かわたれ時…3理想と妄想の紅9
サキは天記神に従い、近くにあった椅子に座る。
「井戸の件かい?」
「そう。調べた結果、その古井戸に何人も人が落ちてここに来かけたのよ。全部冷林がいままでの人間は何とかしてくれたけど今回はそうはいかなくてね。
何かの書物でここに来れる事を知ってしまったみたいでね。他の落ちた人間も皆そう。皆書物を介してここに来ようとしたの。その少女はどうしてもここに来たかったようだわ。子供は躊躇も何もないからね。
おまけに海の向こうから来た子だから日本の神話とか、日本にはこういうやり方があってこうすればこうなるっていうモノを書物で読んだりして信じ切っていたみたい。しかもその書物、神が書いたものらしいの。通り過ぎた魂の中にわずかに神力が残っていた。」
「なんでそこまでわかっていてその魂を止めなかったんだい?」
「何の躊躇もなく、ある目的のためだけに通り過ぎて行ったから一瞬だったわ。言っておくけどこの空間は心の世界ではないから実体化されないのよ。
魂がはっきりとした目的を持って動いた場合、本当に一瞬よ。そんなの止められるわけないじゃない。別にそれならそれで放っておくんだけど……今回は神が不当に起こしたものだから弐の世界に入られちゃうのは困るのよね。
人間が自分の意思で勝手に行くのは止めないけど、あ、弐の世界を上辺から守っている神は止めるわよ。えーと……で、この件は神が誘導しちゃった事じゃない。
……問題はその書物を人間に読ませて古井戸に落ちさせた事。そして人間達が読んだ書物が見つからない事。天御柱神がこれらを計画した事。」
天記神の言葉にサキはうーんと唸った。
「最後のみー君がこれらを計画したっていうのは間違いだと思いたいねぇ。」
「まあ、人間を一人、井戸に落としたとして確実にその人の家族や友達が悲しみ、厄が降りかかるじゃない?もちろん本人も厄が降りかかる。その厄で厄神は信仰心が増えていく。これは厄神が起こした不当な厄確保となるわ。つまり、現状だと天御柱神が不当な厄を手に入れるために人を突き落としていたと言われても反論ができないわけ。」
「まったく関係ないってわけにはいかないって事だね。」
サキのつぶやきに天記神は大きく頷いた。
「まだ原因がわかっていないんだけど……私が調べた結果はこんなとこね。ああ、後はKの事。今、持ってくるわね。」
天記神は早口で言葉を吐きだすとさっさと奥の方へ消えて行った。天記神も今はあまり余裕がないらしい。
少女はおそらく意識不明であると天記神は言った。このまま、弐に居座りすぎて魂が壱に戻ってくる事ができない場合の方が確率的に大きい。
天記神はそれを心配しているようだ。死んだ者は人間の心の中に住む。生きている者は自分の心の世界を魂となって寝ている間に浮遊し、壱に帰る。
中途半端な者は自分の世界に行く事ができず壱に帰る事もできない。そのまま弐の世界の住人になってしまう。つまり死ぬ。
人間個人がそれを望んだ時、全力で止める神もいるがその神達を振り切ってしまうと逆に神達はもう何もしない。弐の世界に行ってしまった人間や動物をあたたかく見守る。
しかし、今回の件は人間が望んだ事ではなく、神に誘導されて起こったもの。弐に干渉する神達は焦り、必死でその少女を探していた。
……あたしはただ、みー君を助けたいだけなんだけどその少女の件ってのも気になるねぇ。弐の世界は確か、人や動物達の心の数だけ世界があるんだっけ。弐に入ったらまず出て来れないって誰か言っていたような……。
弐の世界に住んでいる神はこの天記神くらいなものかね。後は皆外から弐を監視しているんじゃなかったかい?
