かわたれ時…3理想と妄想の紅12
サキは謎の浮遊感にだんだん慣れてきていた。少女を探す余裕も出てきており、金と青に次ぎ、心を持つ者、一つ一つの世界を飛ぶ。
「こう世界がいっぱいあったら探しようがないよ……。」
サキ達は世界の上空を飛ぶように進んでいる。上から心の世界を伺う事ができるが沢山ありすぎて何か手がかりがないと辛そうだ。
「困りまちたね……。」
青は腕を組むと立ち止った。
「その少女とやらがどんな外見をしているのかなど私達は何も知らないのだが……。」
金も頭をかきながらあたりを見回した。
「そうだねぇ……。しらみつぶしにやっていったら日が暮れちゃうよ……。」
「む!」
サキがため息をついた時、金のヒゲがピクンと動いた。
「どうしたんだい?」
「大きな力を感じるぞ。」
「ホントでしゅ!」
金と青はサキに答える事なく突然走り出した。
「ああ!ちょっと待ちなって!ねぇ!」
サキもとりあえず二人を追う。ハムスターは余裕が出てくるとやたらと好奇心旺盛になる。この二人も一応人型だが中身はハムスターそのものなのだろう。
「なんだい……なんだい!はやっ!」
サキは二人に追いつくので精一杯だった。ハムスターは本来足が速い。一晩中回し車を回していられるほどの体力がある。おそらくその小さい身体で十キロは軽く走っているのではないか。
普段、のんびりしている彼らが突然、機敏になったのでサキは驚きつつ足を速める。
走るにつれて強い神力が漂ってきた。自分に向いていないはずなのに神力は身体を突き刺すように鋭くサキを包む。
気がつくとサキの足元は雲がかかったように真っ白になっていた。先程までははっきりとサキの足元で心の世界が見えていた。
それが今はすべてが真っ白だ。こういう世界なのか、神力のせいなのかよくわからない。
……こ、これは……剣王の神力……!
サキは剣王の神力を知っている。刺すように鋭く、威圧に満ちたものだ。
「なんで剣王の神力がこんなところからするんだい?」
金と青は怯えはじめ、来るんじゃなかったとおずおず後ろに退いている。
ふと、真っ白だったサキの足元が突然開けた。
「!」
雲が切れたように白い靄が左右に割れる。そこから下の世界がはっきりと見えた。
荒地の真ん中で剣王と鎧を着た女が刀を交えている。女の方は怪我をしているようだ。そしてそのすぐ後ろに幼い男の子がいた。女はその男の子をかばっているようだ。
「どうせ死ぬんだからもうちょっと力を見せたらいいよ。」
剣王がいつもの雰囲気ではなくまるで別神のようにつぶやいた。
「はあ……はあ……。」
女は肩で息をしており、頭から血を流している。
「前にも言ったが……それがしはわりと女に容赦はない。」
「……っ。」
女は苦しそうに剣王を仰ぐ。剣王の瞳は冷たく、底冷えするような声である。
「罪神に性別はないか。お前が生きるすべはそれがしを殺す事だけだ。」
剣王は言雨を放ち、女に威圧をかける。女はちらりと男の子を見ると覚悟を決めたように刀を構え直した。
剣王が刀を振りかぶった時、ふと上を向いた。サキ達に神力が突き刺さる。ビリビリと皮膚が破けるような感覚が襲い、三人は震えあがった。
「いっ!」
サキが呻くように声を発した時、剣王がにやりと笑った。刹那、白い雲がまたサキ達の足元に集まり、下に見えていた世界を閉じた。その直後に爆風が三人を襲う。
「うわあああ!」
状況を理解できないまま、サキ達は勢いよく吹っ飛ばされた。
「うう……。」
気がつくとまったく違う世界の上空にいた。かなり飛ばされたようだ。
「な、なんだったんだい?」
サキの問いかけに金も青もガクガクと身体を震わせながら首を横に振った。おそらく知らないと言っているのだろう。
三人は冷汗をぬぐいながらしばらく呆然としていた。
