かわたれ時…4人形と異形の剣7
「ふんふーん……。ああ、けっこうさっぱりしたなあ。意外に太陽の風呂もいいもんだ。死ぬほど熱かったがな。」
みー君は独り言を言いながら脱衣所で身体を拭いている。
「あ、いた!みー君!」
「ぶほっ!」
突然、みー君の目の前にサキが現れた。みー君は驚き、手拭いを落としてしまった。
「わお!」
サキが謎の声を上げた。
「『わお』じゃねぇよ!馬鹿やろう!ここは男湯だ!なんで入って来てんだよ!」
みー君の顔がみるみる赤くなっていく。みー君は今、一糸纏わぬ姿である。
「あ!マヨネーズ取って来ないとぉ!」
サキは下の方に目を向けながらこんな事を口にしていた。
「マヨネーズネタはもういいからさっさと出てけ!変態か!お前は!」
「そうだ。あの子が目を覚ましたよ!」
「その話は後で聞くからとりあえず外に出てろォ!」
みー君が外に続くドアを真っ赤になりながら指差す。
「はいはい。手拭い、腰に巻いているかと思ったけど全裸だったかい……。ああ、いけないもん見たよ。いいじゃないかい。かなりだったよ。それ。ふふっ。」
「うるせぇ!それとか言うな!気安く指差すな!なんだその顔は!」
サキは何故かホクホクした顔でみー君を二度見すると外に出て行った。
「あー……くそっ……。ビビった。これはねぇな……。女の変態ってのもビビる。つーか逆だろ!これは逆だ!逆なんだよォ!つーか、見られた!恥ずかしい。うわーっ。」
みー君は一人悶えながら着替えた。
みー君はぶすっとした顔で脱衣所から出て来た。サキは興奮冷めやらぬ顔でみー君に手を振る。
「ま、待たせたな……。」
「だいじょーぶ!待ってたよ!みー君、ああ、あの時食べとけば良かったなあ。みー君、良い体つきしているしねぇ……。」
サキはうっとりした顔でみー君を見ていた。さすがのみー君もこれには後ずさりをするしかなかった。
「食べとけばって……お前はさかりのついたメスかよ……。いい加減元に戻れ。」
みー君が呆れ声を上げた刹那、サキは顔を引き締めると話しはじめた。
「で、本題だけど……あの少女が……。」
「あ、えっと戻ったんだな?切り替え早いな……。」
みー君はサキの切り替えの早さに驚きながらも話の続きを待った。
「目を覚ましたんだけどまた意識失っちゃってねぇ。でも色々話は聞き出せたよ。まず、キーワードは剣王の迷いと厄だよ。」
サキは先程の会話をみー君に伝えた。みー君の顔はだんだんと曇っていったがとりあえずサキの話を最後まで聞いていた。
「まあ、それでだね、あたしは勢いでイクサメを救ってあげる事にして……。」
「お前、また勝手な約束したんだな……。」
最後までサキの話を聞いたみー君は再び頭を抱えた。
「で、みー君、これからどうしたらいいかなあ?あたし、よくわからないよ。」
「お前なあ……なんの考えもなしに動くのをやめろよ……。だが、厄をもらっているとかなんとかって話は気になるな。そのガキってのは誰だかわからないから調べる事もできないし……。」
サキとみー君はしばらく固まった。しばらくして唸り続けていたみー君がふと何かを思いだしたような顔でサキを見た。
「そうだ!あのチビ三姉妹がもう一人、剣王についている人形がいるとか言ってたな。とりあえずそいつに連絡して情報を仕入れるってのはどうだ?もちろん、あのチビ達にそれはやらせる。」
「いい考えだと思うけどさ、剣王についている人形に連絡入れて大丈夫なのかね?」
サキは不安な表情でみー君を仰いだ。
「わからん。Kの使いなら剣王の使いではないから剣王が口止めをしていないかぎり話してくれるとは思うがな……。」
みー君もいい案は浮かんでいないようだ。迷いは何にせよ、剣王は罪神を罰した。その罪神をサキ達が救ってしまったのだから下手に動くと自分達が不利になる。動くべきではないが動かなければ何もわからない。
