かわたれ時…4人形と異形の剣19
「本当にそれで良かったのか?」
イクサメはトモヤに再度質問を投げる。トモヤはふてくされたように頬を膨らませながら下を向いた。
「本当はひとりぼっちなのではないか?」
「違う!違う!」
イクサメの言葉に対し、トモヤは過剰に反発をした。
「違うのか?では何故泣いている?」
「……。」
イクサメがトモヤの瞳から流れる涙をそっとぬぐった。トモヤは耐えきれなくなったのか大粒の涙をこぼしながらつぶやいた。
「僕は……ひとりぼっちじゃないんだ……。でも……もう仲良くなんてできないよ……。」
「……。」
イクサメはトモヤの悲痛の表情を見つめ、グッと唇を噛みしめた。トモヤ自身、取り残されている事を認めたくないようだ。
……私のせいだ。私がトモヤに一生残る傷をつけてしまった……。
やってしまった事は消えない。これからトモヤが大きくなってもずっと友達を傷つけてしまった事を背負い、まわりからもずっと言われ続けるだろう。親との関係も壊れてしまったまま戻る事がないかもしれない。
「あの時、僕はどうすればいいかわからなかったんだ。頭の中であってる事をしていると思いこみながら頑張ったけど……僕のやった事って間違ってるよね……。もうとっくに取り返しがつかなくなっている事に気がつきたくなくて僕は正しい事をしているって思って逃げてたんだ。」
トモヤはイクサメに向かい救いの目を向けていた。
……ねえ、お人形さん……助けて。僕はどうしたらいいの?助けて……。
トモヤの心をイクサメは受け止めていた。だがイクサメはもう、トモヤを助ける事はできなかった。
イクサメ自身、怖くなったのだ。助けてあげたいがもっと酷い方向へ行くかもしれない。人に手を下したのはやはりまずかった。話しかけてもいけなかった。
イクサメは自分を責めていた。だがここでトモヤを見捨てるわけにはいかない。
「僕、お人形さんが話してくれなくなった前の日に怖い夢を見たんだ。怖い男の人が刀を振り回していてお人形さんを傷つけているんだ……。僕はその夢を見て思ったんだ。あの男の人は僕で僕は皆をああいう風に傷つけているんだなって……。」
トモヤがイクサメを仰いだ。男の人というのはおそらく剣王だろう。
イクサメの処刑の日、トモヤは眠っており、弐の世界にいた。イクサメに会いたいと願ったらトモヤはあの空間に気づかぬうちにいた。そしてイクサメが斬られる所を間近で見てしまった。
トモヤはあの時の剣王と自分を重ね合わせていた。カッターで女の子を切つけた時の事と剣王がイクサメを斬った所がトモヤの中でかぶった。
「あの時、僕は……えりこちゃんはきっと痛かっただろうなって思った。」
「トモヤ……。」
イクサメはトモヤの言葉を静かに聞いていた。
「でも僕は強くならないといけないから……しかたがないって思ってた。でもこれは違うってお人形さんは言った。僕は何が強いのかわからない……。」
トモヤは両手で顔を覆うと嗚咽を漏らしながら泣き始めた。泣き始めたと同時にすぐ後ろから鋭い声が飛んできた。
「馬鹿だね!経験があってこそ、強くなれるんだよ!強くなるって事はね、大変なんだ。暴力を振るう人間は暴力でしか自分を保てない弱い人間だよ。
そんな人間にはなってはいけない。あんたはこの経験を活かしてこれを乗り越える事で強くなれる!だから絶対に逃げてはいけないよ。」
トモヤの後ろで声を張り上げたのはサキだった。イクサメは驚いた顔でサキを見ていた。
「輝照姫様……?」
イクサメは物憂い表情で近づいてくるサキに戸惑いの声を上げた。
「この弐の世界には簡単に入り込めたよ。えっと、君はトモヤ君だっけ?トモヤ君はあたしを必要としていたね?」
サキはきょとんとこちらを向いているトモヤに優しく声をかけた。
「お姉さんは誰?」
「お日様に住む神だよ。トモヤ君は暗闇から抜け出す光がほしいんだろう?」
「おひさまの神様!」
トモヤの目に少しだけ光が戻った。
「そう。お日様。君はね、お日様にできた影の方で暗い暗いって泣いているんだ。そこから出ればいいのにそれに気がついていないんだ。」
サキはトモヤをまっすぐ見つめ、はっきりと言葉を発した。
「え……?」
