かわたれ時…3理想と妄想の紅24
みー君と天記神と青は歯科医院から外に出た。先程が嘘のように今は風もなく、星がキラキラと輝いている。明日は晴天だろう。風渦神はみー君との約束を守り、ここら一帯の魔風を消して去って行ったようだ。
「おい。天御柱、もう大丈夫なのか?」
歯科医院長、元厄神の青年は腕を組みながらもうロックをかけてしまった自動ドアに背中をつけている。
「ああ。大丈夫だ。迷惑をかけた。ああ、そうだ。こいつはお前に返せばいいのか?」
みー君は手にしていたプラスチックのケースを差し出した。中には青がいる。青は元厄神の青年がストックしていたひまわりの種をモシャモシャと口に含んでいた。
「ああ。取引をしたのは俺だからね。」
院長はニコリと微笑むと青の入ったプラスチックケースを受け取る。
「どうやって取引をしたか知らんが助かったぞ。」
「たまたま、実験で使いたい動物がいると言われてさ。だったらそれでいいから貸してくれと頼んだだけだ。
ハムスターのデータと潜在的能力を調べる機械をつけるのが条件だった。実際、この子にはそれがついているらしいがどこにあるのかさっぱりだ。ま、この辺の事はしゃべらない方が堂々と事件に集中できると思ってね。」
院長は青の頭を指で軽くつついていたが噛まれたので慌てて手を引っ込めた。
「違いない。……青、もう仕事は終わりだ。助かったぜ。」
みー君は痛がる院長をよそに青に話しかけた。
―ふう、やっと終わったでしゅか。もう夜でしゅから残業でしゅね……。―
青はぶれる事なくそう言った。周りの事は本当にどうでもいいらしい。
「お前、残業代はそこに散らばってるだろ。」
みー君は青の横に散らばっているひまわりの種を指差した。
―まあ、これだけじゃなくてでしゅね……お芋食べたいでしゅ!―
「それはKに頼め。」
―わかりまちたよ~。じゃ、これからわたちは自由時間に入りましゅので早くおうちに帰してくだしゃい。―
「あー、わかった。ありがとうな。」
青の呑気な声を聞き、みー君は大きなため息をついた。
「じゃあ、もう一匹の方は後で返してくれよ。あの大きいハムスターな。」
院長はみー君達を見送った。
「ああ、後で連れてくるよ。今は違う所にいるから後日な。あ、嫁さんと仲良くな。」
「余計なお世話だ……。さっさと行きなよ。」
院長はみー君の言葉に顔を赤くしてうつむいた。みー君はにやりと笑うと天記神に目配せをし、歩き出した。
「まさかあいつが人間の嫁さんをもらうとはな……。あいつも人間と密接に関わる神だから人間に見えるって事は知っていたがまさか厄除けの神になって人間の嫁を……。」
みー君はぶつぶつと独り言をもらした。
「あら、そうなのですね。神というのも不思議な存在です。」
天記神がふふっと楽しそうに微笑んだ。二人は肩を並べて静かな田んぼ道を歩く。もうだいぶん肌寒く、風はないが気温は低い。雲はうっすらと風に流されて動いており、月の光と星がやたらと眩しい。
「お前、弐に帰れるか?」
「ええ。大丈夫です。まだ図書館はぎりぎりやっている時間帯ですから。」
「人間がやっている図書館が閉まってしまったら帰れないのか?」
みー君の質問に天記神は困った顔を向けた。
「ええと……わたくし自身、あそこから出た事はないので……わかりかねますね。」
「ああ、確かにな。送っていこうか?迷惑をかけたしな。」
みー君が心配そうに天記神を仰ぐ。天記神は顔を赤くして照れていたが首を横に振った。
「い、いえ。大丈夫です。わたくし、心が女でも外見は男ですから。夜道に危険はありませんよ。女性よりは。」
「まあ、一応、女のカウントに入るから聞いただけだ。」
「ありがとうございます。えっと……その……ではわたくし、こちらですので。」
みー君の心に感動したのか天記神はやたらと気分が上がっており、キャッキャッ言いながら何もない田んぼ道を横にそれて行った。
「不思議な奴だな。あいつも。」
みー君はそうつぶやくとまっすぐに続く田んぼ道をゆっくり歩き出した。もう一度あの井戸に行こうと思っていた。マイにつながる何かがあるかもしれない。
