かわたれ時…4人形と異形の剣18
「うおい!なんでイクサメがいねぇ!」
みー君は暁の宮に戻り、イクサメがいなくなっている事に気がついた。
「みー君……傷の手当てを……。」
呑気に救急箱を持って部屋に入ってきたサキもがらんとしている部屋に顔を青くした。
「三姉妹についていきやがったのか?」
「でも、みー君、太陽の門を開かないと地上に行くことは不可能だよ。あたしは太陽神達にイクサメだけは通すなと言っておいたんだい。」
サキは難しい顔をしているみー君に慌てて言葉を発した。
「弐から行ったんだ。たぶんな。三姉妹は弐の世界を渡って壱に降りた。あいつは弐の世界の扉をこっそり抜けて武神ならではの気配を消す方法で三人の後をついていったんだろう。……追うか?」
みー君はまいったなと頭を抱えるとサキに目を向けた。
「連れ戻さないとまずいから追う事にするよ!弐の世界から太陽に入る時は門をくぐらないと入れないけど太陽から弐に行く時は弐の世界を開くだけで太陽の門は関係ないからねぇ……。しくじったね……。」
「まあ、しかたねぇ。とりあえず、三姉妹の力とイクサメの神力を探せば居場所がわかるな。」
みー君は落ち込んでいるサキの肩をポンと叩くとキリッとした瞳を向けた。サキも深いため息をついたがみー君に向かい大きく頷いた。
***
すぐにサキ達は地上に降り立ち、神力をたどって目的地を目指した。たまたま降り立った場所が目的地のすぐそばだったようだ。
イクサメの神力を濃厚に感じた。三姉妹の力も手に取るように感じたがそれよりも先程襲ってきた平次郎の力も共に感じた事が二人を不安にさせた。
「平次郎がいるぞ……。」
みー君が歩きながらつぶやく。
「うん……イクサメもいるとなったら色々まずいね……。」
サキも慎重に警戒しながらみー君に続く。舗装された山道をゆっくりと登っていった。山の中腹付近にとても大きな屋敷があった。建物は古そうだが最新の設備になっている。
「ここか。」
「凄い豪邸だねぇ……。代々受け継がれている家って感じだよ。」
サキはまじまじと家を見つめながらどうやって中に入ろうか考えていた。家の周りには立派な門があり、壁が家を囲っている。
「みー君、中に入れそうにないよ……。」
サキは一通り見て入れない事を悟った。
「心配ねぇよ。俺が担いで空飛ぶ。お前も霊的存在だからな。担いで空を飛ぶことはできる。」
みー君はふふんと鼻を鳴らすと腕を組んだ。
「本当かい!じゃあ、それで頼むよ。」
サキは少し嬉しそうな顔でみー君を仰いだ。
「それはいいんだが……この家から厄を感じる。思い通りにならない気持ち、その気持ちがマイナスに働いてできた厄か……?分野外だがここまで濃厚だとなんとなくわかるぞ。」
「思い通りにならない気持ち……。」
みー君の言葉にサキはふと母親を思い出した。
……思い通りにならない気持ち……。お母さんもそれがマイナスに働いたんじゃないかい?だからお母さんがあんな事を……。
サキは色々と思い出してしまい、目を伏せた。
「おい、サキ?」
みー君に声をかけられてサキはハッと我に返った。
「なんだい?みー君。」
「そろそろ行くぞ。」
「え?ああ。うん。」
みー君はサキを抱えると大きく地を蹴り、空を飛んだ。
この時みー君ははっきりと悟った。
……この厄……サキに取りついてやがる奴と同じ系統だ……。俺がサキの厄を見破れなかったのはサキの持っている太陽神のプラスの力が邪魔していたからだ。
この力は魔風系の厄を得意とする俺は分野外で人間が発する厄でもなんとなくしかわからないが間違いなく、サキがかぶっているものと同じだ。
……人間がここまで厄を貯め込めるのは異常だ。裏で人間のもともと持っていた感情を厄にして爆発的に増大させた厄神がいる……。
みー君の顔は自然と険しくなっていった。
イクサメとトモヤは真っ白な空間でただお互いを見つめていた。音も何もない静かな空間だった。
「君はここでお父さんを傷つけてどうするつもりだった?」
イクサメは静かにトモヤに言葉を投げかけた。
「……お父さんがわかってくれないから僕がわからせようとしたんだ。」
トモヤは下を向きながらイクサメに答える。
「その方法でいいと思っていたのか?」
イクサメはうつむいているトモヤにさらに言葉を投げた。
「これしかダメだと思うんだ。学校の友達もこの方法で仲良くなれた。だから……。」
トモヤは拳を握りしめながらぼそりとつぶやいた。どこか苦しそうに唇を噛む。
「本当に友達と仲良くなれたと思っているのか?」