「なんか剣王が……。なんだったのか気になるけど、もうあんな思いはしたくないよ……。これは首をつっこまないようにしよう……。」
サキはつぶやくように言葉を発した。それに呼応するように金と青が大きく頷く。
―ちょっといいでしょうか?―
三人が心を落ち着けている間、頭の中に天記神の声が響いた。
「だ、誰だい!」
サキはパニックになっている頭で鋭く叫んだ。
―ちょ……どうしたのですか……。落ち着きなさい。私は天記神よ。―
「て、天記神……?ああ、天記神かい……。」
サキはやっと言葉を理解し、ふうとため息をついた。
―人間達が読んだ本を見つけたわよ。―
「えーと……なんだっけ?」
―なんだっけって……。あれよぅ!井戸に落ちる前に何かしらの本を読んだって言ったでしょ。その書物が見つかったのよぅ!―
「ああ!そんな話していたっけねぇ!」
―大丈夫かしら……。―
ふと天記神の心の声が聞こえた。
「大丈夫、大丈夫。悪かったね。で、その本に女の子の手がかりとかあったかい?」
サキはわざとらしく笑った。
―その本に……天御柱神の神力がついていたの……。天御柱神が本を読んだ人間に自分の神力をつけていたわ。だから天御柱神の力を頼りにいけばその少女に出会えるはずよ。―
天記神の結論にサキは腕を組んだ。
「みー君のせいじゃないんじゃないかい?もっとちゃんと調べておくれよ!」
―間違いようがないわ……。その本についていた神力は間違いない。中身を読んだんだけど……あの井戸周辺の歴史書だったわ。そこの昔話に天御柱神の話が多数書いてあったわ。―
「その本は神が書いた本なんだろう?じゃあ、みー君が自分の話を自慢げに書いたって事かい?」
サキは腑に落ちない顔で餌を求め歩いている金と青を眺める。
―読んだ感じだとそうね。自慢げに人々を恐怖におとしめた昔話を永遠と書いているわ。古文で書かれているからこの辺は一般の人には理解できないでしょうね……。
でもね、最後の部分だけ今の人間が理解できる文章になっている。
だから読めると勘違いした人や、パラパラめくっててたまたま最後を読んでしまった人などがもしかしたらと希望を抱き、もう会えない人に会う為にこの本に書いてある通りに動いてしまう。―
「その本には井戸に落ちろって書いてあるのかい?」
サキは楽しそうに暴れている金と青を険しい顔で見つめた。
―サキちゃん、あなた、そんな現実離れしている話で人間が動くわけないと思っている?
それは間違いよ。精神的にまいっている者や何かにすがらないと生きていけない者は理想と妄想の区別がつかない。
それと後先考えずに面白半分でやる者は理想も妄想も何もない。過剰な好奇心。人間にはそういう心を持った者もいるのよ。
特に現実と妄想の区別がついていない者は子供に多いけど、それは時が経つにつれてわかる。怖いのは大人。区別がつかない大人ほど怖いものはないわ。―
「な、なるほど……。」
サキは自分自身が現実離れしているのでちゃんと理解はできなかった。
―で、本の話に戻りますよ。城近くの古井戸は霊魂の通り道と言われているらしく、その深い水底に霊魂の世界が広がっていると昔から伝えられてきたらしいわ。―
「じゃあ、昔からあったならさ、昔からその井戸に落ちる人がいるんじゃないかい?」
―その通りよ。でもこの井戸に落ちる人はいないと言ってもいいわ。ここ最近なの。落ちはじめるようになったのは……。
おかしいと思ってよく調べたら、今の人間が読める部分のページだけ後書きされているのよ。つまり、このページも元は古文で書かれていて今の人間には理解不能だったはずなの。―
「書き換えた奴がいるってわけだね?」
サキは眉をひそめ、天記神に問いかける。
―そう。後もう一つ。今、現世が大変なのよ。―
「どういうことだい?」
天記神の声が真剣なのでサキも顔を引き締めた。
