流れ時…1ロスト・クロッカー17
「くっ……ここまできたのに……なんで……。」
現代神は相も変わらずアヤをまたぎ、ナイフを首元に押し付けている。
アヤは今にも頸動脈を斬られる恐怖を覚えながら現代神を見つめた。
現代神が持っているナイフは小刻みに揺れていた。
「……。あなた、人を殺した事……ないんでしょ?」
「う、うるさい!」
現代神の声は裏返った。
アヤは複雑な気持ちだった。
自分がこの世から消えれば彼は助かる。
だけど自分は死ぬつもりはない。
どうすればいいのだろう。
「ごめん……アヤ……僕は……」
現代神の目から涙がこぼれ落ち、アヤの頬に落ちた。
現代神はナイフを強く握りなおし、ナイフに力を入れた。
「……っ!」
アヤが低く呻いた時、声がした。
「アヤ!」
「き……君達……なんで……?」
現代神は力を緩めると驚きの表情でドアの前に立っている二人を見つめた。
そこには険しい剣幕の栄次とプラズマが立っていた。
「お前の考え、その他、すべてわかっている。」
栄次は冷たい瞳で現代神に言い放った。
「どうやってきたんだ!」
「過去の君に連れてきてもらったんだ。」
プラズマは少々、同情の念をこめて蒼白の現代神を見ていた。
「僕?」
「安心しろ。ここに俺らを連れてきたお前は過去に帰った。人間の歴史を管理するという歴史神が偶然いてその歴史神は時神を自由に元の時代に戻せるらしいからな。それで戻ってもらった。」
「流史記姫神か……。」
「だました償いとして俺達が君を楽にしてあげるよ。」
時の神は他の時の神への同情の心はあまりないようだ。
それだけになんだか悲しくなってきた。
アヤはそっと首筋に手を当ててみた。
薄皮を斬られたのか血がにじんでいた。
「全部ばれちゃったんだね。最初から余計な事しないでアヤをそのまま僕の手で殺せばよかった……。ばれちゃった以上、僕は居場所を手に入れるために君たちも消さないといけなくなった……。だけど、僕は君たちには勝てる自信がない。でも僕には時間がない。……やるしかない。」
現代神は自己解決をすると指を鳴らした。
刹那、プラズマ、栄次の身体が光りだしアヤが目を開いていられなくなるくらいの光が部屋中に広がった。
「うっ……。」
光がおさまったのでアヤはそっと目を開けた。
愕然とした。
アヤの部屋が何もないただ真っ暗の空間になっていたからである。
「なんだ?ここは。」
三人が戸惑っていると現代神が苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「ここはね、時間のはざまだよ。過去神、現代神、未来神がそろった時に過去、現代、未来が混ざり合い一つの空間ができるんだ。つまり僕を含めて君たちはこの空間を開くための鍵なんだ。ここをうまく利用できれば僕は勝てる。」
現代神はそう言うとすぐ姿を消した。
「き、消えた?」
刹那、近くで風を切るような音がした。
栄次は素早く刀を抜くと何かを弾いた。
「やるね。」
声と同時に目の前に突然ナイフを持った現代神が現れた。
「お前……どこから……」
「反射でかわしたのかい?やっぱり君はすごいや。」
口調は軽いのだが余裕がないのか現代神の頬から汗が流れ出ている。
プラズマが間髪をいれずに現代神にむかって銃を撃ち放った。
また現代神が消えた。
タンッとすぐ後ろで靴音がした。
「湯瀬!避けろ!」
「?」
栄次の声を聞き、プラズマは咄嗟に身体を捻った。
眼前をナイフが通り過ぎる。
プラズマはよろけたがうまく体勢を整えた。
「あぶなっ!」
