かわたれ時…3理想と妄想の紅11
「で、どうすればいいんでしゅか?」
天記神の図書館を出た所で青がぴたりと立ち止った。
「ええ……?知らないよ。とりあえず弐の世界に入って女の子を助けないといけないんだろう?」
サキはこれからの事を何も考えていなかった。だいたい、その少女の顔も特徴も何も知らない。探しようがなかった。
「む……。この土は我が城に使ったらよさそうだな……。」
「ちょっと、あんたは何やってんだい!」
サキは突然穴を掘り始めた金を叱る。
「い、いや……我が帝国に……。」
金は戸惑い、サキを見つめたまま止まった。
「あたし達は女の子を探しているんだよ。そんな事をやっている場合かい?」
「む……すまん……。」
金はサキの睨みに手を止め、寂しそうにサキの元へ戻ってきた。
「まったく。とりあえず情報がなさすぎだけど心の世界とやらに行こうじゃないかい。」
「あー、この葉っぱ、おいしそうでしゅね~。」
「青!」
近くの木の葉っぱを食べようとしている青をサキは厳しく叱る。
「うう……ごめんなしゃい……。」
青もいそいそとサキの近くに戻ってきた。
……油断も隙もないね……。こんなやつら、使いとして機能するのかい?というか、彼らを連れて心の弐に入るのは凄く不安なんだけど……。
サキは顔をひきつらせながらハム二人を引っ張り真っ白な霧がたち込める中へ入って行った。
「こっちしか行く場所がないんだけど……いいんだよねぇ?なんか真っ白で見えないよ……。」
あたりは霧で覆われていて視界は非常に悪い。天記神の図書館以外はこういう霧で覆われているらしい。
「結界だ。」
金がふとそんな言葉を口にした。
「結界?」
「うむ。私達は鼻が利くのでな。あの書庫の神とやらがでられんような結界になっている。」
「そうでしゅね。でしゅが、わたち達は大丈夫みたいでしゅ。」
金と青がサキに笑いかけた。サキはちょっと二人を見直した。
「へぇ、じゃあ通っても大丈夫なんだね?」
「問題ありましぇん。」
「問題ない。」
金と青はサキの質問に口をそろえて答えた。
「そうかい。」
サキはこの緊張感を保てるように金と青をひっぱり歩く。しかし、緊張感はすぐになくなった。
「そういえば最近、わたち達の健康とか何とかで新ちいペレットがごはんとして出てくるのでしゅがあんまりおいちくないのでしゅ。
ひまわりの種を持っておりましぇんか?いつも個数が決まっていましゅのでたまには沢山食べたいなと……。」
青がサキにどうでもいいことを願ってきた。
「持ってないよ。仕事終わってから主人にねだりなよ。」
「太陽の元、太陽の花を沢山育てているのではないのか?」
落ち込んでいる青をよそに金が喰いつきよく会話に入ってきた。
「太陽の花って……ひまわりかい……。育ててないよ……。」
「がーん。」
金も落胆の意を見せ、青に続いて歩く。
……彼らの頭の中は食事と自分の住居の事だけなのかい……?
