かわたれ時…3理想と妄想の紅10
「……またハムスター?」
もう一つのカゴでは金の半分くらいしかない小さなハムスターがいた。小さいハムスターは背中に黒い線が入っており、毛並みがブルーグレーだ。忙しなく毛づくろいをしている。
「えーと、これはジャンガリアンハムスターのサファイアブルーね。ちなみにゴールデンハムスターとは種類が違うみたい。ドワーフハムスターっていうらしいわよ。ジャンガリアンもかなり人気の種らしいわ。」
天記神は横でハムスター飼育書を熱心に読んでいる。
「どっちにしてもネズミかい。」
サキはふうとため息をついた。
―あら。気がつかなかったでしゅ。―
ここでまたもハムスターがしゃべり出した。サキは二回目だったのでさっきほど驚かなかった。今度は女の子の声が頭で響く。
―あんまり外に出たくないでしゅが……ちょうがないでしゅね。―
丸い身体を忙しなく動かしながらカゴのフチに手をかけ、外に脱走する。
「わたちは青。わたちのおうちは別荘三つもあるんでしゅ。」
また知らない内にハムスターが人型になっていた。目の前にかわいらしい女の子が突如出現した。
紫の布に水色の文字で『青』と書かれた着物を着こんでおり、青い長髪だが真ん中の髪の毛だけ黒いラインになっている。
くりくりとした大きな瞳とピコピコ動いているハムスター耳がなんともかわいらしい。
金と同様にハムスター時のヒゲが残っている。長い前歯をちらつかせながらこちらに向かいニコリと笑った。
「ネズミが二匹……。」
「ご主人様から書状を預かっておりましゅ。これ、どうじょ。」
舌足らすな話し方だが子供ではないらしい。
青と名乗ったハムスターは真面目にもカゴから小さい紙切れを取り出しサキ達に渡す。
「あ、ええ?二枚あったのかい?えーと……ありがとう。あんたはずいぶんしっかりしているんだねぇ……。」
サキは戸惑いながら青を見つめた。
「当然でしゅ。金さんと一緒にちないでください。」
「わ、私は王国つくりで忙しいのだ。あまりの忙しさに床材と勘違いして破いてしまったのだ。しかたないだろう。」
慌てた金が同意を求めるようにサキに目を向ける。サキは「どうでもいいや」とため息をつくと金から目を離した。
「まあ、いいよ。とりあえずこの書状、読ませてもらうからね。」
サキは小さい紙切れに書いてある文字を黙読した。
内容は
……元厄神の青年から援助を頼まれたのでお送りした。送る場所が天記神と聞いていたので図書館に派遣した。一応、昼間の弐の世界を駆け抜けられる存在だ。援助を願う者に私のハムスター二匹を貸そう。
「いやいや……。これだけかい……?なんか他に……。」
サキは紙をぺらぺらと裏表にしてみたが何も書いていない。
「これだけみたいね。」
天記神もよくわからずため息をついた。元厄神とは先程、サキが会った院長の事だろう。
院長が図書館に行けと言った理由がやっとわかった。
「わかったよ。あの院長は弐の世界を調べろってあたしに言っているんだ。最初の所からするとみー君があの院長と話をつけていたって事かね。あたしはいいように動かされているだけかい……。まあ、いいけど。」
サキは不機嫌な顔で金と青を見た。二人はきょとんとこちらを見ていた。
「Kについてはよくわからないけどこのハムちゃん達は弐の世界を昼間だけ自由に動けるって事よね?」
天記神は確認するように金と青に目を向ける。
「うむ。私達に関しては問題ない。人間に世話されているハムスターとは違うからな。Kと契約を結んだKの使いであるから。他のハムと比べ物にならんくらいこちらに詳しいし、能力も高い。」
金が偉そうに頷く。
「まあ、それはそうでしゅね。ただ、一般的に人間に世話しゃれているハムは自由気ままな性格が多く、はっきり言って弐を監視できる状態じゃないのでしゅ。
それにとても臆病な性格で、実際、こちらを監視しているハムはほとんどいましぇん。まだ、人間との歴史もそんなに長いわけではないのでまだまだこれから人間を知っていかなければならないのでしゅ。
そのため、まだハムは誰かの使いになる事も弐の世界を見守る事もできましぇん。これからわたち達みたいなハムもじょじょに増えていく可能性はありましゅがね……。」
青が冷静にキチッと答えた。
「つまり、今はハムスターに関しては様子見をとっているってわけかい。もし、ハムスターが弐を監視できるようになったとして一体、どの神の使いになるんだい?」
サキは会話が成り立ちそうな青に質問をする。
「弐の世界に住む神の使いになる可能性が強いでしゅ。もしくは弐の世界を昼間だけ守る存在として別物になるか……。
それとなぜかハムは生きている存在でも昼間寝ると弐の世界に行けるんでしゅよね。ちゃんと記憶を持ったまま、夢とは考えずに……でしゅ。」
「ふーん。いつも寝ているだけかと思ったけど不思議な存在なんだねぇ……。」
青の言葉にサキは感心したように頷いた。
「とりあえず、あなた達は心の世界に行きなさい。ハムちゃん達が弐を自由に動き回れるのは昼だけなんでしょう?早くしないと……。」
天記神がのんびりしているサキに声をかけた。サキは大きく伸びをすると天記神を見た。
「天記神はどうするんだい?」
「私はここからは出られないの。だから原因となった書物を探すわ。」
天記神にも色々とあるらしい。ここにいなければならないそういう神のようだ。
「わかったよ。とりあえず、少女を探せばいいんだよねぇ?」
「そうね……。頼んだわよ。」
天記神は申し訳なさそうにサキに目を向けた。サキは頷くと金と青の方を向いた。
「あんた達、頼んだよ。」
「む。では弐の世界に行くか。我が帝国に使える物があれば持ち帰ろう。」
金はどこか楽しそうにドアに向かって歩き出した。
「おうちに帰った時におっきなひまわりの種ありましゅかね……。今はそれだけ楽しみでしゅ。」
青も楽しそうにドアに向かった。
……自由気ままな奴ねぇ……。たしかにハムスターは使い向きじゃないよ……。
サキは楽しそうな二人を眺めながらため息をついた。