「大丈夫?」
アヤは何が起きたかわからずとりあえずプラズマに声をかけた。
「ああ……大丈夫……。」
「つまりここははざまだ。歴史というものが存在しない。だから異種はなんの障害もなく時を動かせるのか。」
もうすでに先程までいた現代神は姿を消している。
「!」
と思ったらアヤのすぐ前に現れた。
ナイフが心臓めがけて襲ってくる。
プラズマが横からアヤを突き飛ばした。
ナイフは空を切ってまた消えた。
よろけてしりもちをついたアヤはすぐに栄次に担がれた。
さっきまでアヤがいた所にはナイフを突き立てた現代神がいた。
「っち……」
現代神は呻くとまた消えた。
「はあ……はあ……」
まだ何にもしていないのにアヤの口からは荒い息が漏れていた。
こんな事するのやめない?……
とアヤは言いかけたが口をつぐんだ。
現代神にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
軽々しくやめようなんて現代神には言えなかった。
彼にはもはや仲間などいない。
ひとりで……孤独で……自分の死に抗わねばならない。
世界からはもう用無しだからはやく消えてくれと言われている。
そんな人生……あんまりじゃないか。
とも思ったが、だからと言って自分が死んでやるつもりはない。
自分が生き残るためには戦って……彼を殺すしか道はない。
だったらせめてこの戦いには自分と彼だけで決着をつけたい。
いや……つけないといけない。
「……過去神、未来神……私一人で彼と戦うわ。」
アヤは息がつまる思いをしながら一言口にした。
「なに言っているんだ。君はこれから時の神になるんだぞ!もしなんかあったら……」
プラズマの怖い顔を横目でちらりと見ながらアヤは続ける。
「あなた達はどちらが死んでも関係ないでしょ。現代神がいれば。」
「……。」
二人は黙り込んだ。
アヤは深呼吸すると一歩前に出た。
「現代神……私と一対一で勝負しなさい。」
「え?」
現代神はアヤの発言で驚きの表情で姿を現した。
「かかってきなさい。あなたも生きたいんでしょう?」
「僕が本気を出したら君……死んじゃうかもしれないんだよ?」
こちらをまっすぐに見つめてくるアヤに現代神は焦った顔を見せた。
「……それなら……あなたが消える?」
アヤは蒼白の現代神に向かって優しく語りかけた。
「……いや……。」
アヤの言葉で現代神の顔から焦りが消えた。
それと同時に殺気が漂ってきた。
栄次、プラズマは何も言わずに突っ立っている。
しばらく静寂が訪れた。
先に動いたのは現代神の方だった。
風を切り裂くような音が近くでする。
目にもとまらぬ速さで移動しているはずの現代神をアヤは不思議な事に見えていた。
音速で動いているはずのナイフもやけにのろく見えた。
「く……。アヤ……君は……」
現代神のナイフは空を切ってばかりいる。
「この感覚……あの時の……」
アヤは彼のナイフを避けながら最初に未来神に会って襲われた時の感覚を思い出していた。
そうか……私……気がつかない内に時間の操作してたんだ……
現代神がなんかやっていたわけではなかったのね……
まあ、彼がそんな事……するわけないわよね。
「ち……ちくしょう……。」
アヤの力が強くなっていくのに対し、現代神の方は力が抜けていくのを感じていた。
僕は……僕はもっと時と共にいたい……
世界を……歴史を見ていたい!
なんで僕の方が弱いんだ……
どうして君が生まれたんだ!
イライラする……イライラする!
僕は……まだ生きていたいのに!
