かわたれ時…3理想と妄想の紅21
金は慌てていた。弐の世界から霊的太陽付近まで来れたはいいがそこから先に行けなかった。おまけに人型になれるのは弐の世界のみ。壱の世界ではただのハムスターである。
「こ、ここから先に行けば私はハムに戻ってしまう。そうしたらひまわりを沢山持って帰れない!おまけに近づくと暑い。眩しい。もう我が帝国に帰りたいぞ。」
金はサキを抱きかかえながら叫んだ。弐の世界からなら霊的太陽にも月にも行ける。しかし、門が開かないと中には入れない。
「サキ様!」
「ん?」
ふと男の声が響いた。前を見ると鳥居と階段が出現している。太陽に行くための門が開いたのだ。鳥居と太陽に続く階段は太陽神か使いの猿しか出せない。
サキは完全に意識を失っており、サキが太陽の門を開くことは不可能だった。つまり、サキではない他の誰かが門を開いた事になる。
「サキ様!」
目の前に髷を結った男が現れた。目は細くて見えているのかいないのかわからない。後ろから茶色いしっぽが見えている。
「ああ、小生はサルでござる。一体何事でサキ様がこんな……。」
「んん……。よくわからんがこの太陽の姫君を太陽までお連れしろと天御柱神から言われてな。事情があって弱っているとか。任せられるか?」
金はあまり事情がわかっていなかったがサキをサルに押し付けた。
「えっと……。」
「ああ、私は金。ハムスターである。」
「はむ?」
サルは状況がまったく読めなかったがとりあえずサキを連れてきた恩人として太陽に招く事にした。
鳥居をくぐった途端、金は人型からキンクマハムスターになってしまった。
「ね……ネズミ……。」
サルは驚いたがサキを抱きながらハムスターを掌にのせた。
「おもてなしをしたいのでござるが……一体、ネズミは何を食すのか……?」
サルは近くにいた猿に声をかける。猿は首をかしげていた。
「ああ、ひまわりの種とかどうだろうか?」
サキを心配して集まった太陽神達は口々にそう言った。
「そ、そうでござるか……。では小生が取って参ります。サキ様をよろしくお願い致します。」
サルは自分がサキを抱えているのが畏れ多いと思い、太陽神にサキを預けた。
「一体誰がこんなひどい事を……。」
「サキ様に色々任せきりで信仰心が足らず動けない我々が憎い……。」
太陽神達の顔は暗く、眩しく輝くはずの太陽の面影が今はなかった。
*****
「で、この医院で働いている武神からここで会議が開かれると言われたのだが……。」
竜宮オーナー天津彦根神は歯科医院内部のスタッフルーム、医局の事務椅子に座り顔をしかめていた。
「一時的に謹慎は解かれたがお前がいる事が不可解だYO。」
東を統括するワイズは事務椅子に座りながらみー君を睨みつけていた。ワイズは会議に出る為、一時的に謹慎処分から抜けたらしい。
「まあ、なんだかわかんないけどいいじゃないの。彼が出てきたのは確かに不可解だが彼、何か証拠を持って来たみたいだし。」
剣王はいつものやる気なさそうな顔でオーナーとワイズを見ていた。
「今の壱は夜。故に参加させていただきます。あ、もう一人の月照明神、月ちゃんの方は置いてきました。」
妹ではなく、白拍子の格好をしている姉の方の月照明神がふふっと微笑んだ。
ちなみに青はハムスターに戻っており、今は用意されたプラスチックのケースに入れられている。天記神はみー君の横に座り、緊張した面持ちをしていた。
冷林も来た。冷林は何も話さず、事務椅子にじっと座っている。
「今回は太陽の姫が大怪我を負ったとか。今回の事件に巻き込まれたのか……?」
オーナー天津は状況の確認を急いだ。
「長い話になる。」
みー君は一同を見回し厳しい目つきで話し出した。
「まず、俺が封印されていたのに外に出ている件からだ。」
「確かに、自分の神力を使った封印は抜け出すのきついよねぇ。というか抜け出せないはずなんだが。」
剣王が嘲笑しながら一同を見回す。みー君は構わず続けた。
「そこで俺は昔の俺とまったく同じ神力を持った奴に出会った。」
「ふむ。」
オーナーは適度に相槌を打つ。
