かわたれ時…3理想と妄想の紅17
「みー君……。」
サキは様子がおかしいみー君と話をしようとフラフラと近づく。
「サキ……。来るな。俺からなるべく離れろ。お前をこれ以上、傷つけたくないんだ。後ろの娘は松葉つえをついて井戸に落ちた娘だな。サキ、よくその子を見つけてくれた。その子達の身体にもう厄はない。お前が導いてくれたんだな。ありがとう。」
みー君は悲しそうに笑った。あまり感情を表に出さないように無機質にみー君は話した。
……思い出してきた。俺は感情がほしかったんだ……。
いままでこうやって感情を殺し神力を制御してきたんだ。人間と約束を交わしてから上辺だけの優しい神力に俺は守られて感情を表に出す事ができるようになった。もうずいぶん前の事だから俺自身、あの時の気持ちなんて覚えてなかった。
今、思い出した。俺はずっとこうやって生きてきたんだ。
「みー君……。なんか……あったんだね。」
「……。」
サキに問われ、みー君は何も言えなかった。何かを言えばおそらく今の状態だと感情が入ってしまう。感情が入るとまたサキを傷つけてしまう。
……何も思わない。感じない。考えない……。
「ねえ……みー君?」
サキは優しくみー君に声をかける。みー君は紅い瞳でサキを表情なく見つめていた。
「!」
ふとサキはみー君の後ろにいる少年に気がついた。少年は不気味にこちらをみて笑っていた。
「あの子は……誰だい?」
「知らない。」
サキの問いかけにみー君はそっけなく答えた。みー君が後ろを振り向くと少年はその場で膝をつき、頭を地面に押し当てた。
「おい。お前、何故俺につきまとっている?」
みー君が少年に質問を投げる。
「俺はあなたを尊敬しています。今のあなたは俺が尊敬しているあなたです。俺はあのあなたから今のあなたを救いだそうと思いました。俺はあなたに恩返しをしたいのです。」
少年の声は弾んでいる。みー君の力になれた事を喜んでいるようだ。
「……お前は誰だ……。」
「風渦神です。信仰が集まらず、消えてしまいそうだった俺をあなたが救ってくれました。俺はあなたの傘下に入り、あなたがくれた神力を増加させる努力をしてきました。」
「俺は厄神を救ってきたが俺があげた神力はなけなしだ。俺の神力を参考に自分で神力を作り、信仰を集めろと俺は言ったはずだが。お前にだけ言っていないわけはない。」
みー君は感情が高ぶらないように無感情で話す。
「言いつけを破りました……。俺はどうしてもあなたの神力を忘れることができませんでした。なるだけあなたに近づきたかったのです。それなのにあなたは人間といらぬ約束を交わし、大切な神力を封印してしまった。だから俺はあなたを助けたかった。」
少年、風渦神は目を輝かせ、みー君を仰ぐ。みー君は表情を変えず、風渦神の頭を蹴り飛ばした。
「話すときはそのまま話せ。」
風渦神は大きくのけ反ったがまた地面に額をつけた。鼻血が地面を汚す。
「申し訳ありません。」
「ちょっとみー君……。蹴り飛ばすのはどうかと……。」
サキの言葉に反応をしたのは風渦神だった。風渦神はキッと鋭い瞳でサキを睨みつけた。
「お前、何様のつもりだ。次は殺すぞ。」
風渦神は変貌し、禍々しい神力を発しながらサキに威圧をかけた。
サキはこの手の神力は好きではない。冷や汗をかきながら黙り込んだ。
「サキに手を出すな……。」
みー君がほんの少しだけ怒りを露わにした。カマイタチが風渦神を斬りきざむ。
「うっ……。」
風渦神は体中血にまみれながらその場に倒れた。しかしすぐに顔を上げた。
「……やはり……あいつが原因ですね……。大丈夫です。俺が消してあげますから。」
風渦神はふらりと立ち上がると突然サキに襲い掛かってきた。
「やめろ……っ。」