みー君は月明かりの中、井戸へ急いだ。
しばらく歩き、ちょうど来た電車の上、パンダグラフ付近に座り観光地の城を目指した。
あたりは観光地付近だというのに暗く、静かだった。みー君は一時間ほど時間をかけて井戸にたどり着いた。城の石垣の隣り、ぽつんとある古井戸に金髪の髪が揺れているのをみー君は見た。みー君の目は見開き、徐々に怒りに変わっていく。
「ふむ。やっと来たか。待っていたぞ。天御柱。」
井戸のすぐ横に立っていたのは語括神マイだった。金色の短い髪に鋭い瞳、口にはわずかに笑みを浮かべている。白い着物に赤色の花がアクセントについていた。月明かりの中でその着物は美しく映える。
「お前……。あいつを操ったか?」
「あいつ……とは、風渦神の事か?」
「そうだ!」
マイに対し、みー君は声を荒げた。
「ああ、その通りだ。奴に天御柱を元に戻せる術があると教えた。あの時の事を思い出すたびに……ああ、ぞくぞくする。あの子はすべて私の思い通りに動いてくれた。」
マイは頬をわずかに赤らめ、狂ったように笑う。
「なんで俺をハメた……。」
みー君は鋭い瞳でマイを睨みつけながらマイに向かい歩き出した。
「それはこないだの仕返しだ。お前の断末魔、いい声だったぞ。そしていいザマだった。こういう物語を傍観できるとはたまらなく興奮するな。お前の情けない顔がしばらくわたしのおかずになりそうだ。ははは。」
マイはうっとりとした顔をみー君に向け、そしてまた笑い出す。
「ふざけんな……。」
「今回は悪役を演じてみた。いいだろう?影の悪役ってやつだ。悪役の裏を操る悪役。考えただけでもドキドキするだろう?そして悪役はこうしてヒーローにすぐに見つかる。まったく滑稽だ。」
みー君は乱暴にマイの胸ぐらを掴んだ。
「てめぇだとわかんねぇ方が良かったぜ……。わざと糸を残しやがったな。」
「やはりそれでここにきたか。わたしはもうワイズの傘下であり、あなたの下についている者。人間に直接手は下していない。わたしが下したのは神だ。人間がダメなら神でやるしかないだろう?
ふふ、悪役が最後まで逃げ切れたら悪役ではない。こうやって捕まるのが常だ。ああ、急に現実に戻されたな。物語はここまでか。」
「……てめぇは全部見てやがったのか……。サキが傷つきながらも必死で動いているのをお前は笑ってやがったのか……。」
みー君はマイの胸ぐらから手を離した。
「まあ、太陽の姫はよく動いてくれた。わたしの中の評価は高い。……なんだ?怒っているのか?ふ……当然か。」
「部下の不始末を黙ってみているわけにはいかねぇ……。」
みー君の言雨がマイを射抜く。マイは震えながら笑っていた。
「あなたの顔は部下を罰する時のものではないぞ。自己の感情が入り込んだ顔だ。その表情、なかなか出せるものではないな。……ああ、いや、すまない。上司であるあなたのお仕置きはしっかりと受けよう。紳士なはずのあなたがわたしに何をするのか。」
「お前は許さない。本当はその腕を斬り落としてやろうと思ったが……やめた。俺は女には優しいんだ。お前は女であった事を喜べ。そして腕を斬り落とされるよりも遥かに辛い罰を受けろ……。」
みー君は荒々しい言雨をマイにぶつける。マイは意思とは正反対にみー君に対し、額を地面につけた。
「……封印か?ぬるいな。顔に余裕がないぞ。あなたはどんなに憎しみが積もっても女だからと言う理由で殴る事もできないのか。」
みー君はこのマイの発言で前も後ろも見えなくなるほど激怒した。もうマイの挑発を軽く流せるほどの感情がみー君にはなかった。
「……んだと!立てっ!今すぐ立て!」
みー君の怒鳴り声が静かな城に響き渡る。マイは額を地面から離すとすっと立ち上がった。そしてフッと微笑んだ。
「それを望むならお前が後悔するまでぶん殴ってやるぜ……。死んじまうかもしれねぇがなァ!」
みー君が奥歯を噛みしめたまま、こぶしを振り上げる。マイに当たる寸前、影がマイとみー君の間に飛び込んできた。




