かわたれ時…3理想と妄想の紅18
「お前には何もしない。俺は力がないからな。あの辺一体しか魔風を起こせない。ふふ……。だがそれで十分だ。」
「……!?」
風渦神の発言にサキの表情が焦りに変わった。
「わかったようだな。」
「まさかあんた!」
サキは慌てて後ろに隠れている少女達に目を向けた。少女達は怯えた目でこちらを見ているだけだった。
「そこにいるやつは関係ない。関係あるのは壱の方だ。あの娘達が搬送された病院は今、停電だ。はははは!」
サキの顔がさっと青ざめた。なぜこの厄神はそれを平然と笑っていられるのだろうとサキは怖くなった。
「停電……。」
病院にとっての停電は大きな災害だ。電気が通っていないと生きる事ができない人もいる。今の少女達もおそらくそうなのだろう。
セレナは井戸に落ちて意識不明。真奈美は集中治療室に入っている。このままだと壱に帰れなくなる可能性がある。
「この暴風を止めてほしかったら武器を捨てて動くな。」
「……。」
風渦神はケラケラと笑いながらサキを見つめる。サキは奥歯を噛みしめながら剣を消した。それを見た金と青が慌ててサキの方へ走ってきた。
「来るんじゃないよ!」
サキの鋭い声に金と青はビクッと肩を震わせ止まり、少女達の方へ帰っていった。
風渦神は不気味に笑いながらサキに近づき、カマイタチを起こした。サキはカマイタチで肩を斬られ、再び地面に膝をつけた。
「うう……。」
ポタポタと血が滴る。サキは肩で息をしながら起き上った。
「神力を最低限まで落とせ。できなければ……。」
「わかったよ。」
サキは上昇させることに制御はできないが下げる事はできた。サキが神力を下げた刹那、風渦神の暴力がはじまった。サキの方が神力が下になり風渦神は好き勝手にできるようになった。サキは殴られ蹴られ散々な暴力に黙って耐えた。
金と青がまた再びサキの側に寄ろうとした。
「来るんじゃない!来るな!」
サキは殴られながら二人に叫んだ。金と青は預かり物だ。傷をつけるわけにはいかない。
金と青は戸惑った表情で再び少女達の元へ戻った。
「は、はやく暴風を消しておくれ……。もう……いいだろう?」
サキは力なく声を発したが風渦神は手を止めない。
「まだだ。まだまだ!お前が死ぬまでな!」
みー君は身体を震わせながら殴られているサキを黙って見つめている。もうみー君は押さえつける感情をコントロールできなかった。
「ごほっ……。」
サキは腹を蹴られてうずくまった。
「うぐっ……。」
すぐさま髪を掴まれ殴られる。サキの瞳から徐々に光がなくなっていった。
「やめろ……やめろ!」
みー君は身体を震わせながら叫んだ。みー君はもう無感情でいられなかった。風渦神に対する怒りが禍々しい神力を増大させる。
「ゆるさねぇ……。絶対ゆるさねぇ……。」
みー君の身体から巨大な竜巻が出現した。竜巻は周りの木々をすべて持っていくほどの力強さでそれがみー君が歩くたびに出現する。
「はっ……天御柱様……。何故……お怒りなのですか?」
風渦神は複数の大型竜巻が近づく中、サキから手を離し、額を地面につけ戸惑った表情で問う。
「なぜかだと?そんな事もわからねぇのか。」
風渦神の視界が突然赤く染まる。カマイタチが風渦神を切り裂き、鮮血が飛び散った。
それでも風渦神は額を地面につけたままだ。
「わかりません!わからないです!」
風渦神はみー君の怒りを買ってしまった事に動揺と怯えを見せた。
「てめぇが……厄神のバランスを崩したからだ!厄神はほぼ俺の傘下だ。俺はルールを決めたはずだ。それをお前が破った!」
みー君は風渦神の腕を斬り飛ばした。風渦神の腕は風となり消え、また新しく生成された。
「うぐ……。あ、あなた様の為に大切な事だと思い……禁忌を冒してでもあなた様を……。」
いくら再生されるとはいえ、痛みは伴う。風渦神は斬られた腕を手で押さえた。
「俺を助けるだと?余計なお世話だと言ったはずだ。それから俺は女への暴力は嫌いだ……。お前は俺が最も嫌いとする事をやってみせたわけだ。俺の目の前でな。卑怯な手で厄神の恥だ。おまけに武器を捨てさせて丸腰での暴力だ。お前はそれを楽しそうにやってみせた。俺が最も嫌っている事をなァ!」
みー君は風渦神をカマイタチで切り裂いた。風渦神の断末魔が響く。
風渦神は全身を斬りきざまれたが風となり元の形に戻った。ただし、あまりの激痛に立ち上がる事はできない。倒れたまま痙攣をしていた。
「た、太陽の姫は……天御柱様にとって……敵ではないですか……。だから俺は……あなた様の為に……。」
風渦神はせつなげにとぎれとぎれに話す。みー君が発生させた複数の巨大竜巻はみー君が歩くにつれてどんどんサキ達に近づいていた。