「じゃあ、とりあえずあの三姉妹に聞いてみようかね?」
「そうしようぜ。……時間はまだ大丈夫か?」
みー君は陸に行く時間を思いだし、サキに聞いた。
「まだ陸に行くまで十五分はあるし、避難装置的なのはあたしの部屋の隣のさらに隣の部屋にあるから間に合うよ。」
サキの言葉を聞いて「そうだったな」と頷いたみー君はさっそく歩き出した。
「みー君、もし、その人形と連絡がとれてさ、うちに人形達がいる事がバレたらさ……けっこうまずい事になるんじゃないかい?」
サキはまだ不安そうな表情をしている。
「ああ。今のままでは剣王との直接交渉は負ける。人形達にも咎がいき、あの鎧を着た女……えっとイクサメだったか?は剣王に再び殺され、挙句の果てにサキ、お前にも罪が飛ぶ。
まあ、これは最悪のシナリオだ。だからこちらは慎重に情報を集めて最初の交渉でうまく事を運ばないといけない。もしくは剣王に気づかれずに動く。」
「そうだよねぇ……。」
サキは歩きながらもっと何かいい案があるか考えていた。ただ黙々と歩き、気がつくと少女が寝ている部屋の前まで来ていた。
「あ、サキ。みー君を呼んで来たのですか?」
きぅがにこりと微笑みながらテコテコとサキの足付近まで走ってきた。
「うん、まあ、ちょっとみー君と話したんだけどさ、あんた達、剣王についている人形がもう一人いるって言ってたじゃないかい?」
「平次郎ちゃんの事ですか?」
「お姉様!」
きぅの言葉をりぅが鋭く遮った。
「りぅ、もう隠してもしょうがないでしょう?私達がここにこの子を運んだからサキ達が苦労しているのですよ?」
きぅが布団に横になっているイクサメをちらりと見るとため息をついた。
「うっ……まあ、そうよね。……わかったわ。話すわよ。私達の他にもう一人、いつも剣王についてまわっている人形がいるわ。剣王にずいぶん気に入られているみたいだけどあれも私達と同じ、Kの使い。今も剣王の所にいると思う。」
りぅが諦めたように話しはじめた。
「そうそう、その人形に連絡ってとれるかい?ハムちゃん達はお互いテレパシーで会話できたんだけど……。」
サキの言葉にきぅは顔を曇らせた。
「ごめんなさい。できません。そういう事は私達、できないんです。」
「そうかい……。ふぅ……。」
サキのため息があまりにも大きかったのできぅが恐る恐る提案を持ちかけた。
「あ、あの……じゃあ、私達も少し危ない橋を渡ります。剣王の所に直接行きます。」
「ちょっと待ちなよ。それはあんた達が危険だよ。あんた達が危ない橋を渡ってくれるって言うなら例の少年を探しておくれ。」
きぅの発言を遮るようにサキは続けた。
「それであたしとみー君は剣王の所に忍び込んでその人形に会ってくるよ!」
「ぶっ……。」
サキの言葉で隣にいたみー君は言葉を詰まらせ、噴き出した。
「みー君、汚いよ。」
「馬鹿か!お前は!なんで一番ヤバそうな事を平然とやろうとしてるんだよ!」
「だってみー君、この三姉妹は例の少年の顔を知っているじゃないかい。だったらきぅ達に男の子を探してもらって厄の件とかの解明をした方がいいじゃないかい。」
みー君は慌てていたがサキはしれっと言葉を発した。
「そっちじゃねぇよ。お前だ!お前!剣王の所に忍び込むだって?相手は武の神だぞ。気配を消したとしても気づかれるぜ!」
「やってみないとわからないじゃないかい。変装して堂々と乗り込んでさ……。」
「ダメだ!ダメだ!ダメだ!絶対無理だからやめろ!」
みー君は呑気なサキに叫んだ。
「じゃあ、あたし一人で行くよ。」
「い・く・な!」
みー君は乱暴にサキの肩を掴む。しかし、みー君は無造作に放置されたマヨネーズの入れ物に躓き、盛大にこけた。
「うわわわわー!」
みー君はサキを押し倒す形となり、サキはみー君の全体重を受け、そのまま床に落ちた。ついでに言うと頭をぶつけた。
