かわたれ時…4人形と異形の剣10
イクサメは眠りながらトモヤとの出来事を夢に見ていた。
……トモヤ……今、何をしている?
……そうだあの時……トモヤが……。
ちょうど一年前の事だ。
静寂が包み込む中、トモヤはイクサメと寝ていた。と言っても人形の方であって武神の方ではない。
……もう朝だな……。トモヤを起こさないと……人形と一緒に寝ていたとあっては母親からなんと言われるかわからない。
イクサメはトモヤに誰もいない時だけ話しかけるようにと言っており、トモヤは秘密の約束を守り続けていた。
「トモヤ……起きろ……。朝だ。」
武神の方のイクサメは口をポカンと開けて寝ているトモヤを起こす。そっと頭を撫でてみるがトモヤはおそらく触れている感じもないだろう。
「トモヤ……トモヤ。」
イクサメはトモヤを何度も呼ぶがトモヤは目を覚まさない。イクサメがまずいなと思っていた刹那、トモヤを起こしに母親が入って来た。
「トモヤー。起きなさい。」
母親はベッドで寝ているトモヤを何とも言えない表情で見ていた。人形を抱いて寝ているトモヤに母親の不安が増幅する。本当は別に良いのだがこの家庭は少々複雑で男の子がこういう事をするのを望まない家庭だ。
「ん……。」
母親の声でトモヤはなんとか目を開けた。
「トモヤ、もういい加減に人形と寝るのはやめなさい。小学生でしょう?」
「なんで?このお人形さん、僕の友達なんだ。友達だから一緒に寝てもいいでしょ?」
「……。」
トモヤの言葉に母親は顔を曇らせて黙り込んだ。
「お母さん?」
「さっさと朝ご飯食べて学校に行きなさい。」
母親はそれだけ言うとイクサメを乱暴に掴み、トモヤの遊び部屋へ持って行った。
「やめてよ!お母さん!そんな風に持ったら壊れちゃうよ!お母さん!」
トモヤは母親の後を追い、走り去った。
武神の方のイクサメもトモヤの遊び部屋にゆっくりとむかった。
……いつもギリギリで母親に見つからないが今日はダメだったな。言っても聞かないだろうから私がもっと早く起こすしかない。
イクサメは乱暴に置かれる人形を眺めながら自身もトモヤの遊び部屋に入った。
トモヤは母親に文句を言っている。母親は何も言わずに部屋を出て行った。トモヤがそれを追う。部屋を出て行ってからも二人がもめている声が聞こえた。
***
イクサメはおもちゃが沢山置いてあるトモヤの遊び部屋で仮眠をしていた。どれだけ眠ったかわからないが気がつくと昼を過ぎていた。
「んん……私とした事が……眠ってしまっていたか。」
イクサメが伸びをしたと同時にトモヤがランドセル姿のまま部屋に入って来た。
「トモヤか。おかえり。どうした?」
トモヤはなぜか泣いていた。嗚咽をもらしながらイクサメにすがりつく。
「皆馬鹿にするんだ。僕を……。」
「……馬鹿にする?」
トモヤの言葉を聞いてイクサメはすぐに結論を出した。
……いじめられているのか。学校で。
「皆僕にキモいって言うんだ。皆で遊びたいのに皆僕で遊ぶんだ……。女の子から避けられて男の子からは近づくなって言われて……。学校行きたくないよぅ……。」
トモヤはグズグズと鼻水を垂らしながら泣いている。
「トモヤ、学校は行かないといけない。それが今の君の仕事だ。相手に強く言い返してみればいい。少し変わるかもしれないぞ。」
イクサメはトモヤに強くなってほしかった。このままでいたら間違いなくトモヤは壊れてしまう。人と話す事ができず、自分の殻に閉じこもってしまう。イクサメはそれが怖かった。
「うん……次はやってみるね……。」
トモヤはイクサメの側で少しホッとした顔をしていた。
イクサメはこういったアドバイスをする事くらいしか今はできなかった。
あれからトモヤは努力をしていたがトモヤのまわりの状況が変わる事はなかった。トモヤは色々な事に疲れ、表情が表に出ない暗い子供になってしまった。
しかし、イクサメにだけは笑顔を向ける。トモヤはもうイクサメ以外、心を許せる人がいなかった。
「トモヤ、もっとまわりと遊んだ方が良い。なんとかしてこの状況を変えないと……。」
イクサメは心配をしていた。
……自分はただの人形だ。人間は人間の世界で生きなければならない。
そう思っていたがイクサメ自身、トモヤから目を逸らす事はできなかった。
「僕はもういいんだ。学校はちゃんと行っているし、お勉強もしている。悪い事は何もしてないし。」
トモヤは暗い表情でつぶやいた。
「それでは楽しくないだろう?」
「別にいいよ。僕は。」
トモヤの心はどんどん荒んできている。イクサメはそれを感じながら自身の不甲斐なさを悔やんでいた。
……私はなんて力のない神なんだ……。目の前で苦しんでいる子供一人助けられないのか。
「トモヤ、今の時期は遊んだ方が良い。」
「遊びに行きたくない。ここにいたい。誰とも……話したくない。」
トモヤはほとんど笑顔を見せなくなった。よほど学校が苦痛らしい。
親はそれにうすうす気がついているようだが今の所、何も言わない。学校に行って勉強だけしていればいいと思っているわけではなさそうだがトモヤが何も言わないので今の所何もしていない。
「トモヤ……お母さんとお父さんにこの事をお話ししないのか?」
「なんて話すの?お父さんはなさけないってたぶん怒るし、お母さんは僕がおかしいからって言うよ。もう……わかっているんだ。僕。」
トモヤの瞳にはもう光がなかった。もうこれ以上、傷つくのが嫌だと彼の表情が行っていた。イクサメは何としても救ってあげたくなった。
「じゃあ、君が元気になるお手伝いをしてあげよう。君に力を少しだけあげる。私があげた力を使い、自分で道を切り開くんだ。」
ほんの少し、アドバイスをする程度の気持ちだった。あくまでもトモヤ自身がこの状況から抜け出すための手伝いだけ。違法だとはわかっていたがこれでトモヤが少し強くなるのなら良いとイクサメは思っていた。
そしてイクサメは禁忌を犯した。
「力を……?」
きょとんとしているトモヤの頭にイクサメはそっと手を乗せる。トモヤにはイクサメが見えていないので何をしているかはわからない。
「はっ!」
イクサメは手に力を込め、ほんの少しだけトモヤに自身の力を渡した。特に見た目、変化はないがトモヤの表情が突然、明るくなった。
「え……?あれ?凄い……。なんか気持ちが良くなってきたよ!何やったの?お人形さん!」
トモヤはすぐにあふれる力に気がついたようだった。
「その力を使って自分自身で道を切り開いてみるんだ。そうしたら誰からも馬鹿にされないはずだ。誰にも負けないはずだ。これからだって強く生きられるはずだ。」
イクサメはトモヤにそう伝えた。トモヤは笑顔で「うん!」と大きな声で頷いた。
……精神共に強くなればこんな事で悩んだりする事もないし、トモヤを理解する友達も現れる……。その内、色々なモノが彼についてくる。状況が良くなれば両親も理解してくれるだろう。
イクサメはそう確信していた。
だが、人間はそんなに単純な生き物ではなかった。




