいにかける事なんてできないよ。あたしは本当は上に立つ素質なんてないんだ。でもやるしかない。あたしはあたしなりに頑張ってきた。みー君にも沢山迷惑をかけたと思っている。
……本当は自分自身、どうやって動けばいいかまだよくわかっていないんだ。トモヤ君にあんな事を言ったけどあれは自分自身に言った言葉のようなものだね。背負うものが多すぎていつもくじけそうさ。……みー君が怒るのも無理ない。ごめんね。みー君。」
サキは疲れた顔をみー君に向けていた。いつも気を張って生きてきて失敗ばかりでサキは心が折れそうだった。逃げられないレールの上をただ、がむしゃらに走る事しかできなかった。それでもサキは前を向いて辛い所を見せないように笑顔でいた。
「サキ……俺はお前の誰でも助けてやるって所は評価している。そこは変えなくていいと思う。」
みー君は表情なくつぶやく。
「トモヤ君にあたし、自分で考えろって言ったけどあたしもみー君に頼りきりで自分で何も考えてなかった。考えるのが怖くなってた。みー君なら答えてくれる、助けてくれるって思っていた。あたしってトモヤ君と変わらないじゃないかい。」
サキは庭から外に続く壁の前で立ち止まった。
「サキ、しっかりしろ。お前はまだ十七年しか生きていない神だ。うまく動けねぇ事はわかってる。だがな、まわりはそれを逆手に取っているんだ。お前はつけこみやすい。それだけ注意しろって事だ。だからって疑心暗鬼になるなよ。」
みー君はサキをそっと抱えた。
「!」
「俺は全力でお前を助けてやる。だからこんな壁でくよくよしてんなよ。これからはちゃんと考えて行動しろよ。」
みー君は地を蹴り、サキを抱いたまま、壁を越えた。
「ふーん。」
りぅがふふんと笑う。
「りぅ、笑っていないでさっさと行きますよ。」
きぅは不気味に笑いながら飛び出したじぅを慌てて追う。きぅに引っ張られた平次郎はりぅと共に高く空を飛んだ。
イクサメは一人、壁の前に立ち尽くしていた。
……私は輝照姫様と天御柱様に多大な迷惑をかけた……。私一人の力でどうにかなるかわからないがあの二人を全力で助けよう。
イクサメはそう誓い、壁を超えるべく高く跳躍した。壁のてっぺんで足をつけ、もう最後になるであろうトモヤの家をそっと眺める。
……トモヤ……私は君を狂わせた罪を償うよ。勝手でごめんな。……さようなら。
イクサメはトモヤに向かい、届かない声でつぶやいた。ひどく切ない顔でそっと壁から飛び降りた。
「おや、皆お揃いとはねぇ。」
ふいに男の声が聞こえた。イクサメは身体を固くして立ち止った。この呑気な声は間違いなく剣王のものだった。恐る恐る前を向くと邪馬台国にいそうな格好の長身の男が悠然と立っていた。
「剣王か。嫌な時に現れやがって。」
みー君が頭を抱えてうなだれた。サキはビクビクと身体を震わせている。
「罪神を見つけたらすぐさま、それがしに言ってくれないと。ずっと探してたんだよ。ねぇ?これは保護したとは言えないなあ。」
剣王は鋭い瞳でサキ達を睨みつける。剣王の鋭い視線に当てられ、サキは思わずあやまりそうだった。それを素早くみー君が遮った。
「あやまるな……。お前はとにかく認めるな。」
「わ、わかったよ。」
みー君が声を潜めてサキに耳打ちをする。サキは小さく頷くと黙り込んだ。
「それがしの城にいたのは何故だ?」
剣王は不気味な笑みを浮かべながらみー君とサキを見据える。
「祭りが楽しそうだったんで遊びに行ったんだ。ワイズからサキとは離れるなって言われていたがサキが暁の宮でゴロゴロしてたんで大丈夫だと思い、勝手に外に出た。」
みー君の頬に汗が伝う。
「ふーん。君があの祭りに興味を示すなんて珍しいねぇ。」