「弱小の厄神はほぼ俺の傘下だが奴もその一人だった。名前は風渦神。色々とルールを決めてやっていたんだがあいつだけは昔の俺を追いかけており、俺になろうとした。
結果、自己の神力を確立するに当たらず、いまだ俺の神力を持っている。その神力を使い、俺の封印を解きやがった。俺を昔に戻すために俺をわざと封印させたらしい。俺は最大級の苦痛と共に封印から無理やりはがされたわけだ。」
「君、よく生きてたねぇ……。そりゃあ、大量吐血に痙攣レベルの激痛だろうに。それがしだったら死ぬ自信がある。くくっ……。」
剣王はクスクスと笑った。
「笑い事じゃねぇ!まじで死ぬかと思ったんだからな……。」
みー君は剣王にツッコミを入れると咳払いをして続けた。
「俺は無理やり外に出されてからあの現象を調べていたサキに出会った。」
「そこで輝照姫か……。」
オーナーはサキを心配しているらしい。顔つきが暗かった。
「俺にとっての脅威はサキだと風渦神は言い、サキを攻撃し始めた。お前達もわかっていると思うがサキに会った当初の俺は昔の神力のままだ。」
「と、いう事はあなたは輝照姫に危害を加えるので動けず、ただ、黙ってみていたと?」
月照明神が目の前に置いてある緑茶を静かに飲みながら会話に参加する。
「そうだ。風渦神は弐に入り込んだ人間の少女達を人質にとっていた。サキは抵抗ができず風渦神の暴力に耐えていた。それはそこのネズミも見ている。」
みー君はプラスチックケースに入っているハムスター姿の青を見る。青はこくんと小さく頷いた。
「ですが、あなたは昔から女性には手をあげない紳士だったではありませんか。わたくしはそこを高く評価していましたがただ黙って見ていただけなのですか?」
月照明神は口からゆのみを離し、そっと置いた。
「そんなわけないだろう。そこでだ。まあ、いずればれると思っていたが天記神だ。天記神に助けられた。」
みー君はそこで頭のお面を顔につけた。
「……なんだ?それがし達と取引でもするつもりか?」
剣王はふふっと笑う。
「もちろんだ。だがお前じゃない。あんたはいてもいなくてもどっちでも良かった。」
「ふーん……。そんな事言われるとなんだか悲しいねぇ……。」
剣王はみー君をちらりと見ながら置いてある緑茶に口をつけた。みー君の表情はお面をかぶっているのでまったくわからない。
「そんな事はいいYO。で、天記神は何をしたんだYO。」
ワイズはみー君が何を言い出すのかなんとなくわかっていそうだったがあえて聞いた。
「奴とサキがぶつかったのは弐の世界。井戸に落ちて行った少女の世界だ。サキはその少女を救うべく、弐に入った。それで風渦神と戦闘になり、少女を人質にとられ疲弊。天記神がサキを助けるべく違法行為を起こし、時間を止め、サキを救ってくれた。」
みー君は天記神に目を向けた。天記神の顔は青く、じっと机を凝視している。
「ですが、結局は禁忌。良いか悪いかは抜きにして処罰の対象です。」
月照明神はまったくぶれる事なく会議を進めた。
「その通りだ。しかしだ、俺はあの世界の少女達に祈られて今の神力に落ち着いた。これは俺の中でもあんた達の中でもかなりデカいはずだ。」
「まあ、そうだねぇ。今更君が元の神力に戻ってもねぇ……。だけどやっぱり禁忌だし……。」
剣王は面倒くさそうに言った。
「天記神は弐の世界の異変を解決するのがある意味仕事だ。職務を全うしたに過ぎない。おまけに太陽の姫に大怪我を負わせているんだ。天記神としては放っておけないだろう。そもそもこうなった原因は冷林だ。証拠はなかったがかなりの早とちりだ。俺に罪をなすりつけたとしか思えない。」
―……。―
冷林は何も話さなかった。冷林の隣りにいたワイズは小さく笑い、緑茶を口に含んだ。
「まあ、わたくしはいなかったのでわかりかねますが……全員が解決するまで話し合おうとしていたのですか?」
月照明神はそっと高天原の権力者達を見つめる。
「……サキ以外は皆、俺だと断言した。証拠が残ってしまっていたからな。しかし、サキだけは俺を信じ、独自に誤解を解こうとしてくれた。ワイズもだ。ワイズも謹慎処分を受け、動きたくても動けなかったはずだ。ワイズもおかしいと思って動こうとしていた。」
