かわたれ時…3理想と妄想の紅最終話
「お待ちしておりました。」
「ん?」
みー君が気がついた時には天記神がお辞儀をしていた。周りを見回すと天記神がいる図書館の前に立っていた。
「サキ様をすまないでござる。」
天記神の横からサルが顔を出した。茶色の髪を頭の上で髷にしており、橙色の着物を着ている。目は見えているかわからないくらい細い。そしてかなり動揺していた。
「ああ、この図書館は霊的太陽、月とも繋がっているのですよ。まあ、向こうから門を開いてくれないと入れませんが……。輝照姫様がいなくなってから太陽は大騒ぎだったようで、サルがここまで迎えにきたそうです。」
天記神はみー君が持っている金を優しく手に乗せるとそっとみー君を見つめた。
「ああ、そうか……。助かった。サキは熱を出している。早々に太陽に帰したほうがいい。俺のせいだ……。すまない。サキが何をしにきたか知らねぇが後で話をするから今はおとなしくしてろと言っておいてくれ。」
みー君は早口でまくしたてるとサルにサキを渡した。
「いや、天御柱様も共に陸へきていただきたいでござる。サキ様がまたあなた様を追って壱に向かわれたら困るので……。」
サルは必死な顔でみー君を見た。みー君はため息をつくと小さく頷いた。
「はあ……わかった。行く。……天記神、金をKに返せるか?」
みー君は今度、天記神に目を向ける。
「大丈夫です。鶴を使ってあの歯科医院の院長様にお返しいたします。」
「頼む。……金、世話になった。もうお前はゆっくり休め。」
みー君は金をツンと突くとそう言った。
―む……。かなりの残業だぞ……。後でひまわりをもらう。青はもう戻っているようだな。ご主人からお芋をもらっている。私も早く帰りたいぞ!ご主人!―
「お前もとことんネズミっぽいなあ……。呑気なやつだ。」
みー君は呆れながらつぶやいた。
「輝照姫様を……サキちゃんをよろしくお願いしますね。」
天記神はサルとみー君にそっと手を振った。
「ああ。迷惑をかけたな。」
みー君はそう言うとサルが開いた太陽へ続く門をくぐって行った。みー君が鳥居をくぐると鳥居は風のように消えてなくなった。天記神と金はふうと大きなため息をついてヘナヘナとその場に座り込んだ。
***
「はっ!」
サキはまた目覚めた。気がつくと布団の上にいた。
……ああ、やっぱ無茶するんじゃなかったよ……。
「サキ……。」
「うわっ!」
目の前にみー君がいたのでサキは驚きの声を上げた。変な所に力がかかってしまったのか傷に響きサキは悶える。
「大丈夫か!サキ!」
みー君は心配そうな顔でサキを見ていた。
「んあ……。いてて……。みー君!あんた、色々と大丈夫かい?」
サキが心配している所はそこだった。みー君には覇気がなく、いつもの元気もない。サキはみー君を元気つける為だけにみー君に会おうとしたのだ。
「大丈夫って……お前の方が大丈夫か?」
「あたしは平気だよ。」
サキはみー君に微笑み、ゆっくりと起き上った。みー君はサキの頬に目を向ける。
「顔の傷……俺が治せたら良かったんだけどな……。」
「大丈夫さ。傷が残っても姉御な感じでかっこいいじゃないかい。」
サキは元気に答えた。みー君にはそれが空元気である事がわかっていた。
「無理するな……。」
「……。」
みー君の一言にサキは黙り込んだ。
「すまない……。」
みー君は苦痛の表情でサキにあやまった。もう何と言ったらいいかわからなかった。
「いいよ。あたしは大丈夫さ。しかたないし。事件の渦中に入り込む事が多いし、怪我をする事もたぶんこれからきっとあるからさ。」
サキは掛布団の布を握りしめながら震える声で言葉を発した。
「お前は……お前は怪我をしてはいけない神だ!お前は太陽の頭なんだぞ!お前が弱ったら太陽が酷い目に遭う。俺が甘かった。俺がお前に任せっきりだったから!」
みー君は震える手でサキの肩を揺する。
「みー君……もうこの件は終わったんだろう?だったら次に目を向けないと……。これからみー君はあたしを全力で守ってくれるんだろう?紳士だもんねぇ。」
サキはふふっと笑った。そのサキの顔は痛々しいほどに歪んでいた。
「サキ……お前は……優しすぎるんだ……。クソ……。いっそのこと恨まれた方が良かったぜ……。」
「そんな事言わないでおくれよ。あたしは別に恨んでなんかないよ。今回、うまくいったのも全部みー君のおかげでみー君はあたしが勝手にあの子達に約束した奇跡を冷林に起こさせてくれた。あたしはすごく嬉しかったよ。ただ、みー君が辛そうだったからさ、さっき会わないとって思ったんだ。」
「サキ……。」
みー君が泣きそうな顔でサキを見るのでサキはみー君の頭に手を置いた。
「あたしは怒ってないよ。だから安心しておくれ。」