剣王はもう真実を知っているようだった。みー君は言い逃れができないと悟り、別の事を口にした。
「バレちまったらしかたねぇな。俺はな、龍雷水天神と流史記姫神の関係を調べててな。ワイズ軍のイドと剣王軍のヒメがかなり親しくしていたんでちょっと興味本位で。」
みー君の発言で剣王の表情が曇った。
「その関係を調べても何も出ない。ただ、親しくしていただけだろう。」
「俺の考えだとあの二神は血が繋がっているんじゃないかって思っているんだが?しかし、何故、家族なのに同じ領土にいないのか?」
みー君は鋭い瞳で剣王を睨みつける。
「……はあ……。わかった。君が城にいた事はワイズには黙認していてあげるからこの件の詮索はよしてくれ。血が繋がっているかいないのかそんな事はわからない。変な噂も流すなよ。」
剣王はため息をつくと腕を組んだ。この件は剣王にとって隠しておきたい事実らしい。
「わかった。ちなみにサキが城にいたって事実もねぇから勝手な事をしゃべるなよ。」
「君は本当に腹が立つ男だねぇ。わかったよ。証明できないからねぇ。」
みー君の押しで剣王は素直に引き下がった。
「ま、でも君達がイクサメを保護していたのは間違いないんだろう?そこの三姉妹が関わっている事は間違いないけどねぇ。」
剣王は今度、きぅ、りぅ、じぅに目を向ける。三姉妹は青い顔でオドオドとみー君の影に隠れた。
平次郎はその隙に剣王の元へと歩いて行く。
「剣王、今回の罰し方は色々おかしかったわ!」
りぅが勇気を振り絞って剣王に叫んだ。
「何がおかしかったと言うのだ?死罪は死罪だ。」
剣王は鋭い瞳で三姉妹を睨みつけている。冷たい空気があたりを覆っていた。
「厄ですよ。厄。イクサメは厄なんて人間に渡せません。厄神ではありませんからね!」
きぅもみー君の影に隠れながら必死に叫ぶ。
「ほう、それでそれがしに逆らったと。Kの顔に泥を塗っているがな。」
「知っているわよ!でも私達はKの奴隷じゃない!Kの使い。ちなみに言うとあんたの奴隷でもない!あんたの配下でもない!あんたがKと交渉をして私達を借りただけ。間違えんじゃないわ。」
りぅがビシッと剣王に言い放った。きぅは「そこまで言うのですか」とビクビク怯えている。じぅは近くにあった草を触っていた。
「まあ、確かにこれからもKとの関係は良好でありたい。しかし、君達の発言は許せないなあ。借りている間はそれがしの配下でしょ。
この契約を破ってしまったらKはどうなるのかな。それがし自身もリスクを負っているけどKも負っているんだろう?」
「……っち、Kも契約中にリスクを負っているから私達が契約を守らないとKに罰が飛ぶ。Kがそういう風にシステムを作ったから……。」
りぅの言葉を聞き、剣王は大きく頷いた。
「そういう事だ。まあ、君達が言っている事ももっともだ。だから罪状を変える事にする。どちらも死罪だから関係がないが『厄および』の部分は削除だねぇ。」
剣王はふうとため息をつくと三姉妹を呼び寄せた。
「まだ契約は終わっていない。従ってもらうよ。それがしもギリギリを彷徨っているんだからねぇ。」
剣王の言葉に三姉妹は逆らう理由がなくなっている事に気がついた。どちらにしろ、イクサメは禁忌を犯した。死罪確定なのだ。
ただ、その『厄および』の部分が引っかかっていただけだ。それが取り払われた今、三姉妹に逆らう理由はない。
「りぅ、じぅ、剣王の元へ帰りますよ。」
きぅは釈然としない顔で納得のいっていないりぅを引っ張り歩く。じぅは「きゃはは」と笑いながら剣王に向かい走り出していた。
「で、三姉妹はいいとして問題は君達だ。」
剣王は再び、サキとみー君に目を向ける。




