かわたれ時…3理想と妄想の紅8
サキは歯科医院を後にし、紅葉が落ちている道を歩く。今は晴れているが先程まで大雨だったらしい。路面が濡れている。木々の香りを口いっぱいに吸いながらサキは息を吐いた。
……なんか仕事をしたって感じがするねぇ……。で、これから帰って寝る感じだよ。気分が……。
サキは元厄神だという青年に書いてもらった図書館への地図を片手にぼんやりと歩いていた。
「えーと……この田んぼ道をまっすぐ行って右に曲がって……スーパーを左……。」
サキはぶつぶつ独り言を言いながら歩く。赤とんぼが何匹もサキの前を通り過ぎる。
サキに赤とんぼを眺めている時間はなく、田んぼを過ぎ、スーパーマーケットを左に曲がった。するとすぐに商店街に当たった。
その商店街をまっすぐに進むとこじんまりとした図書館がポツンと建っていた。建物自体は塗装が剥げており、なかなか古そうだが中はそうでもなさそうだ。サキは手動のドアを開けて中に入った。
「雰囲気的に古そうだけど中はそうでもないねぇ……。えーと……。」
ホールにある案内板を見て図書館がどこかを探す。ここは図書館の他に多目的ホールなどもあるらしい。
サキは案内板通りに歩き、図書館へ向かった。
……それにしても人がいないじゃないかい……。大丈夫かい?ここは……。
サキは不安そうな顔であたりを見回しながら図書館の前に立った。開館しているのかしていないのかわからないがとりあえずドアを開けた。
不気味なくらい静かだ。利用者はいないが受付に人がいる。とりあえずやっているようだ。
「えーと……来たけど何をすればいいんだい?」
「一番奥の右側の棚です。」
「うわあ!」
いつの間にサキの前に来たのかわからないが受付の女の人がサキに話しかけてきていた。
「……?」
サキは突然の事に戸惑い、女の人に質問をしようとしたが女の人は受付に戻ってしまっていた。
……なんだったんだい?
サキは意味深な言葉に首を傾げていたがとりあえず、「一番奥の右側の棚」とやらに行ってみる事にした。右側の棚を覗くと奥の方に一つだけ棚が置いてあった。棚にはなぜか本の一冊も入っていない。
「なんだい?棚だけかい?……ん?」
サキは何も入っていない本棚に近づいて行った。近づくと下の方に一冊だけ真っ白な本が立てかけてあった。
「……真っ白な本?」
サキは物珍しそうになんとなくその本を手に取った。真っ白な本には天記神とだけ書いてあった。
……神?
サキは中身が気になり本をペラペラと開いた。
「なんだい、なんだい……。何も書いてな……」
サキの言葉は途中で止まった。なんだかわからないが空間がゆがんだ。ハッと我に返った時、全く違う場所にサキは立っていた。目の前には古びた洋館が建っており、あたりは霧でよく見えない。手に持っていたはずの白い本はサキの手から消えていた。
……一体なんなんだい……?