みー君は力なく叫ぶ。感情を入れると風渦神の先にいるサキを傷つけてしまうからだ。みー君は動けなかった。助けなければと頭では思っているが下手に動いたらみー君がサキに大怪我を負わせてしまう恐れがある。
「金!青!セレナと真奈美を遠ざけるんだよ!」
サキの声にセレナと真奈美の服に隠れていたハムスター二匹が人型に変わり、セレナと真奈美を素早く引っ張る。
「向こうから禍々しいモノを感じるでしゅ……。」
「確かにこれは逃げた方がよさそうだ。」
青と金はそれぞれ言葉を発すると近くの紅葉の木に避難した。
「やっぱりあっちの怖そうな男の神様が悪い神様なの?」
セレナが金と青、どちらともなく声をかける。
「うむ。あちらはなんだか怖いな。」
「そうでしゅね。」
金と青はサキに飛び込む風渦神とみー君を見ながらつぶやいた。
サキは太陽の剣を手から出現させると危なげに風渦神のカマイタチを受けた。
「うっ!」
サキは風渦神に近づいただけで身体が焼けていくのを感じた。その感覚は相手も同じのようだった。風渦神も顔をしかめている。体中から煙のようなものがあがっていた。
向こうの方が苦しんでいる。おそらく神格はサキの方が上なのだろう。
「お前がいなければお前のような存在がいるから俺達が苦しいんだ!」
風渦神から刃物のように鋭いカマイタチが発せられる。サキはそれを危なげにかわした。
「っく……。なんとなくわかってきたよ。みー君を苦しめているのはあんただね。」
サキは炎を身体に纏うと風渦神に放った。風渦神は風で炎を追い払う。
「苦しめている?俺はお助けしているのだ。苦しめているのはお前だ!なぜかお前にも何か厄がついているようだがお前は俺の敵だ。」
「あたしに厄がついてるって?」
「はっ!気づいてなかったのか!これは滑稽だな。まあ、いい。お前はそのまま苦しんで死ねばいい。」
「うっ……!」
風渦神が大きな竜巻を起こした。サキは慌てて近くの木につかまった。
「ボケっとしている暇はないぜ。」
すぐ後ろで風渦神の声がした。サキは暴風で木から手を離す事ができずそのままカマイタチで背中を斬られてしまった。
「あぐっ……!」
サキは痛みに悶え、近くの地面に転がった。竜巻は消え、その爪痕だけあたりに残る。
「なかなかしぶといな。まだ力が完全ではないうちに始末するぜ。」
「あたしに危害を加えたらあんた達も終わりだねぇ……。」
サキは倒れたまま顔だけ上げて風渦神を見上げる。
「ああ?」
風渦神はサキの背中を思い切り踏みつけた。風渦神の足にはかなりの痛みが走っているはずだが顔色を変えない。怒りで我を忘れているようだ。
サキは斬りつけられた背中を踏まれ激痛が走っていたが風渦神をまっすぐに睨みつけた。
「ずっと天候に厄が続いたら地上に生きる者は厄なのか何なのかわかんなくなってくるよ。それが普通だと考える。そうするとあんた達はどんどん強い力で厄を振りまかなければならなくなる。そうすれば神力以上の力を使う事になり、あんた達は死ぬ。馬鹿だねえ……。結局は厄神を全員消滅させることにつながるんだ。」
サキは炎の力で風渦神を遠くにどけると痛みに顔をしかめながら起き上った。
「ま、でもあんた達が死ぬとあたしらの太陽の力が強すぎて日照りという厄が生まれる。だからあたしはあんた達を放っておけない。このままでは雨を呼ぶ雨神や使いの蛙、龍神に迷惑がかかるからねぇ。あたしとしてはそれは避けたい。」
サキの瞳がオレンジ色に光る。体中から炎が舞い、太陽のエネルギーが剣を構えたサキに纏いつく。神力が倍に膨れ上がり風渦神は目を見開いた。
「っち……。普通では勝てないか!ならばこうしてやる。」
風渦神は手をすっと上げると大きく腕を横に凪いだ。凪いだが何も起こらなかった。サキは警戒を強めて剣を構え直した。




