かわたれ時…4人形と異形の剣9
イクサメの媒体である人形が置かれたのはトモヤのオモチャ部屋だった。部屋に置いたのは母親だ。女はひどく切ない顔で人形を見つめていた。
「トモヤが好きならいいと思うけど……もうちょっと男の子になってほしいわね……。こんなただのガラクタ人形の何がいいのかしら。」
イクサメに毒を吐いた女だがとても悲しそうな目をしていた。
……育児がうまくいっていない事を本人もわかっているのか。まあ、この両親の気持ちもわかる。本当は何に興味を持ってもいいと心では思っているが未だに根強い男と女の概念がある。別に良いではないかと頭で思っていても振りきれない何かがある……。
……子供の内はある程度流してもいい部分はあるがおそらく親としては不安なのだろう。
なにせ、ここの家族は長男にこだわっている。長男の在り方、男の在り方……まだ幼いあの子に色々なものを背負わしている。
だからと言って好き勝手に自由に生きろとは言えないな。あの子は親に逆らえない。こういうレールを敷かれてしまっては逃げられない。だからあの子にはそのレールに乗っていても自分を見失わない強さがないといけない。
イクサメは月明かり照らす暗い部屋で一人涙を流す女を何とも言えない表情で見つめていた。女は嗚咽を漏らしながら部屋から出て行った。
……あの母親も色々背負っているのだな。こういう事は一概に誰が悪いとは言えないものだ。
イクサメは自分の分身である人形をじっと見つめると暗い部屋に座り込んだ。
……ここがこれから私の家になる。そしてこの家を守る守り神……。
ただ辺りを見回すとシリーズものの人形やままごとセットなどが置いてある。人形も一体けっこう良い値がつくものばかりで一般の子供では全部そろえる事は難しい。
うさぎのぬいぐるみや大きなテディベアなどもシリーズ物はすべてそろっている。
部屋を一通り眺めているとトモヤが泣きながら部屋に入って来た。電気をつけるとすぐにイクサメに抱きついてきた。イクサメは人形の方だ。武神の方のイクサメはトモヤには見えていない。
トモヤは静かに泣いていた。
「父親に叱られたか?」
あまりにもトモヤが泣きやまないのでイクサメは耐えきれずに言葉を発した。聞こえていなくても別にいいと思っていた。だがトモヤにはイクサメの声が聞こえたようだ。
「え……?」
トモヤは涙で濡れた顔で人形の顔を見た。人形の方の表情は変わらない。しかしトモヤには人形が話しかけてきたように思えた。
「叱られたから泣いているのか?」
イクサメはまた言葉を発した。トモヤは人形にすがりつき、見えない声に話しかけ始めた。人形が自分の為だけに話しかけてくれていると解釈したようだ。
「……うん。叩かれた……。」
トモヤは先程からしゅんとしていた。
「そうか。で?君はその後、何に『ごめんなさい』をした?」
イクサメはトモヤの隣りに座りながら奇妙な質問をした。
「え?普通にお父さんに……。」
トモヤは不思議そうにイクサメを仰いだ。
「お父さんになんで『ごめんなさい』をした?」
「え……?えっと……泣いた事……かな?」
……何もわかっていない。だいたい子供に体罰を与える時はなぜそれがいけないのかわからせないといけない。これではただの虐待ではないか。
……どんなに小さい事でも子供に手を上げる時は慎重になるべきだ。なんだかわからないままおこなうと暴力的な子供になる。
「君が『ごめんなさい』をしなければならない事はお父さんとお母さんに無理を言った事だ。あのおじいさん、おばあさんは私を大切に思っていた。私達のその切れない絆を君が壊せとお父さんとお母さんに言ったんだ。
いいか?この世界にはお金で買える物と買えない物がある。その人にとって大切な物、思い出深い物はお金じゃ買えない。
もし、その人が持っている大切な物が欲しければ人に頼らずに自分で『ください』と言うんだ。そこで断られたら諦める。それがその人にとって他者にあげられない大切な物であるという事。君にもあげられない物、あるだろう?」
「……。」
イクサメの言葉を聞いたトモヤは何かに気がついた顔をしていた。
「わかったか?それが叱られた理由だ。」
……本当は違う。あの男はこの子が完璧な子供を演じられなかったという理由で自分のプライドが保てなかった事を怒っていた。叱る方向性が違う。そんな理由で子供を叱るのは間違っている。
イクサメはそう思っていたがなんだかわからずに体罰を受けるよりも何か気がついた方がいいと思ったのであえてこう言った。
「お母さんに慰めてはもらえなかったのか?」
イクサメは追加でもう一つ質問をした。
「……お母さんのとこには行かないよ。お母さんの所に行ってもあんまり嫌な気持ちが晴れないから。」