―不当な台風が何度も地上を切り裂いて何百人もの人が避難生活。それはちょっと前からで天御柱神がいなくなってからさらに酷くなった。農業を営んでいる人はお天道様を望んでいるわ……。―
「なんだって!あたしが現世に降りた時も雨は降っていたけどさ、まさかあれがずっと続いていたのかい?」
サキはその場で叫んでしまった。金と青が遊ぶ手を止めビクっと身体を震わせた。
―あなたが地上に来る前からずっと魔風と大雨よ。あなたが降りてきて少し、弱まったみたいだけどあなたが弐に入ってからまたすごくなったらしいわ。―
「それはみー君のせいじゃないね。みー君は今、封印されているんだ。」
サキは興奮気味に天記神に話す。
―そうね。だからわからないのよ……。今、わかるのはここまで。これでちょっとはあの女児を探せるはずよ。―
「壱の世界はどうするんだい?」
―それは今はいいわ。とりあえず少女を探してください。その少女は生死がかかっている。―
「わ、わかったよ……。」
サキは深く頷くと天記神と通信を切った。
「ねえ、あんた達、聞いていたかい?」
サキは無駄な質問を金と青にした。金と青はどこから持って来たのかわからないがひまわりの種をもぐもぐ食べている。人型になっているため、ひまわりの種はやたら小さく、彼らは不満そうな顔をしている。
「全然、食べた気がしない……。」
「満足できないでしゅ……。」
二人はサキの声が聞こえていないほど呆然としていた。
「ああ、もういいよ……。」
サキはあきらめて先に進む事を考えた。こちらが先導すればネズミ達はついてくるだろう。むしろ餌でつるか……。
「とりあえず、今は天御柱神の気配、および神力をあんた達の野生の勘で見つけるんだ。あんたらは本来食われる方の動物だ。禍々しい物とかにすぐに反応できるはずだよ。」
「ま、まあ……確かにそうだが……た、食べてもうまくはないぞ……!そう!うまくない!」
金はサキの発言にビクビクしながら必死でおいしくない事をアピールしている。
「は、ハムスターなんて骨と皮だけでしゅよ……。」
青も青い顔をしてぶんぶんと首を振る。
「ああ、わかったから、とりあえず気配を感じるんだよ!ほら、やったやった!」
サキは急かすように手を動かした。この者達の扱いは先導してやる事だ。すぐに自由に走ってしまうなら拘束すればいいだけの事だ。
金と青は額に汗をかきながらひたすら鼻先をクンクンと動かしている。耳もピコピコと可愛らしく動く。
「あ……。」
二人は同時に同じ方向を向いて止まった。動きも完全に止まっている。
「ん?どうしたんだい?」
サキが問いかけるが二人は反応を示さない。
……これが所謂フリーズである。何か自分にとって脅威と感じると思考回路が停止し、その場でピタリと止まるのだ。
「ま、まさか。もう見つけたのかい?」
サキが二人の肩に手を置き、大きく揺する。ふと二人が我に返った。
「なんかほんのわずかでしゅが……怖い気配を感じましたでしゅ。」
「う、うむ……。禍々しい。」
青と金が交互に興奮気味に話した。サキにはよくわからなかったがやはりハムスター、野生の勘のようなものが働いたのだろう。
「禍々しいねぇ……。アタリかね……?なんか余計なものだったらどうするんだい……。もう、変な事件に巻き込まれるのはごめんだよ。」
サキは独り言のようにつぶやいたが手がかりがないため、金と青が向いている方向に行ってみる事にした。
「守ってくれるのだろうな?」
なぜか金が偉そうにサキに言葉を発した。
「あんたら、弱そうだもんねぇ……。任せときな。あんまりやばそうなら逃げればいいし。あんた達は強引だったけどKから借りた大切なネズミだからね。」
「言いましゅね!さすが我らが嫌う太陽の姫。」
青も偉そうに頷いた。
「嫌うって言うんじゃないよ!ほめられてんのか、けなされてんのかわかんないからさ。」
サキは歩きながら青をこつんと小突いておいた。