「ふむ。その通りだYO。」
ワイズはにやりと不敵な笑みを見せる。
「どうしてワイズがお前の誤解を解こうと真剣になっていたと言える?」
オーナーが目をつむりながら聞いた。
「ワイズは謹慎になる事がわかっていた。故に先手を打っていたんだ。……Kを知っているか?」
「む?知らんな。」
オーナーは興味なさそうに答えた。
「知らないならそのままでいい。ワイズは謹慎処分になる前、そこのネズミを借りてきた。そのネズミ達は不思議と弐の世界を自由に散策できるらしい。ワイズは弐の世界に重点を置いていた。」
みー君はそこで言葉をきった。真相はワイズがこの病院の院長にKと取引するよう言ったのだがそれを言うと話がややこしくなるので後はワイズに話してもらう事にした。
「そうだNE。弐の世界を調べたかったが無理になったので輝照姫が最後まで天御柱を信じてくれていたから輝照姫に助けてもらったんだYO。そこのネズミ達を護衛につけるかわりにNE。」
「よく言うよ。本当は輝照姫とそんな話してないくせにねぇ。」
ワイズが堂々と言い放ったので剣王はやれやれとため息をついた。
「証拠はあるかYO?私も彼を助けたかったんだYO。彼がそんな事をするはずがないとずっと思っていてNE。」
ワイズは剣王に笑いかけた。
「……ま、こうなると……非があるのは何もしなかったそれがしと天津。足して、勝手に判断し、強行に及んだ冷林……かねぇ。」
剣王は頭を抱えながら呻いた。
「あんた達、剣王とオーナーは天記神の罪を消す事で許したい。どうだ?悪い話ではないだろう?」
みー君は剣王とオーナーを見る。
「それがしはちょっと西で問題が起こり、君まで手がまわらなかっただけなんだよ。本当はねぇ、君じゃない事はわかっていたんだけど。」
剣王は困った顔をみー君に向けた。それを見たみー君は即座に交渉の内容を変えた。
「まあ、あんた達は悪くないさ。本当はあんた達に罪なんてない。俺の名に免じて天記神を許してやってほしい。ただそれだけさ。」
みー君はオーナーと剣王に頭を下げた。隣に座っている天記神は慌ててみー君に顔を上げるように言っている。
「君、色々うまいねぇ……。それがし達に罪の意識を覚えさせた上で許してやってくれと懇願する……そんなふうにやられてはそれがし達も許さないといけないじゃない……。後、もう一つ、君はそれがし達がこの件に関して罪があろうがなかろうがどうでもいいって思っている事を知っているんだねぇ?」
「……。」
みー君は何も言わなかった。ここで「どうでもいいんだろ」と発言してしまったら剣王の遊びに乗ってしまった事になる。
剣王との交渉がすべて無に帰す。もしこれを発言したら「それがし達がこの件の事をどうでもいいと考えているのではと天御柱に思われている。」というようなことを言われ、不利になる可能性がある。剣王はこういう所で突然、すべてをひっくり返そうとする。
「つれないねぇ……。」
剣王はふふっと苦笑した。
「剣王、話を面倒くさくするな。今回は我々にも非がある事を認めよう。私は天記神を許す事にした。」
オーナーは剣王と共に許すとは言わず、自分だけ天記神を許すと言った。
「しかたない。それがしも天記神を許そう。君の望みはそれなんだろう?」
剣王は頭をポリポリかくと頷いた。
……やはり一筋ではいかないな……。
みー君は剣王とオーナーをじっと睨みつけた。どちらにしろ、剣王とオーナーはしっかりと謝罪はしていない。
つまり前者のみー君の意見ではなく、後者の方で会話が成立したのだろう。みー君が『許す』のではなく、みー君に免じて『許してやる』に意見がさらりと変わっていたという事だ。
だが、向こうも悪いと思ったのだろう、どちらも優位になる事なく、痛手なしで天記神は許された。
「まあ、私は天記神の味方をするYO。天御柱を助けてくれたからNE。」
ワイズはみー君の予想通りの返答をした。
―……コノケンデハ……セメルコトハ……デキナイ。―
冷林もこれ以上不利になる事は避けたかったのか天記神をすっぱりと許した。
みー君はちらりと天記神を見ると静かに頷いた。天記神はどこかほっとしたような顔でみー君を見ていた。