トモヤは自分でもその理由がわからないようだった。
「そうか。」
……この子は無意識に母親の迷いを感じている。母親が甘すぎる事と育児に疲れてしまっている事……それをこの子は気がついているのか。聡明な子供だ。
イクサメは何とも言えない顔をしているトモヤを優しい目で見つめた。そしてトモヤの頭をそっと撫でた。もちろん、トモヤはイクサメに頭を撫でられている事など気がついていない。
「よしよし。君はいい子だ。」
イクサメは小さくそうつぶやいた。
トモヤはイクサメの側から離れようとはせず、ずっと抱きついていた。
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とりあえず陸に渡ったサキ達は西に行く作戦会議を開いていた。ちなみにまだイクサメの意識は戻らない。一度起きたがまた意識を失ってしまった。
きぅ、りぅ、じぅは疲れてしまったのか小さい布きれにくるまり眠っている。
「サキ、西に入り込むには神力を完璧に消して変装しないといけない。」
「神力を完全に消す事ってできるのかい?」
真剣に話すみー君にサキはこそこそ質問した。
「できない。だが隠す事はできる。神力を極限まで落として神々の正装である着物を脱ぐ。」
「着物を……脱ぐ!?」
サキはみー君の発言を違う方向で捉えたようだ。
「お前、変な想像してんだろ……。してるよな?」
「してないよ。全裸で西に向かえって事だよねぇ?」
サキが真顔でうんうんと頷いているのでみー君は慌てて叫んだ。
「ちげぇ!正装を解いて正装ではない服で入り込むって事だ。正装は自身の神力の象徴でもあるからどれだけ神力を落としても正装していたら意味がねぇ。だから変装するって言っただろうが!」
「ふぅ……。そういう事かい。」
サキはなぜか残念そうだった。
「なんでお前は残念そうな顔してんだよ……。」
「え?だってみー君の全裸が……。」
「馬鹿か!まだ全裸引っ張ってんのか。もし、全裸だったらお前も全裸になるんだぜ?二人で全裸で西に入ったらお忍びどころか変神で追い出されるか一発でばれるかだろ。」
みー君は「あーあー。」とうんざりした声を上げた。
「そうだねぇ……。それはそうだよねぇ……。」
「あ、一つ質問していいか?」
みー君は残念そうな顔をしているサキに言葉を発した。
「なんだい?」
「ここは陸の世界だろ。もし、陸の世界の高天原に行ったらどうなるんだ?」
「……陸は陸で動いているから世界は全然違うよ。陸ではこの事件はないしねぇ。今の陸はかなり穏やかだよ。
あたしと月照明神はこっちの世界の会議にも出ないといけないから大変なんだよ。月照明神は二人いるからまあ、なんとかなるかもだけどさ、あたしは一人だからねぇ……。大したことなければ代理に行かせているよ。」
「そうか。太陽神と月神は二つの世界に一人しかいないんだったな。って事は、お前らは壱と陸の状態を常に知っているって事か。」
みー君は今まで生きてきてそれに気がつかなかった。サキが陸の世界の話をした事はない。サキは壱の世界は壱と割り切っているらしい。
「そうだよ。太陽神と月神は壱と陸の監視が仕事だからねぇ。あたし達は一人しかいないけどみー君とかは壱と陸に一人ずついるよ。
ちなみに陸の世界のみー君は会議でよく会うけどすごく冷たい目をしている男だよ。壱から陸に行くとたまに陸のみー君に気安く話しかけそうになってしまうんだよねぇ……。陸のみー君はほんと、全然違う。」
サキはヒラヒラと手を横に振った。
「そ、そうなのか。サキはこっちの俺とは仲良くないのか?」
「ないね。こっちの世界のみー君はみー君って呼んでないよ。天御柱神って呼んでいるさ。むしろ、向こうはあたしが苦手のようだよ。真逆の力だからああなるのはしょうがないと思うけどねぇ。」
みー君はサキの言葉に衝撃を受けたがそんなものかと思い直した。
「じゃあ、とりあえず、陸にいる間は何もできないって事だな。」
「そういう事だねぇ。」
みー君はため息をつくと畳に寝転がった。
「じゃあ、俺は寝る。」
「そうかい。あたしはこれから会議に出ないといけないからみー君はここで寝てな。」
サキの言葉にみー君は閉じていた目を開けた。
「会議?陸の権力者会議か?」
「そうだよ。月照明神は月子の方が来るかな。今日は。今、陸は大した事じゃないけどナオって女の子の事で持ちきりなんだよ。まあ、壱の世界じゃあ関係ない事だけどねぇ。」
サキはそう言うと軽く微笑み、部屋を後にした。
……あいつがいつもゴロゴロしてやがるのは陸の世界の会議にも出ていて疲れているからか……。
みー君はサキを少し見習う事にした。とりあえずサキを全力で助ける為、今は寝ることにした。




