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旧作(2009〜2018年完結) 「TOKIの世界書」 世界と宇宙を知る物語  作者: ごぼうかえる
二部「かわたれ時…」人形に宿った武神の話
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かわたれ時…4人形と異形の剣8

イクサメはただ、少年を想っていた。少年とイクサメが会った時期はそんなに昔ではない。ちょうど一年ほど前の事だ。


 その少年は女の子が好みそうな遊びが好きだった。お人形遊び、おままごと……後は花の絵を描く事などだ。その子の両親はなんでも望むものを与えてやっていた。


イクサメはその少年の家の近くにある老夫婦が住む大きな家に置かれていた。イクサメは人形だ。ガラスケースに入れられ、玄関の所に飾られていた。


 もちろん、その人形は媒体だ。本物の武神が人形と同化しているわけではなく、本物のイクサメの方はその人形の近くに刀を抱えたまま座っていた。


 その日は何かの会合があったらしく、近所の人がその老夫婦の家に集まっていた。その近所の人達の中に入り込んでいたのが例の少年だった。名前はトモヤというらしい。


短髪のかわいらしい少年だった。歳は小学校に入ったばかり……おそらくそれくらいだろう。かなり頭の良い子で聡明さとあどけなさが顔に出ていた。


その少年、トモヤが玄関を入ってすぐ、イクサメを見て「ほしい」と両親にねだった。さすがの両親も顔を渋らせ、断っていたが少年はイクサメにじっと目を向けたまま離さなかった。


何かの会合が始まってトモヤは子供だからという理由で玄関先に出され、待たされていた。


「ねえ、お人形さんはそんな所にいて辛くないの?」


トモヤがイクサメに対し、そうつぶやいた。イクサメは人形の方ではなく、隣に座っている方なのだがトモヤには本物のイクサメは見えていない。


 イクサメは子供と会話をする気などなかったがトモヤが話しかけてくる間は聞いてやろうと思っていた。


「ガラスケースの中にいるだけじゃ窮屈でしょ?ねえ、お人形さん、僕のお父さん、お母さんはなんでも買ってくれるんだよ。きっとお人形さんも買ってくれるよ。」


トモヤは無邪気な笑みをイクサメに向ける。


……この子は人が所有している物も金があれば買えると思っているのか……。


イクサメはそう思いながら目をつぶった。


「大丈夫だよ!絶対にお父さんとお母さんが僕の物にしてくれるから!……それと言っておきたい事、きれいな目とかっこいい鎧だね。ああ、でもね、すっごくかわいいよ……。うん。かわいい。」


トモヤは楽しそうにイクサメに話しかけていた。人形の方ではないイクサメはふと横を見た。


 廊下の先でトモヤの父と母だと思われる男と女がトモヤの事を気味悪そうに眺めていた。トモヤが嬉々とした顔で人形に話しかけているからだろう。


その内、ひそひそと会話が聞こえてきた。


「おい……大丈夫か?」

父親だと思われる男が母親だと思われる女に話しかけている。


「まだ、大丈夫よ。だってまだ小学校に入ったばっかりでしょ?あんまりひどいようならもう少ししてからそういう事を止めさせます。」


「あの子は長男でいずれ僕の後を継ぐのだから教育は大事だ。ああいうのは勘弁してくれ。」


男はあきれ顔でトモヤの元へと歩いて行く。どうやら集会は終わったようだ。女も後を追う。


「トモヤ、帰るぞ。」

「お父さん、このお人形さんほしい!」

トモヤの嬉しそうな顔に男の顔が曇っていく。


「もういい加減にしろ。お前がねだるのは皆、女の子が好むようなものだぞ。トモヤ。その人形よりももっといいものを買ってやる。」


「あなた、女の子が好きな物だとしても別にいいじゃない。トモヤが好きならば。」

女は男を必死でなだめている。


「小学生にもなって人形に話しかけるなんておかしいだろう。」

「お父さん!このお人形さんほしい!」

トモヤはダダをこねはじめた。


「それはいけない。いい加減にしなさい。」

「なんで?いままで全部買ってくれたよ!」

男とトモヤは言い争いを始めた。それをイクサメは黙って見つめていた。


……父親ははじめの方はなんでも買い与えていたがその内、この子の趣味についていけなくなったって所か。自分と同じ道を通って欲しい親の感情か……。


その内、トモヤの反発が大きくなった。玄関先で大声を出して泣きはじめ、慌てて出て来た老夫婦に男と女がしきりに頭を下げていた。


 老夫婦はトモヤが人形をほしがっているという事を聞き、お金をとらずにその人形をトモヤにあげた。男はそのままではプライドが許さなかったのでその場で多額の金額を払い、老夫婦に「申し訳ございません」と頭を下げた。


 老夫婦は戸惑っていたが「もらってください。」と男はかたくなに言い続け、老夫婦も渋々お金を受け取った。つまり人形を買い取った形となった。


女はトモヤの身長よりも大きいイクサメを抱え、老夫婦に深く頭を下げると夜になりつつある町へ歩き出した。


人形ではない方のイクサメも三人の後を追って歩き出した。


……いきなり居場所が変わってしまったがあの老夫婦にこれから厄がかかりませんように。


イクサメは老夫婦の住む家に向かい大きくお辞儀をした。

 しばらく三人は無言で歩いていたが帰り道の途中で男が突然、トモヤに怒りをぶつけた。


 「なんだ!さっきのは情けない!お前はお父さん達に恥をかかせたいのか!」

 男の怒鳴り声でトモヤはビクッと肩を震わせた。


 「と、トモヤはこれがほしかったのよね?大丈夫よ。もうお父さんが買ったからね。」

 女は男を遮ると片手で人形を持ちながらトモヤの頭を撫でる。


 「お前は黙ってろ!」


 男はよほど怒っているのか女を黙らせた。この男はとてもプライドの高い男のようだ。家庭でもそれを求めているのが丸見えだ。外では完璧な嫁、完璧な子供でいてほしいのだろう。


 「トモヤ、さっさと歩きなさい。」

 「うわああん……。」


 トモヤは大声でわめき始めた。男はトモヤを引っ張りながら家への道を足早に進んで行った。一人残された女は旦那に対し、何も言えず切ない表情で一人、ゆっくり歩き出した。イクサメも女の後を追いゆっくりとついていった。


 ……だいぶん、複雑な家庭のようだな……。この女も子供に対し、一度も叱った事がないのだろう。すべて子供のままに動いている。父親も父親でおかしな叱り方をしている。父親は変に厳格、母親は変に溺愛……か。


 ……この子は……かわいそうだな……。


 イクサメはぼそりとつぶやくと暗くなっていく空をそっと仰いだ。


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