「うわあああ!」
現代神は発狂しながらアヤに向かってナイフを振り回す。
「うわああ!うわああ!うわああああああ!」
アヤはでたらめな攻撃を避け、現代神の腕をつかんだ。
その手からナイフをもぎ取る。
「……いやだ……。やめろ……。いやだ……」
現代神は暴れながら泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい……。」
アヤはそれだけ言うとナイフを現代神の胸めがけて突き刺した。
嫌な感触が手に伝わる。
すぐに生あたたかい液体がアヤの手を汚す。
「あ……ああ……」
アヤは現代神の呻きを聞きながら震えていた。
「ごめんなさい……。」
もう一度同じ言葉を発した。
「ぼくは……もっと……生きたい……生きたいよぉ……」
現代神が涙と血で汚れた顔をアヤに向ける。
アヤは咄嗟に現代神を抱きしめ、震える声でつぶやいた。
「そうよね……。生きたいわよね……。ごめんなさい……。でも……でも……私も……生きたいの……。」
アヤの瞳からも涙が零れ落ちる。
残酷な言葉をかけてしまったと思った。
自分のために死んでくれと言ったようなものだ。
「どうして……君が……うまれちゃったんだろう……ね。」
現代神は捨て台詞のように言葉を吐くとアヤの目の前で光に包まれ跡形もなく消えた。
栄次、プラズマはその光をそっと見つめていた。
私が殺した……
私は人を殺した……
私が一人の命を奪った……
自分が生きたいためだけに……
私が……
アヤの手から血のついたナイフがするりと落ち、暗い空間にコンッと響きながら地面に転がった。
「あ……ああ……。」
半ば放心状態のアヤの肩に栄次は手を置くと言った。
「……俺達は異種の事をただ殺そうと思っていたわけではない。歳が逆流して死ぬよりも殺された方が苦しまなくて済むんだ……。だから俺達は……。」
栄次の言葉をアヤがさえぎった。
「私も劣化したらそうやって殺すの?」
「?」
「なんで……皆で助かる道を探さなかったの?ロストクロッカーの選択肢が死ぬか殺されるかなんてあんまりだわ。」
アヤは現代神が消えた所をじっと見つめながらボソボソとつぶやいた。
「皆が助かる道?そんなものないよ。神の歴史を管理している『歴史神』がそれを証明している。不老不死も寿命を延ばす事もできない。それが……時神の運命なんだよ。アヤ。」
プラズマが目を伏せてアヤに向かってつぶやいた。
「人間の寿命と同じだ。ただ、時の神はこういう仕組みで死ぬだけだ。」
栄次も目を伏せた。
「そんな……。」
「人の寿命だって自分達には何もできやしない。それと同じさ。ただ、時の神は生きている次元が違う。あの現代神みたいに自分の寿命がわかんなくなるのも無理はない。」
プラズマは遠くを見るような目で真っ暗な空間を見つめていた。
「アヤ……お前はこれから現代神だ……。現代の歴史、時間を守るのが仕事だ。」
「……。」
アヤは何も言わずに下を向いている。
「つらいか?」
栄次の言葉にアヤは嗚咽をもらしながら即答した。
「……いいえ。」
つらいがあえてこう言った。
それが運命なら受け止めるしかない。
時間を守りたい……
私は昔から時を守りたかった……
ゆったり流れたり激しく進んだりするこの世界の時間、人は成長し、また同じことを繰り返す。
そしてまた成長する。
そういうのを見守っていきたかった。
こういうのは望んでいなかったが……
過去神、未来神はどう思ったのだろうか……
時の神だと言われて……
時の神として生きていて……
……時神を続けるのは……
つらくは……なかったのだろうか……
口を開きかけてやめた。
聞かない方がいい。
いままでの彼らを見て自分はわかっているはずだ……
つらくないわけがない……
とてもつらいのだ……
……私もこれからその泥沼に足をつけなければならない。
わかっている……
怖くはない……
怖くはない……
これは運命だ……
……どうしてうまれちゃったんだろうね……
最後の現代神の言葉が、憎しみに満ちた目が頭から離れない。
「……そろそろ……戻るぞ……。アヤ、もとの場所に戻してくれ。」
栄次の言葉にアヤはうなずいた。
なぜだかわからないがこの空間の出入りの仕方を知っていた。
アヤがパチンと指を鳴らすと先程と同じ光景が広がった。
栄次とプラズマの身体が光り、目の前が白くなった。