「ちょっ……てめっ……何しやがるんだ!」
サキはみー君の頭をそっと撫でた。みー君はなんだか恥ずかしくなりサキの手を掴むとぎゅっと握りしめた。
「みー君、元気出てきたね。あたしはほっとしたよ。」
「ああ、お前の優しさのおかげだな。」
「じゃあ、みー君、今度ジャパゴの主題歌を歌っているヒコさんのライブに一緒に行こうじゃないかい。」
サキはどこか楽しげにみー君を見つめた。それを見たみー君も少し切なげに微笑んだ。
「まあ、それは付き合おう。だが無理はするなよ。今はゆっくり休め。後は俺がなんとかするから。」
みー君の言葉にサキはニコリと笑うと再び横になった。
……この女は強い……。太陽神の頭にふさわしい性格をしてやがる。それ故に壊れた時が怖い。やはり俺はこいつを全力で守らなければならない。今回のような俺の過失がこいつを酷く苦しめる。俺は間違いを起こしてはいけない。こいつの厄を慎重に調べないと。
みー君はサキを眺めながらそう決心をした。
****
あれから一カ月ほど経った。サキの体調はすっかり元に戻り、傷もなくなった。心配していた頬の傷もきれいになくなり、サキは元気を取り戻した。
今はみー君と共にジャパゴのライブに行く途中である。太陽がキラキラと輝く雲一つない晴天だが風は冷たい。もう冬が近いのかもしれない。
「まさか、この前来たこの城でヒコさん……えっと本名はコウタさんだったっけね……がライブをやるなんてねぇ……。」
「ああ、あの男も突拍子もない事を考えるぜ。」
サキはジャパゴのグッズを沢山持ちながら古井戸のある城へと向かう。みー君はこんなに持ってやがったのかと驚きの表情でサキを見ていた。
「ん?」
サキはふとこちらを向いている子供と目が合った。ここは堀から城へ続く橋の途中だ。子供は遠くでもう一人の子供を呼ぶとこちらに向かい走ってきた。近くに来るにつれてあの時の少女達だとサキはわかった。
「あ!あの!」
セレナが真奈美を連れてサキに声をかけてきた。
「ん?」
「あの……変な事を聞きますが……私の夢に出て来た神様ですか?」
セレナと真奈美には壱の世界でみー君は見えない。二人ともサキに話しかけていた。
「夢?さあ?いやー、でも元気そうだねぇ。」
サキはしらばっくれる事にした。あの件は夢でいいのだ。少女達はこれから現実と向かい合っていかなければならない。だからもうサキが関わる事はない。
「奇跡です。実はあなたに似た人が夢で出てきて……真奈美も同じ夢を見てて……それで……真奈美が元気になって!お医者さんもびっくりしてました!そしてまた、奇跡で私達元気になって会えたんです!それで……やっぱり停電の時に……」
セレナは興奮気味にサキに話しかけている。サキはふふっと笑った。
「セレナ、いきなり知らない人に声かけたらびっくりしちゃうよ。あの夢は私達の秘密でしょ。」
隣でツインテールの少女、真奈美がセレナに向かい頬を膨らませた。
「ああ、えっとごめんね。あ、ごめんなさい。あんまりに似ていたから声かけてしまいました。」
セレナは真奈美に軽くあやまるとサキに目を向け再びあやまった。
「よかったねぇ。奇跡は信じてみるものだよ。あたしも信じようかな。」
セレナと真奈美はお互い輝かしい笑顔を向けると鬼ごっこをしながら去って行った。
「ふう……冷林の奴、とことん奇跡を起こしてくれたぜ。」
みー君が楽しそうに走り去る二人を疲れた顔で見つめた。
「さすが冷林だねぇ。あたしはまさかあの二人がもう一度会って元気に走り回っているとは思わなかったよ。とくにあの真奈美って子、あの子、集中治療室にいたんだろう?天記神から聞いたけどさ、まさか一カ月で走り回るほど元気になっているなんてねぇ。」
サキは気持ちよさそうに笑った。なんだか清々しい気分だった。
「ま、たまにこういう突拍子もない事が起こる事もあるさ。」
みー君もサキにニコリと笑いかけた。
「そうだねぇ……って、ああ!というか、もう会場に入れるよ!急ごう!みー君!」
サキはみー君を引っ張り走った。みー君は半ば引きずられる感じでサキについて行った。
「ああ。わかったよ。」
みー君はサキの笑顔が戻った事に心底ほっとしていた。サキの眩しい力は正直、みー君には辛い事もあるがそれでもみー君はしばらくサキと行動を共にする事を誓った。
奇跡は起こる。真奈美とセレナはお互い、夢かもしれないあの出来事を一生忘れないだろう。きっと大人になったらこれは曖昧な記憶になってしまうかもしれないがこんな事があったという出来事は忘れない。
大人になって二人の少女は離れ離れになってしまうかもしれない。でも奇跡の事を思い出し、そっと微笑むだろう。そしてまた、あの時に帰りたいと思い、二人はまた再会する。
……そしてまた笑い合うだろう。きっと。




