かわたれ時…3理想と妄想の紅1
秋も深まってきた季節。北田セレナは学校の帰り道、突然に犬に追いかけられ崖から落ちてしまい、足を骨折してしまった。
ここは少し行けば都会だが周りは山だらけの田舎とまではいかない長閑な町だった。川もきれいで山もちゃんと登れるように登山道が用意されている。
セレナはその登山道がある場所で苦手な大型犬に走って来られ、後ろが崖な事に気がつかずに後退し、下へ落ちてしまった。足の傷はぱっくりと開いており、セレナは救急車に運ばれて入院する事になった。奇跡的に怪我をしたのは足だけだった。
セレナはまだ小学三年生だった。日本人だが出身はフィリピンだ。たまにフィリピンに帰る事はあるが日本国籍なため日本に住んでいる。母親がフィリピン人で父親が日本人のハーフである。
セレナはふと茶色の瞳を救急隊員に向けた。動転していてあまり記憶がないが気がついたら救急車に乗っていた。救急隊員はペットボトルに大量に入った消毒液をひたすらセレナの足にかけ続けていた。起き上ろうとしたら全力で止められた。
……傷口は見ない方がいいから!
という理由かららしい。
不思議と痛みはなかった。麻痺しているのかもしれない。
救急車の中で泣いている母を慰めながら明日学校いけるかなと呆然と考えていた。おそらく動揺しすぎて頭が正常に働こうと必死だったようだ。母よりも冷静で落ち着いていた。
「あの……足切断になったりしますか?」
セレナはそれだけが心配だった。セレナは見てないが足の傷口から骨が見えているようだ。こんな状態なら切断も考えないといけないんじゃないかと気が気でなかった。
「わからないけど……きっと大丈夫だよ。もうすぐ病院だからね。」
救急隊の人が何とも言えない顔でセレナを落ち着かせようとしている。セレナは怖くなったのでそれ以降は何も聞かなかった。
病院に着いた後、名前などを看護師さんから聞かれた。
今学校で何やっているの?などの日常的な会話を明るく話してくれる。セレナは動転した頭で看護師さんに向かい答えていた。
気がつくと足の処置が終わっていた。骨折箇所は足首で太い骨が折れて突き出ていたらしい。痛みは感じなかった。だが足はまったく動かない。
「感染症が心配なので一か月ほど入院していただきます。子供なので骨の成長も期待してあえてボルトは入れていません。骨がきれいに折れていたのでうまくつけて様子を見ようと思います。そして……」
医師が母親と何やら話をしている。雰囲気的に大丈夫そうだとセレナは感じた。
寝間着に着がえさせられて抗生物質が入っている点滴を打たれ、セレナは小児病棟へ入れられた。
何か必要なものができたら持ってくるからと母は青い顔で去って行った。
「まさか……私が入院生活を送るなんて……。」
セレナは若干、動揺していたがもうだいぶん落ち着いてきている。いつもと違うことがおき、なんだか楽しみもうまれてきていた。
……明日から学校行かないで入院!
不思議とわくわくしていた。
「あ、あの……こんばんは……。」
すぐ隣のベッドで声が聞こえた。日はあっという間に沈み、もう外は真っ暗だ。ちなみに時間はわからない。
「え?あ……こんばんは。」
レースのカーテンが突然シャッと音を立てて開かれた。隣のベッドの女の子がこちらを怯えたように見ていた。
ツインテールのかわいらしい顔つきの女の子だった。歳はセレナと近いかもしれない。
「ねぇ、いくつなの?」
ツインテールの少女がセレナに年齢を聞いてきた。
「小学三年。九歳。」
「あ、一緒だ!」
少女は点滴棒を引きずりながらセレナの元にやってきた。
「私、真奈美っていうの。名前は?」
少女が笑顔でセレナに自己紹介をした。
「えっと……セレナだよ。」
「セレナ?」
「うん、えっとフィリピン出身なの。」
「ふぃりぴん?」
少女、真奈美はフィリピンという国を知らないようだ。
「フィリピン知らない?」
「外国?」
「そう。」
「凄いな。外国行ってみたい。」
真奈美は目を輝かせながらセレナを見ていた。
「フルーツがおいしい国だよ。ジュースがおいしい。」
「へぇ……。いいなあ……。」
「後他にはね、アボカドに砂糖をかけて食べるっていうと日本だと驚かれるね。」
「あのマグロの味がするっていうサラダとかに入っている奴でしょ?」
なんだかんだで話は盛り上がり、真奈美とセレナは友達になった。
真奈美は内臓系に病気を抱えており、いままで何度も手術を繰り返しては仮帰宅をしていた。麻酔の味も覚えた。イチゴ味とかメロン味とかあるのだ。
真奈美にとってこの病院は故郷だった。本当の故郷は別にあるがもうここで生活している記憶しかない。この小児病棟にいる子供の中で同い年はセレナ一人だった。
病気ではなく怪我で入院してきた彼女には遠慮などはいらないように思えて話しやすかった。
この病棟には寝たきりの子供や七歳で白血病と戦っている子供など様々な子供がいる。皆明るくて元気でいい人ばかりだ。
「セレナは怪我しているから動けないんだね。」
セレナが来て一週間が経った。真奈美とセレナはもうすっかり打ち解けていた。
「うん。来て二日目くらいは凄い痛かったけど今は大丈夫だよ。少しだったら動ける。」
「動かない方がいいよ。私、プレイルームからいっぱいオモチャ持ってくるね!」
真奈美は興奮しながらセレナに話す。
「ああ、でもプレイルームのオモチャここに持って来ちゃったら他の子遊べなくなっちゃうよぅ。」
「大丈夫!皆集めてここで遊べばいいよ!ぬいぐるみ全部持って来てやろ!ふふ。」
困惑顔のセレナに真奈美はいたずらっぽく笑った。セレナの制止も聞かずに真奈美は嬉しそうに走って行った。
プレイルームにあるぬいぐるみやオモチャを大量に抱えた真奈美はセレナのベッドの上に座り込んだ。
「あ、皆連れてきたよ。」
真奈美が部屋の外を指差す。廊下からこちらを見ている幼い子供達がいた。
セレナがニコリと微笑むと安心したように部屋に入ってきた。
子供達が入って来てすぐにワイワイ騒ぐ感じになりうるさくなった。
すぐに気がついた看護師さんが慌てて入って来て
「何やってんの!」
と子供達を叱り、皆は早い段階で渋々病室に帰って行った。
主犯者の真奈美は看護師さんからお説教を喰らい、ため息をつきながらプレイルームにオモチャを返しに行っていた。
「やっぱりダメだった。今日は見つからないと思ったんだけどなあ。」
真奈美はつまらなそうにセレナのベッドに座りつぶやいた。
「ちょっとうるさすぎたんじゃないの?」
「そうかなあ……。」
真奈美はセレナの意見を聞きつつ、他の暇つぶしを考えていた。
「この前はさ、点滴棒に乗って滑る遊びを思いついたんだけど私だけじゃなくて皆やりはじめちゃってさ、結局看護師さんの高木さんに怒られちゃったよ。」
「え?看護師さんの名前覚えているの?」
「覚えているよ。私はここに来て長いから。」
「ふーん。」
この時のセレナは真奈美の言葉の意味を深く理解していなかった。
「私はこの病院が第二の故郷みたいなもんだから。」
真奈美は満面の笑みでセレナを見つめていた。
「そっか。」
セレナは素直に頷き、笑い返した。




