かわたれ時…3理想と妄想の紅25
「……っ!?」
みー君は影に驚き、慌てて拳を引く。
「みー君……今回のみー君はさ……人を傷つけてばかりだね……。」
みー君とマイの間に入って来たのはサキだった。
「さっ……サキ……なんでここに?」
みー君は震える右手を左手で覆いながらサキを見た。
「あたしはさ……今、みー君に会いに来たんだけど、会いたかったのはこんなみー君じゃない。」
サキは酷く切ない顔をしていた。
「……っ。」
みー君はサキの頬の傷を見、苦しそうに目をそむけた。
「……『後悔するまでぶん殴ってやるぜ』だって?……みー君、どうしちゃったんだい?なんであたしはみー君のこんなところばかり見させられるんだい……。あたしは悲しいよ。それがみー君の本性だって言うのかい?」
サキはみー君の肩にそっと手を伸ばした。もうみー君がサキを傷つける事はなかったがみー君は震えながらサキを拒んだ。
「……っ。悪かったな……。サキ。」
「……。みー君……。」
サキはみー君の肩に再び手を伸ばす。サキを怯えた目で見つめていたみー君だったが今度は拒まなかった。
「なるほど。天御柱はこんな簡単に自身のルールを破れるのか。ここで輝照姫が何もしなければあなたはわたしを気がすむまで殴っていたな。部下にはああ言っておいて自分は守らない。……なるほど。」
マイは冷汗をかきながらニヤリと笑っていた。みー君は両の拳を握りしめると悔しそうにうつむいた。
「あんたもあんただ……。みー君の優しい心を踏みにじってこんな事をするなんてさ。」
サキはマイに振り向くと威圧のこもった目で睨みつけた。
「優しい?この神のどこが優しいのだ?」
「みー君は優しいさ。女性に手を上げないってそのルールを作れる事があたしは凄く立派だと思う。男神は力強くて荒々しい、猛々しい者が多いけど女神は物を作ったり物を守ったり育てたり母性を持って接する者が多い。
人間は男女平等って言うけど神はそうじゃない。まったく別の種として女神と男神は存在しているんだ。女神は違う方面で大きな力を持っているけど物理的な力を持っている男神には勝てない。
そこで気性の荒い厄神に対し、みー君はそう言うルールを作ったんだと思う。あんたは弱いくせにみー君に喧嘩を売るなんて凄い根性していると思うよ。あたしは。」
サキは冷たい瞳でマイを見つめていた。
「あなたは人間だけでなく神も守るのか。ふっ……まあ、いい。わたしはあなたが守ってくれたので逃げる事にする。」
「!」
マイは不敵に笑うと背を向けて歩き出した。
「まっ……。」
サキが叫ぼうとした時、みー君がサキを止めた。
「……もういい。……サキ、止めてくれてありがとう。危なかった。」
「みー君……。」
みー君は暗く沈んだ顔をしたまま、拳の力を緩めた。
「おねーちゃん!」
その後すぐライがマイを追って走っているのが見えた。
「ライか。」
「おねえちゃん……。なんであんなことを……。」
ライは影から会話を聞いていたらしい。みー君に逆らうなんてライには考えられない事だった。
「ああ……。この前の仕返しと上に立つ偉そうな神を苦しめてやりたかったんだ。わたしはただの芸術神。なんだか腹が立ってな。いや、かなり怖かった。だがなかなか楽しかったぞ。」
マイはそう一言つぶやくとライの前から姿を消した。
「おねぇちゃん……。私達の力はそんな為にあるわけじゃないよ……。おねぇちゃん!」
ライの悲しそうな声は闇夜に溶けて消えて行った。
ライはそのまま姉のマイを追い、走り去った。
「……ダメだなあ。俺。最悪だ。お前が止めてくれなきゃあ……やっちまってた……。」
みー君はぺたんと座り込むと自身の震える手を暗い瞳で見つめた。
「みー君、神もある意味人間と似てるとこがあると思うんだよ。ライはマイを凄い心配してた。みー君、もしあそこでみー君がマイを自分の感情だけで殴ってしまったらさ、ライはどうなるのさ?ライは何も悪い事してないのに悲しむんだ。」
サキは下を向いているみー君を見据える。
「お前は……俺にあんなにされて、事件に巻き込まれて余計な仕事を増やされて大怪我して……なんで誰に対しても怒りをぶつけないんだ……?」
みー君はいつものみー君ではなく、かなり弱々しい顔つきでサキを見上げた。
「あたしは別に怒ってなんてないよ。まあ、あの少女達を操ったのは怒ったけども。今回はみー君を助けてあげたかった。ただそれだけであたしは動いたのさ。……まあ、結局はみー君に助けてもらっちゃったけどねぇ。」
サキはほっとした顔をみー君に向けた。
「俺はお前を傷つけただけで何もしてねぇ……。」
「何言ってるんだい!助けられたよ!それと、そんな情けない顔をしない!あんた、これからもあたしを助けてくれるんだろう?違うかい?みー君……ううっ……。」
サキは話している途中、ふらりと倒れ込んだ。みー君は慌ててサキを抱く。
「おい!サキ!」
「うう……やっぱり少し頭が痛い……。」
「お前、無茶するから……熱出てるぞ!」
サキは熱を出していた。みー君は慌ててサキを抱きかかえると金を探した。陸にいるはずのサキがここにいるという事はさっき、マイを追って行ったライと弐の世界を渡れる金がいるとみー君は踏んだ。
金はすぐに見つかった。ハムスター姿でほお袋パンパンにしてマヌケにもトテトテ歩いていた。
「金!」
―ふあ!?な、なんだ?―
金はビクッと身体を震わせるとみー君を見上げた。
「いますぐ、サキを陸に送りたいんだが……。」
―弐の世界を開いてくれたらいけるぞ。―
「クソ……。それでライがついてきたのか。」
みー君は舌打ちをした。しかし、すぐにいい事を思いついた。
「そうだ。天記神の所から弐に入ればいい!」
みー君は金を無理やりつかむとサキを抱え走り出した。
―むお!お腹を持つのはやめよ!優しく横からァ!―
金はジタジタ暴れるがみー君はそのまま走った。なにせ、色々と時間がない。
今、何時くらいだかわからないが図書館が閉まってしまうかもしれない。みー君は風なので閉まってしまった図書館に侵入できるがサキと金はドアをすり抜ける事ができない。
サキは人間に見える神なので構造が人間と一緒だ。そして金はまだ生きているハムスターだ。
みー君は必死でかけた。それでは間に合わないと思い、サキを抱きながら空を飛ぶ。
きれいな月と星、流れる雲が嵐が過ぎ去った事を物語る。もう一、二カ月前の猛暑はどこへ行ったのかかなり寒い。秋の気配に身をゆだねながらみー君は必死で図書館を目指した。
もうだいぶん遅い時間だというのに何故か図書館は開いていた。
「……ウソだろ……。いつまでやってんだここは。」
ドアは開いていたが中は暗い。もうとっくに閉まっているようだが偶然か必然かドアが開いていた。みー君は構う事なく中に入り込み、真っ暗な図書館に侵入し、天記神の本を探した。
「っち……。夜目はきかないんだよ。俺は……。見えねぇ。」
―右の一番端に白いのがあるぞ。―
金は手足がぶらぶらのままぶっきらぼうにつぶやいた。持ち方が気に入らず機嫌が悪いようだ。
「お前、見えるのか!」
―ふむ。夜行性故な。―
みー君は助かったとつぶやくと金が指示した方向に手を伸ばし、さっさと白い本を手にし、開いた。