サキは弐の世界について頭の中でおさらいをしていた。一つ一つ大切な事を思い出していると天記神が二つのカゴを持って歩いてきた。
「はい。これね。」
天記神は机の上にカゴを二つ置く。茶色の網カゴだった。
「なんだい?これは。」
「さあ?中身を確認していないからわからないわ。」
サキは天記神に質問をしたが天記神は首を傾げていた。
「とりあえず開けてみる。」
サキはカゴのフタをパカッと開けた。
「……ん?これは……ハムスター?」
サキはカゴの中に入っていたサツマイモ色をした生き物をじっと見つめる。サツマイモ色の生き物はエサ入れに入っているひまわりの種をぱりぱりと食べていた。一瞬ネズミかとも思ったがハムスターのようだ。アプリコット色のきれいな毛並みをしている。
「ハムスターのようね……。これは今人間に人気のキンクマハムスターっていうゴールデンハムスターね。ハムスターの中では大きい方だわよ。」
天記神はどこから持って来たのかハムスターの飼育書を見ながら話していた。
「……これをどうするかとか……何も聞いていないかい?」
「中身、知らないって言ったじゃない。何も聞いてないわよぅ……。」
サキも天記神も困っていた。しばらくハムスターをただ眺めていると
―む。気がつかなかった。―
ふと二人ではない声が聞こえた。男の声だったのでサキは天記神を見たが天記神はフルフルと頭を横に振った。
二人は一瞬にして何かを悟り、キンクマハムスターに目を向ける。
―ここは窮屈だな。我が城に早く帰りたいものだ。―
鼻をひくつかせたネズミがこちらをじっと見ている。声は二人の頭の中に響いて聞こえているようだ。
キンクマハムスターはカゴのフチに手をかけると足をばたつかせながら外に脱走した。
「……。」
二人はしばらく言葉がなかった。驚きと困惑で頭が真っ白になっていた。
「よっと……。」
キンクマハムスターは外に出ると人型に変身をした。黒の布地に金字で『金』と書いてある着物を身に纏い、金色で癖のある長髪を払いながらこちらを見ていた。
茶色の穏やかな瞳でちらりと前歯を覗かせて微笑む。頭にはハムスターの耳がついていた。口元にはわずかにハムスター時にあったヒゲがついている。
「……っ!?」
ハムスターは大人の男性に突然変わってしまった。サキ達はさらに混乱し目を見開く。
「私は金。人間からはキンクマと呼ばれている種だ。」
「ネズミが人になってしゃべった!?」
サキの時間がやっと動きはじめ、驚きすぎて椅子から落ちた。
「今更ね……。太陽ちゃん、驚きすぎよ。あなたの所も猿がいるでしょう。」
「それは使いだよ!これはわけわからないよ!」
天記神の言葉にサキは頭を抱えた。
「ふむ。私のご主人はK。そして私はKの使いである。我が帝国は豊かな国だ。食べ物もある、寝る所もある。」
「それってただ、飼われているだけじゃん……。」
金と名乗ったハムスターにサキはぼそりとつぶやいた。
「私はKと契約をして仕事をしている。昼間寝ているので寝ている間に弐の世界のパトロールをしろと言われている。
我々、ハムスターは最近、人間と共存する事が多く、弐の世界を守る者として昼間に派遣されるようになった。夜は安心して休めるように壱での生活は保障されている。夜は無限車で遊んでおるぞ。私はな!ははは!」
金の言う無限車とは回し車の事だろう。金は胸を張り、高笑いをする。
「じゃあ、最近、ちょこちょこハムスターが昼間の弐を監視する役を担っているって事かい?」
「人に愛されているハムスターだけだが。その他のハムスターは人間との関わりをよく思っておらず、人間を恨んでいる者もおる。」
「なるほどね……。結局Kって何者なんだい?」
サキの言葉に金は顔を曇らせた。
「しゃべったらひまわりの種を没収されてしまう。それは言えない。あ、それとご主人から書状を……。」
金はそこで言葉をきった。
「Kからなんかきているのかい?」
サキは止まったままの金を不思議そうに眺める。
「渡そうと思ったが私が噛んで床材にしてしまったのでなかった。」
「……。」
金の発言でサキは頭が痛くなってきた。結局、Kが何を思って彼を派遣してきたかまるでわからない。
困っていると天記神がサキをつついた。
「もう一つカゴがあるわよ……。」
「あ……。」
サキは何か嫌な予感がしたがしかたなくもう一つのカゴを開けた。