「トモヤ君は日陰から明るい所に出る時に人に抱えてもらって出るのかい?」
「……ううん。歩いて出るよ。」
サキはトモヤの返答に大きく頷いた。
「そうだろう?結局は自分の足で動かなければ意味がないんだよ。君は今、暖かい日なたに行きたいけど行かないで寒くて暗い日陰で『寒い』って言っているだけなんだよ。」
サキの言葉にトモヤの表情が暗く沈んだ。
「顔も曇っててその目から雨が降ってる。それじゃあ、日なた云々よりもお日様が出ないよ。」
「でも……僕はどうしたらいいかわからない。」
トモヤはサキに救いの目を向けた。
「甘ったれるな!そこのお人形さんがいないものだと思って動け!」
サキは救いの目を向けているトモヤに怒鳴った。トモヤの目は再び潤み始めズボンの布を握りしめたまま下を向いた。
「こ……輝照姫様……。」
イクサメはトモヤが心配だった。今のトモヤには助けが必要だ。
「君は今、ひとりぼっちだ。だけどこれからは変われる。仲間は増やすものだよ。待っていても来やしないさ。自分で増やさないと君はこれからも一生ひとりぼっちだ。」
サキの鋭い言葉をトモヤは泣きながら聞いていた。
「輝照姫様……それができないからトモヤは……。」
イクサメがトモヤをかばうように優しく寄り添った。
「イクサメ、あんたは人形で神だ。人形は本来、人と人とを繋いだり、人と神を繋いだりするものだよ。人形は繋ぐだけさ。繋ぐはずのあんたがトモヤ君から人間との付き合いを遮断してどうするんだい?」
「……。」
サキの言葉をイクサメは重く受け止め、顔をしかめた。
……自分がトモヤを救うなんておかしな話だった。人形は人と人とのコミュニケーションを助けるもの。私がトモヤを助けるのではない。トモヤを助けるのは人だ。私ではない。
頭でわかっていてもイクサメはトモヤを守ってやりたかった。守れない自分がとても悔しかった。イクサメは歯を噛みしめながらこらえきれない涙をこぼした。
「私は……君を守りたいけど守れない。守れないんだ……。」
イクサメはそっとトモヤを抱き寄せた。トモヤは今まで感じた事のないあたたかいものをイクサメから感じた。
「お人形さん……僕はお人形さんを苦しめていたんだね。」
トモヤはイクサメの悲痛な表情を見、そうつぶやいた。
「それは違う。トモヤを苦しめていたのが私だったのだ。ここまでやっておいて君を見捨てなければならなくなってしまった。」
「僕が最初にお人形さんをほしいなんて言ったからお人形さんは……。お母さんがおじいちゃん、おばあちゃんの所にお人形さん返しちゃったって言ってたけど……それで良かったのかもしれないね……。」
トモヤは切ない笑みをイクサメに向けた。
「……トモヤ、私はずっと君といたいと思う。だけど君は私に構わずに歩いていかなければならない。」
イクサメはトモヤの頭にそっと手を置くとトモヤにあげた力をかき消した。
トモヤの身体が突然重くなった。歩くのも億劫なくらい身体がだるく、何もできない不安が襲う。
「これが本当の君の身体だ。私の力で君は偽りの状態で生活していた。ここからが君のスタートになる。もう私がこうやって出てくる事は最後になるが私はいつも君を見ている。辛くなってもくじけてはいけない。」
イクサメは苦しそうに言葉を紡ぐ。自分がした事でトモヤが苦しんでいるのにさらにトモヤを苦しめる事しかできない。なんともならない現実にイクサメはうなだれた。
「僕がここで頑張ったらお人形さんは笑ってくれるの?」
「え……?」
トモヤの発言でイクサメは困惑した顔をトモヤに向けた。トモヤは不安そうな顔をしていたが瞳に光が戻っていた。
「僕、もう一度頑張ってみるから笑ってよ……。せっかくお人形さんが動いているのに笑顔が見れないなんて悲しいよ。」
「トモヤ……。本当に頑張れるか?頑張れるのか?」
イクサメはトモヤの肩に手を置き、トモヤをゆする。イクサメは必死でトモヤの言葉の続きを待った。
「……うん。頑張れる。頑張ってみる。」
「そうか……。頑張れるか……。偉いな……。君はいい子だ……。」
トモヤの決意に満ちた顔を見、イクサメはしぼりだすように言葉を発した。
イクサメはトモヤを強く抱きしめ、そっと微笑み、頭を撫でた。




