かわたれ時…3理想と妄想の紅2
そんな普通の子供以上に元気だった真奈美が突然寝たきりになった。手術を受けたらしい。しばらくは話せる状態ではなく、食事も取っていないようだった。
セレナはよくわからない管をつけられてベッドごと帰ってきた真奈美をただ、呆然と見つめていた。
その時、初めて楽しいという感情を持っていた自分を恥じた。入院生活はセレナにとって天国のような楽しさだった。十時と三時におやつが出て、後はずっと真奈美と遊べて消灯時間過ぎてドキドキしながら話して……とても楽しかった。
でもここは病院だ。
当然皆何かの病気と闘う為にここにいる。自分はただ、足を折っただけ。セレナは修学旅行の気分で真奈美と接していたが真奈美は楽観的なセレナとは違い、苦しい生活をしていたのだ。それにセレナは気がついた。本当に当たり前の事に今気がついた。
しばらくは真奈美と話す事はなく、セレナは寂しく漫画を読んでいた。
どれだけ毎日を無駄に過ごしたかわからないが気がつくと真奈美の管がとれていた。
「セレナ!遊ぼう!」
真奈美はいつも通りに戻り、セレナのベッドに腰をかけた。いつもとまったく真奈美は変わらないが真奈美はほとんど物が食べられなくなった。食事制限を言い渡されたからだ。
セレナの食事は変わらず、今まで通りで最近は母親が買ってきたおやつもこっそり食べている。なんだか後ろめたくて堂々とは食べられなかった。
真奈美の精神がとても強い事にセレナは驚いていた。同情が顔に出ないように真奈美と付き合うと決めた。
「何して遊ぶ?」
「今日はお絵かきしようか!」
真奈美が自由帳と色鉛筆を持って来てセレナの机に置いた。
「いいよ!お題決めよ!」
「いいね!じゃあ、ゾウ!」
真奈美とセレナはお互い笑い合いながら描いたゾウを見せ合っていた。
また少し時間が経ち、セレナは松葉つえの訓練を始めた。衰えた体力だと廊下を往復するだけでもかなり辛かった。
「大変だね!大丈夫?」
真奈美が苦しそうにもがいているセレナを励ましに来た。
「だ、大丈夫……。」
「片足で点滴棒に乗れば楽だよ。」
「コラ!変な事教えない!」
セレナを見守っていた看護師さんが真奈美に向かい声を張り上げる。
「あ、前田さん。久しぶりだね。違う病棟にいたの?」
「真奈美ちゃんに会うの確かに久しぶりだわ。」
看護師さんはふふっと笑って真奈美から目を離し、今度はセレナに目を向けた。セレナはなんとか自分の病室にたどり着くことができた。
毎日往復している内に気がついた。隣りの病室にいた寝たきりの男の子がいなくなっていた。
退院したのかそれとも……それを考えると怖くなってその病室の中を見る事はできなかった。きれいに畳まれたシーツを見、退院である事を願った。
気がつくとその隣りの病室にまた違う子供が寝ていた。この子もきっと重い病気を抱えているに違いないとセレナは心を痛めながら通り過ぎるのであった。
こんな環境の中、真奈美は生きているのだ。健康な事がどれだけ幸せか自分がどれだけ幸せなのかを考え、居心地悪そうにいつもセレナはベッドに戻る。
「今日は二往復?凄いね!」
「真奈美のが凄いよ……。真奈美がいるから私、頑張れるんだよ。」
「そっか。そう言ってくれると嬉しいな。」
「真奈美?」
セレナは切なく笑う真奈美を初めて見た。
「ねえ、セレナはもうすぐいなくなっちゃうの?」
真奈美が目を伏せながらセレナに問う。
「……。うん。骨はまだつかないけどもうそろそろ退院だね……。」
「寂しいな。」
「私も寂しいよ。真奈美……。退院したら、また真奈美に会いに来るから。」
「ほんと!嬉しいな!」
真奈美とセレナは手を取り合って笑った。
セレナにとってこの一か月間はとても考えさせられる一か月間だった。真奈美と涙のお別れ会をやってから一週間。セレナは退院して慣れない学校に通っていた。もちろん、まだ松葉つえをついている。
一週間が経ち、学校に行き始めた最初の土日に母親に無理を言って入院していた病院に連れて行ってもらった。手に持っているのは一週間休まず頑張って作った千羽鶴だ。紙袋に入れて大事そうに抱えている。
……千羽鶴って病気が治りますようにってお願いするために作る物って聞いた事あるから、真奈美喜ぶかな。
セレナは紙袋を持ちながら自分がいた病室へ向かった。病室を覗くと自分がいたベッドには別の子が寝ていた。セレナは真奈美を探した。
「真奈美……。」
小さくつぶやいてみるが真奈美がいる気配がない。真奈美がいたベッドはもうなく、そこには違う子が寝ていた。
セレナは咄嗟に悟り、声をかける母親を押し切って片足でけんけんをしながらナースステーションに入り込んだ。
「すみません!すみません!」
「どうしたの?」
セレナの声で看護師さんが驚きながら声をかけてきた。
「ま、真奈美は……?」
「……。」
セレナの問いかけに看護師さんはどう答えるべきが悩んでいた。
「真奈美は?」
セレナはしつこく聞く。渋っていた看護師さんは覚悟を決めたように話しだした。
「集中治療室っていうこことは違う場所にいるの。ごめんね。会えないんだ。真奈美ちゃんの友達のセレナちゃんだよね?」
「会えない……?」
「そう。会えないの。ごめんね。」
セレナの顔を辛そうに眺めながら看護師さんははっきりと言った。
バサッと床に落ちた紙袋から千羽鶴が飛び出していた。
母親に背中を撫でられながらセレナは病院を後にした。せつなさと悲しみが入り混じった目には大粒の涙が光っていた。
千羽鶴は看護師さんが気を使ってもらってくれた。