サキはもう言葉を発する事も起き上る事もできなかった。ただうつろな目でこちらに来る巨大竜巻とみー君の紅い瞳を見上げていた。
「ゆるさねぇ……。殺してやる……。サキは……輝照姫大神は……お前の要求を飲んだ。だがお前は……。」
強風がサキ達にも届きはじめる。またも鋭いカマイタチが風渦神を切り裂いた。
「ぐう……っ!」
風渦神の身体はまた再生され元に戻る。風渦神の精神的痛みは大きい。体を震わせ次の痛みに怯えている。
「ははっ!いいザマだ。俺に斬られるだけ斬られてそして死ね。立ち上がる事は許さん。そのままでいろ。いいな。」
みー君は鋭い紅い瞳を風渦神に向ける。
「はい。」
風渦神は素直に地面に額をつけた。刃物で斬りつけたような音と鮮血が絶えず静かな空間に散らばる。サキが倒れている付近にも血が飛び散っていた。
「……っ。」
サキはただ斬られ続ける少年の身体を苦しそうに見つめていた。金と青も恐怖心で目をそらしており、セレナと真奈美は涙を流しながら耳を塞いでいた。
「がふっ……ごほっ……あぐっ……。」
少年のうめき声が絶えず聞こえる。サキはもう見ていられなかった。風は先程よりも強くなっている。みー君は怒りの感情が暴走しているのかみー君の後ろをうごめく巨大竜巻がサキ達を襲う事に気がついていない。
……みー君……もうやめておくれ!
サキは心の中でそう叫んだ。力が入らず声になる事はなかった。
「ん?」
みー君がふとカマイタチを起こす手を止めた。あたりを見回すといつの間にか色鮮やかだった紅葉がセピア色に変わっている。そして周りの空間が止まっていた。
あたり一帯静寂が包み込む。竜巻もありえない角度で止まっており、飛び散ったものも全部止まっている。
「……?」
サキの身体がふと楽になった。ぼやける瞳をそっと開くと黄色い星形の帽子が目に入った。次に青色の髪、オレンジ色の瞳……それらを視界に入れ、それが天記神であると気がついた。
「サキちゃん……。ひどい怪我をしているわね……。」
「……。」
サキは天記神に抱き起されていた。サキは肩で息をしながら天記神をそっと仰いだ。
「あ……あんた……あそこから出られないんじゃ……。」
「違法なんだけどこの空間を本にしたの。」
「ほ……ん?」
サキは苦しそうにつぶやく。
「そうよ。私の図書館にある本は全部木の記憶なの。その木が見てきた過去、つまり参の世界に行けるように本として加工したのが私の図書館にある本。私の図書館にある本は開くと参の世界へ行けるのよ。
その木が持っている記憶部分しか見れないけどね。ここの世界はあの女の子達がつくったもの、妄想の世界。そしてここは弐の世界。歴史書は参の世界へいざなうけど妄想はこれから作っていく方、未来よ。
弐の世界の肆に繋がるの。木があれば壱では参に弐では肆に本という媒体で飛べるようになる。それを作れるのが私。ここの木を使い肆に繋がる本を作った。だからここは本の中。ページとページの隙間にあなた達を連れこんだの。」
「……なんで……そんな事を……」
サキはみー君をちらりと見る。みー君は腕を振り上げたまま戸惑いの表情でこちらを見ていた。
「だってあの竜巻危ないじゃない?ここにいる皆に危害が加わるわ。ページとページの狭間は誰も読まない所だから時間は止まるのよ。後、この本について。人間を井戸に突き落とした本。」
天記神は冷静に一冊の本を着物のたもとから取り出す。
「この本は壱の世界の本。壱の世界の本は私ではなくて人間が作っているから文字という媒体だけで状況を説明させるの。今の状態を見るとこの本の最後のページを書き換えたのはそこの少年ね。」
「あの子は……みー君を尊敬……している……みたいなんだ。」
サキはきれぎれに必死で言葉を紡ぐ。
「そうなの……。自慢げに天御柱神について書いたのはやっぱりあの子なのね。人間が加工した紙に文字を書き、人間が読める本としたわけね。」
「そうかい……。」
天記神は何とも言えない顔で少年を見ていた。
「それでここはもう私が作った本の中。私が好き勝手にページを進める事ができるわ。でも今はできない。天御柱神をこのまま放置しておけないから。」
「……。で、でもさ……ここにいるあの子達……とか……金とか……青とかも……普通に動いているんだけど……。」
金と青は怯えながらあたりをうろついており、セレナと真奈美は震えながらサキ達を静かに見ている。
「登場人物にカウントされる者はリアルタイムなのよ。」
「よくわからないけど会話はできるんだね。」
「ええ。」
天記神は腕を振り上げたままのみー君をそっと見つめた。




