かわたれ時…3理想と妄想の紅3
「いやー、何と言うかもうすっかり涼しいなあ。」
ネコかなんかのお面をかぶった男が不機嫌そうな顔をしている女に話しかける。
「みー君……なんかお面がネコになってるし、なんでまたあたしの部屋にいるんだい?」
「俺は風だからこうひゅるっとなあ。」
みー君と呼ばれた男はいたずらっぽく笑った。みー君は橙色の長い髪で青い着物を着ている青年だ。目つきは鋭いがなかなか整った顔立ちをしている。本名は天御柱神。厄災の神として有名なあの神である。
不機嫌そうな顔をしている女は太陽神、アマテラス大神の加護を受けている太陽神達の頭。普段は太陽にある暁の宮に住み、太陽神の使い猿を操り、神としてのお仕事をしている。見た目は十七歳の少女。ウェーブのかかった長い黒い髪で目は猫のようだが愛嬌がありかわいらしい顔つきをしている。
女は神々の正装である着物を着こみ、何かするわけでもなくゴロゴロしていた。神の着物は人間のそれとは違い、霊的な着物と呼ばれる。故に軽く、きつくない。神にとっては一番ラフな格好だ。
「みー君……今あたしは疲れて寝ている所なんだよ。」
「そりゃあ見ればわかるぜ。サキ。」
みー君の言葉にサキと呼ばれた女はため息をついた。ここは暁の宮の最上階、サキの部屋だ。サキは仕事がひと段落して落ち着いている所だった。
「で?何しに来たんだい?」
サキは呆れた顔で手に持っているポケットゲーム機のボタンを押していた。
「いや、用事は大したことじゃないんだが……お前、まだジャパゴやってるのか?」
「恋シュミじゃなくてさ、ジャパゴバトルの方だね。今は。けっこううまくなったんだよ。あ、これはポケット用で出たから買った!こないだのゲーム大会を踏まえて色々努力しているんだい。あたしは。」
サキはふふんと笑った。
「違う所に努力しろよ……。お前は。」
みー君はそんなサキに頭を抱えた。
ジャパゴとはジャパニーズゴッティという乙女ゲームの略である。イケメンの日本の神々との恋愛が楽しめるという目的で作られたゲームらしい。そのゲームのスピンオフ的な感じで出てきたのがこのジャパゴバトルである。これはジャパゴを格闘ゲームにしたゲームでジャパゴキャラがそれぞれのスキルを持って戦いに挑む、かなりコアなゲームだ。
こちらのゲームは大会があり、一部のコアなファンで大変な盛り上がりを見せている。
前回、大会にためしに出たサキはゲーマーであるみー君にすべてをやらせ、優勝した。
普通の神は人間の目には映らない。もちろん、みー君も映らない。ただ、サキだけは様々な事情により人間に見えてしまう神様だった。故にサキが考えた策は自分の後ろからみー君がコントローラーを持ち、ゲームをするというものだった。見事それは成功してサキは優勝賞品であるグッズを手に入れた。
……本当はいけなかったんだけどねぇ……。
サキは微笑みながらその言葉を反芻していた。まったく反省はしていない。
「しかし、知らん内に部屋がオタク化してきたなあ……。」
「もうそろそろ自重するよ……。」
サキは自身の部屋を恥ずかしそうに眺める。自己満足であり人に見せるためではない。故に恥ずかしい。
「で、何しに来たんだい?」
サキは目的を早口で聞いた。
「ああ、まことに申し訳ないが……しばらく戻る場所がないんだ。ここにいさせてもらえないか?」
みー君は言いづらそうにはにかみながら言う。
「戻る場所って高天原があるじゃないかい。東に帰れるだろう?」
「それが事情で帰れないんだ。」
この世界は高天原と現世に分かれている。
高天原には東、西、北、南とエリアが別れており、それぞれに統括している神がいる。東には東のワイズと呼ばれている思兼神が傘下の神々をまとめ、西は武の神が集うので西の剣王と呼ばれているタケミカヅチ神が頭を務め、人間の心に直接関わる神が多い北には北の冷林と呼ばれる縁神が居座り、南はどの傘下にも入らない神々が住んでいる。
その南の中に龍神達が住む竜宮がある。その竜宮はいまや神々のレジャー施設でそのレジャー施設竜宮を取り仕切るのがオーナーである天津彦根神である。
残りは太陽神が住む太陽と月神が住む月がある。この二つは現世に存在している。
天御柱神、みー君は東に住んでいる神だった。本人いわく、東は居心地がいいとの事だった。
「事情で帰れないってどうしたんだい?」
サキは心配そうな顔でみー君を見る。
「俺もよくわからないが……なんかの事件で俺を犯神にしようとしている神がいるらしい。北の冷林に見つかったら間違いなくまずいからと東のワイズが俺を高天原追放にした。いやー、まいったなあ。さっさと犯神捕まえないと……という事でな。行く所がないんでここに泊めてもらえればと思っているんだが。」
「追放ってやばいんじゃないかい!ずいぶん呑気なんだねぇ……。なんで北が出てくるんだい?」
呑気なみー君にサキの方が真剣になってしまった。
「それはな……。俺にもよくわからない。冷林って事はだ、人間の心関係で何かあったって事だな。で、その件が少し問題でなぜかそれを俺がやった事になってて……という感じなんだろう。」
「じゃあ、弐の世界関係もありそうだねぇ。」
この世界は一つではない。全部で六つの世界がある。
現世である壱、妄想や精神、霊の世界である弐、過去の世界である参、未来の世界である肆、現世と反転した世界である陸。伍の世界に関しては不明だ。太陽神達の仕事は壱と陸の監視だ。陸は反転の世なので壱と昼夜が逆転しているだけだ。
その太陽と月は交互に世界に現れる。
壱に太陽がある時は、陸には月が出ている。これは本物の月と太陽ではなく霊的な月と太陽が壱と陸を交互にまわっている。
ちなみに月は壱と陸を監視する他、月が出ている時のみ心の世界である弐も上辺だけ監視している。
「妄想の方か、霊魂の方か、もしくは個人の世界の方か。だな。」
「個人で世界が色々あるんだろう?弐の世界は……。心を持つ生き物分の世界があるって事は原因を見つけるのも大変だねぇ……。」
「ま、そこは俺がやるからとにかく、身を隠す場所がほしい。」
みー君は呑気な顔を突然引き締めた。
「……そういう事ならいいよ。別の部屋を用意させるから待ってておくれ。」
サキは深く入り込まないようにし、太陽神の使いであるサルを呼んだ。
サルはすぐに来た。一応人型で頭に髷を結っている着物を着た男がサキの前で頭を垂れる。
「お呼びでござるか?サキ様。」
「ああ、客神が来ているので長期滞在可能な部屋を一部屋与えてやっておくれ。」
「天御柱様でござるか。お久しぶりでござる。特別広いお部屋へご案内するでござる。」
サルはにこりと微笑みながらみー君を促した。
「サキ、悪いな。お前には迷惑かけないようにするからな。」
「構わないよ。好きなだけ居ていいからね。」
みー君はサキの一言に軽く微笑むとサルに連れられて部屋を後にした。
……冷林か……。みー君を巻き込んだ大きな事件になりそうだね……。
あたしもみー君を影で助けよう。
サキは身体を起こし、腕を組んだ。