サキは回転しない頭をぶんぶん振ると洋館しか行く場所がないので洋館の中に入る事にした。
「えー……お邪魔するよ……。」
サキは恐る恐る洋館のドアを開いた。ドアは変な装飾がしてありとても重かった。両手で引っ張りながら開けた。
「あらあら、ごめんなさいね……。今はちょっと原因不明の事件で手が空いていなくて図書館はお休みよ。」
サキが中に入ったと同時に低い男の声がした。男の声であるのに不思議と女性に聞こえる。
「ここは図書館なのかい……。」
サキはあたりを見回す。見た目、小さい洋館だったが中は広く、天上付近まで本が積み上がっている。本棚には本がびっしり入っており、上の方の本はどうやってとったらいいかわからない。
「そう。図書館よ?……あら!太陽の姫君ちゃん!」
サキの視界の端に不思議な格好をしている男がいた。
男はサキだとわかると笑顔で近寄ってきた。
男は星をモチーフにした帽子をかぶっており、青いストレートの長髪で橙色の瞳をしている。なかなか整った顔立ちをしており、紫の着物に身を包んでいた。
歩いてくる物腰はサキよりも女らしい。
「えー……えー……これは言っていいのかわかんないけど……あんた、オカマかい?」
「そうよ❤そしてこの図書館の管理と弐の世界の妄想を担当しているわ。あ、妄想の世界の事ね。ここの図書館は人間が書いた妄想、幻想、想像の書物が集まり、神々の歴史書も多く置いているわ。」
男は区切りもなく話しはじめる。
「それでね、子供の想像ノートが本当に面白くてね。その子はもう大きくなっててせっかく書いたノートを恥ずかしいからって捨てちゃったのよぅ。
そのノートがここに流れてきてね。悪と戦うカッコいいお兄さんが怪物から少女を救ってあげるの。
その少女はお姫様ダッコされて擦り傷に優しく薬を塗ってもらうんですって。んもう、それでねーここからなのよう……」
男が興奮しはじめて話が止まらないのでサキはとりあえず話を止める事にした。
「ちょ、ちょっと待っておくれ。あたしを知っているみたいだけどあんたは誰なんだい?」
サキの発言に「あら!」と驚いた顔を向けた男は会話を打ち切り自己紹介を始めた。
「ごめんなさいね。つい興奮しちゃって。私は天記神。ここは弐の世界なんだけど人間が書き記した小説や想像力、妄想力などが集まる場所。私はそれを監視しているの。」
天記神と名乗った男は頬を赤らめ、バツが悪そうにはにかんだ。
「じゃ、じゃあ、あんたは神でここは弐の世界なんだね?」
サキは天記神に押されつつ、かろうじて言葉を発する。
「そうよぅ。弐の世界って言ってもここは人間の心の中の世界じゃないし、夢の世界でも霊魂の世界でもないから……特殊空間よね。」
「そうなのかい。あたしはこんなとこがあるなんて今知ったよ。……で、さっき言ってた原因不明の事件ってなんだい?」
サキの言葉に天記神は顔を曇らせた。
「ちゃんと聞いていたのね……。まあ、いいわ。教えてあげる。いままでは何とかなっていたんだけど、今回、九歳の女児がここを通って心の世界に入って行ってしまったの。
おそらく彼女は今、壱の世界現世で意識不明に陥っていると思うわ。はじめ、自殺未遂とかも考えたんだけどどうやら違うみたいで……。
彼女ははっきりとした目的があってここに入り込んできた。調べていくとある井戸にたどり着いたの。」
「井戸!それだよ!それ関係の事で調べているんだい!あたしは!」
天記神に向かい、サキは叫んだ。
「それを調べているの?じゃあ、やっぱりあなただったのね。」
天記神はサキに対し、納得したように頷いた。
「……?何さ?」
「Kって方からこの件を調べている神が来たら貸すように言われているものがあるの。誰がKとこの取引をしたかわからないんだけどね。
あ、Kは壱、弐、参、肆、陸と伍の世界を結ぶ者とうっすら聞いたことがあるわ。伍の世界だけは特殊らしいわね。
おそらくK以外伍の世界を知らない。こちらの世界が壱、弐、参、肆、陸で向こうの世界を伍と呼ぶらしいわ。向こうとかこっちとかよくわからないわね。私も詳しくは知らないんだけど。」
「Kだって!知りたい事、全部聞けちゃったよ……。Kに会った事がある神はいるのかい?」
サキは不安げな顔を向けながら天記神の話を待つ。
「おそらく、誰も知らないわ。取引も頼み事も全部、Kではなく使いの者がやるの。」
「そんな謎な奴があたしに貸す物があるって事かい?」
サキはなんだかどんどん不安になっていく気がした。
「そうよ。まあ、Kの事は置いておいて、先に今回の事件の話を聞いてちょうだい。」
天記神は顔を引き締めるとサキの肩をポンポンと叩き、席に誘導した。