縄張り意識を持ち、単独で生活するハムスターはおそらく寂しいという気持ちはないのだろう。
思い思いのまま、自由に生活をする。一生を自分に尽くす。人間がやりたくてもできない生き方だ。彼らは人間とは感覚が違う。人間と一緒に考えてはいけない。
そういう生き物だとサキは理解しなければならない。
サキは理解ができないまま、しばらく二人を連れて真っ白な空間を歩いた。
「む。ここから先がここと匂いが違うな。」
金はあまり興味がなさそうだが一言言葉を発した。
「匂いが違う……ねぇ……。ここから心の世界って事かい?」
「そうだと思いましゅ。入りましゅか?」
青の問いかけにサキは少し詰まった。
「あ、あのさ……あんた達……本当に大丈夫なんだろうねぇ?」
「問題ない。細かい事はわからんが心の世を自由に動けるというのは本当だ。もちろん、出る事も私達ならば容易だ。」
「そうでしゅ。」
金と青が同時に頷くのでサキはため息をつきながらもこの二人を信頼する事にした。
恐る恐る足を踏み出す。地面があるはずなのになぜか浮いているような感覚だ。
それは一歩一歩進むにつれて大きくなっていく。踏み込んではいけない領域であると咄嗟にサキは判断したが青と金が平然と歩くので今更やめようとは言えなかった。
「どうちまちたか?」
「あ……いやー……なんか入ったらまずそうな感じだからさー……。」
青が不思議そうな顔でこちらを見るのでサキは怯えながら答えた。
「ここはもう本格的な弐の世界である。たまにひまわりが咲いている世界にたどり着けるのでお腹いっぱい食べる夢を見られるのだ。
あ、言っておくが、今、私達は壱では寝ている存在だぞ。つまり私達は今や、魂。だから弐ではいっぱい食べてもそれは所詮夢である。」
「はあ……ハムスターの仕組みがよくわからないねぇ……。」
金がえへんと胸を張るのでサキは腕を組んで眉を寄せた。
「それでもあたち達は食べ続けるでしゅ。そこにひまわりがあるから!」
青も大きな声で叫んだ。一体ひまわりの種のどこにそんな魅力があるかはわからないがハムスターにとってそれは何をしてでも食べたいものらしい。
「ま、だいたいそういう食べ物は身体に悪いんだよ。」
サキがしれっとつぶやいた言葉に金と青は落胆の意を見せた。
「腫瘍ができてもいいのだが……。」
「今が幸せなら……でしゅ。」
このハム達は今の事しか考えていないようだ。幸せな頭をしている。
サキはポリポリと頭をかきながらため息をついた。
「真奈美……真奈美!」
セレナは歩きながら真奈美を探す。ここがどこなのかまったくわからない。不思議と怪我はしておらず、足は普通に動く。
ここはどこであるかわからないが色鮮やかな紅葉が沢山の木々から止まることなく落ち続けている。ときたま、どこからか銀杏の葉も落ちてきてあたりは紅と黄で埋め尽くされていた。
「……セレナ?」
ふと真奈美の声がした。
「真奈美!」
セレナはあたりを見回し真奈美を探す。真奈美は木々の間からひょっこり顔を出した。
真奈美は病院時の寝間着ではなく紅色の鮮やかなワンピースを着ていた。靴は履いていない。
気がつくとセレナの方の服も黄色のワンピースに変わっていた。こんなに紅葉が落ちていて秋の終盤だろうと思われるのに不思議と寒くはない。
「やっと会えた!」
セレナは真奈美に向かい走って行った。
「久しぶり。色々とイメージしてみたんだけどどう?ちょっと紅葉が赤いかなあ……。」
真奈美は恥ずかしそうに笑いながらセレナを見ていた。
「これくらい赤い方がきれいだからいいよ。」
セレナは真奈美に笑いかけた。
ここがセレナの夢なのか、真奈美の世界にセレナが入り込んだのかはわからない。だがセレナにはそんな事はどうでも良かった。
「どうやって……ここまで来たの?」
真奈美がセレナに問いかけた。
「うん、図書館でね、日本の事を調べていたら凄い本を見つけちゃって。」
「凄い本?」
「そう、なんか日本の神様が書いた本なんだってさ。」
「神様が書いた本!凄いね。それは。」
真奈美はセレナの話を聞き、嬉しそうに叫んだ。
「古井戸があってね、その古井戸に魔風が吹く時に落ちると会えない者に会えるって書いてあって……。」
「会えない者に会える……か。」
セレナの話を聞きながら真奈美は気難しい顔をしていた。
「ああ、千羽鶴持ってくれば良かったなあ。会えなかったから看護師さんにあげちゃったんだよね……。」
セレナはふうとため息をついた。
「千羽鶴持って来てくれていたの?ありがとう!嬉しい!」
真奈美は嬉々とした声でセレナに抱きついた。
「へ、下手くそだけどね……。」
セレナは顔を赤くしながら真奈美との再会を喜んだ。