イクサメはトモヤの本心を知った。トモヤは嘘をついている。本当はこれが良い選択だとは思っていない。それは仕草や表情ですぐに読み取れた。
「うん。だって皆遊んでくれるよ。」
トモヤは平然を装いイクサメに反抗しているかのように声を上げた。トモヤは認めたくなかった。皆が楽しそうに遊んでいなかった事を。自分が遊びを強要していた事を。笑い合う事がなかった事を……。
「その友達は楽しそうに君と遊んでいたのか?」
「楽しそうかなんて僕、本人じゃないからわかんないよ。」
トモヤは少し笑ってみせた。イクサメは目を伏せるとトモヤと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「トモヤは私の顔を見て私がどういう気持ちかわかるか?」
イクサメの言葉にトモヤがそっと顔を上げた。
「……悲しそうなお顔。今にも泣きそうなお顔してる。」
トモヤの瞳がゆらりと動いた。咄嗟にイクサメから目を離した。
「わかっているじゃないか。なんで私の事はわかって友達の事はわかってやらなかった?」
このイクサメの質問にトモヤは拳をさらに握った。泣きそうなのを必死でこらえている……そういう顔をしていた。
「皆は僕を馬鹿にした。何を言ってもやっても馬鹿にした。だから僕はああやって仲良くなるしかなかったんだよ。今は僕を馬鹿にする友達はいない。だからこれでいいんだ。」
トモヤの声はだんだんと弱々しくなっていった。
***
「ていうか平次郎!あんたもう大人しくしててよ。」
りぅが平次郎のカマイタチを華麗に避けながら声を上げた。
「それはできん。剣王殿のためだ。」
平次郎は頑なにりぅの言葉を拒み、戦う意思を見せる。
「あーあ、あんたのそういう所、嫌い。」
りぅが呆れたようにつぶやいた。じぅはその間、平次郎と激しい打ち合いをしている。
「平次郎ちゃん、平次郎ちゃんは剣王が何かに迷っていた事を知っているのですか?」
きぅが遠くで戦況を見守りながら平次郎に質問を投げる。
「剣王殿は少年が厄をもらっていた事に疑問を抱いていた。感情の起伏で厄の道に落ちてしまう事があるがそれでも全体的な厄の量は少ない。
だが少年は大量の厄をその身体に抱え込んでしまっていた。人間がこんなに厄を抱える事は通常できない。それを剣王殿は疑問視していた。」
平次郎はつまようじを構え直し、じぅから距離を取った。
「剣王の迷いはやはりそこだったのですね。」
きぅは平次郎に目を向けながら平次郎の言葉を待つ。
「ああ。裏にいる厄神を引きずり出すと言っていた。イクサメを処刑すればその神が何か行動を示してくるはずだと……。」
「なによそれ。それってイクサメがおとりじゃない!」
平次郎の発言にりぅが怒りの声を上げた。
「武の力の譲渡、どうせ罪は死罪だ。変わらん。」
「変わらんって……あんたね!」
「りぅ。」
りぅが平次郎に怒りをぶつけているのできぅが柔らかに止めた。
「お姉様!」
「りぅ、平次郎ちゃんの言っている事は間違ってないです。ですが、剣王が納得してなかったみたいですね。
頭ではわかっていても身体が抵抗をしてイクサメを斬り殺せなかったんですよ。剣王は仲間をこういう風に利用する事をとても嫌います。
今回の場合、ただ、死罪になった神を罰せば良かっただけなのですがおとりに使ってしまっていると頭のどこかで考えてしまい、手元に迷いが生じたのでしょう。」
きぅが深いため息を発する。りぅは唸りながら黙り込んだ。
「だから今度は間違いなく仕留める。」
平次郎がじぅの突きをかわしながらそっけなくつぶやいた。
「それは違います!あなたは剣王の心をもっと知るべきです。結局殺せなかったという事は殺したくなかったという事です!
立場上、剣王はイクサメを殺さなければならなくなってしまった。だからそれを私達が止めるんです!それこそご主人に恥をかかせない方法だと思います!」
きぅがつまようじを構え、平次郎に向かい、飛び込む。平次郎はじぅの相手で精一杯できぅが突進してきた事にとても驚いていた。
「お姉様!」
りぅも負けじと平次郎に攻撃を仕掛けはじめた。平次郎がじぅの突きを避けた刹那、りぅのカマイタチを紙一重で避けたが懐に入り込んできたきぅに反応ができなかった。
平次郎はきぅに押し倒され、きぅはつまようじを平次郎の首筋に当てた。
「ですから少し、おとなしくしていてください。」
きぅのまわりにりぅとじぅも集まった。りぅとじぅが平次郎を覗き込み、睨みつけた。
「……っち。」
平次郎はかなわないと思ったのか軽く舌打ちをすると抵抗をやめた。