「痛い……。みー君……って……近っ!」
サキは目を丸くしながら叫んだ。みー君はげっそりした顔でサキに覆いかぶさっていた。
「うっ……うおっ。」
みー君はサキと顔があまりにも近すぎる事に気がつき、顔を赤く染めた。
「わ、わりぃ……な、なんかぐにゃっとしたものが俺の胸に当たっているが……。」
「そ、それはあたしの胸だね。」
お互いクールに会話をしているが内心、かなり動揺していた。三姉妹は口に手を覆いながら頬を染め、続きを見ている。
「別に押し倒そうとしたわけじゃないぞ……。」
「壁ドンじゃなくて床ドンだねぇ……。てか、床ドン痛い!頭打ったじゃないかい。」
「悪い。ほんとすまん。」
「後……みー君、重い……。顔近い。」
サキに言われみー君はハッと我に返り、慌ててサキから離れた。サキはぶすっとした顔をしていたが頬は紅潮していた。
「だ、誰だ!こんなとこにマヨネーズ放置した奴は!」
みー君は声を裏返しながら叫んだ。ふと下を見るときぅがすまなそうにちょこんと座っていた。それを見たみー君は盛大にため息をついた。
「みー君!なかなか絞まった身体だったよ!厚い胸板と固い腕……そして床ドン……ありだね。これはアリだよ!」
サキは紅潮した頬のまま、興奮気味にみー君を仰いだ。
「馬鹿か!お前は」
……とか言いつつ、こいつはなかなかいい身体をしてやがるし……触れた時、温かさを感じた。
って……こんな事をサキに言ったら変態扱いされそうだから黙っておこう。
みー君は熱くなった頬を元に戻そうと頑張っていたが戻せなかった。
「で、みー君、話を戻すけど、あたし剣王のとこにお忍びで行くよ。」
サキが頑固に言い張るのでみー君はやけくそになった。先程の事もあり、みー君は恥ずかしさでまともな思考回路に戻る事ができなかったのだ。
「あーあーあー、わかった。もうどうにでもなれ。俺も行くぜ!こうなったらやけくそだ!行ってやる!」
「さすが!ミスター床ドン!」
「変なあだ名で呼ぶんじゃねぇ!」
サキの言葉により、みー君はさらに顔を赤くし叫んだ。
「……で、君達三姉妹は少年の捜索にあたっておくれ。例の人形にはあたし達が会うからさ。」
サキは頭を抱えているみー君をよそにきぅ、りぅ、じぅに目を向ける。じぅは先程から楽しそうに走りまわっていたがきぅとりぅは真面目に話を聞いていた。
「わかったわ。」
「ええ。」
りぅときぅはサキに向け、大きく頷いた。
「で、問題は……そこの走り回っているじぅなんだけど……。」
サキは笑いながらランニングしているじぅに目を向ける。
「ああ、じぅは大丈夫です。人の心を掴むのも技術もピカイチですから。性格は破たんしていますが……。」
きぅがじぅを呼んだ。じぅは「おねーちゃーん!」と人懐っこい顔で近づいてきた。
「じぅ、お仕事ですよ。」
「きゃはははは!」
きぅの言葉にじぅは満面の笑みで答えた。
「本当に大丈夫なのかねぇ……。」
サキは心配になったがきぅとりぅに任せる事にした。
「おい、もう陸に行く時間じゃないのか?」
みー君がぼそりとつぶやいた。気がつくと廊下は沢山の太陽神達で埋まっていた。
「サキ様、皆様。移動のお時間でござる。」
サルが部屋に顔を出し、一声声をかけた。
「ああ、今行くよ。イクサメを連れて行っておくれ。」
「御意でござる。」
サキは寝ているイクサメをちらりとみるときぅ、りぅ、じぅを肩に乗せ、みー君と共に部屋を後にした。サキが廊下に出ると太陽神達は一斉に頭を下げ、サキが通るための道を作った。
「いつも思うが……波を縦に割ったようだな……。」
「もう最近は慣れたけどねぇ。」
サキは悠然と歩き、みー君は戸惑いながら続く。とりあえず、行動を起こすのは壱に戻ってからにして今日の所は陸に渡り、休むことにした。




