かわたれ時…2織姫と彦星の運23
「サキ、サキ起きて……。」
「ん?」
サキは目を開けた。知らない内に駕籠の中で寝てしまっていたらしい。
地味子が涙目でサキを起こしていた。
「起きてよ……。私一人じゃ不安だよ……。」
「ああ、ごめんよ。ついたのかい?」
「ついたよ……。」
サキは寝ぼけ眼をこすりながら外に出る。地味子も後に続いた。朝焼けの海が目の前に広がっていた。まだ観光客はいない。まるでプライベートビーチだ。
サキは大きく伸びをした。
「こんな状態ならきれいだしいいねぇ。神がいっぱいいるとゴミゴミしているし……。」
「竜宮ってきれいだね……。」
地味子もサキもきれいな海にしばらく心を奪われていた。
「よよい!後は亀がなんとかするよい!」
「あ、ああ。そうかい。」
鶴がサキに声をかけた。サキは慌てて返答をした。
「では。」
鶴はそう言うと駕籠を引っ張り飛んで行ってしまった。
「なんて言うかあの鶴は軽いなあ……。」
サキは飛び去る鶴を呆然と見つめた。
「もし……。」
サキが空を眺めているとすぐ近くで声がした。サキは声の聞こえた方を向く。
「ああ、カメかい。じゃあ、また頼むよ。」
サキの前にはあの時の舞妓さんのような格好をしたカメが甲羅を片手に立っていた。
「はい。」
「で、あんたは鶴とは違って人型をとっているんだねぇ……。そういえば。」
「え?ああ、そうですね。職業的にこちらの方がいいんです。見た目とかも。鶴はまた別でしょう。」
美しい顔立ちをしているカメがニコリと微笑んだ。
「なるほど。」
「では行きましょう。」
サキは地味子にカメの甲羅に手をかけるように言い、自分もカメの甲羅に手をかけた。
ふと気がつくとまた海の中にいた。ウミガメ達が朝早くだというのに頭を垂れて道を作ってくれている。竜宮の体勢がどれだけ整っているか、サキは見てすぐにわかった。
しばらく海の中を進み、こないだと同じように鳥居をくぐる。するとすぐに海は消え、事務的な部屋が現れた。天津彦根神の部屋だ。
「天津様。お連れ致しました。」
「……よい。さがれ。」
「はい。」
天津彦根神、オーナーの真剣な顔をビクつきながら見上げたカメはイソイソと部屋から出て行った。よく見ると事務の椅子にお馴染みの神達が座っていた。
真ん中に天津彦根神が座り、その左右に剣王、ワイズが座り、ワイズの横に冷林が座っている。剣王の横には月子と月照明神の月姫姉妹が座っていた。
「太陽の姫君、遅いYO!」
ワイズが口をとがらせて叫んだ。
「ああ、悪かったよ。なんでまた全員いるんだい?」
「まあ、それがしと月姫姉妹は関係ないんだけどねえ……。」
剣王がため息をつきながら出された緑茶を飲んでいる。
「そうね。私達には関係ないわ。せっかくだから顔を出せと姉から言われてしかたなくよ。」
「月ちゃん。やっぱり陸に行ってしまった月を放置しているのはまずいかしら?」
「大丈夫じゃない?前もって言っておいたし。」
月子と月照明神は迷惑そうにサキを見ていた。
「そんな顔で見ないでおくれよ……。あたしだって被害者なんだからさ……。」
サキは空いている席に地味子と共に座った。
「……ん?」
よくみて見るとワイズと冷林の間に芸術神マイが座っている。マイはサキをちらりと見るとつまらなそうにそっぽを向いた。
……そういえば……ヒコさんは助かったのかな……。
サキにジワジワと不安が襲ってきた。だが、みー君を信じて今はこの交渉を成功させなければならない。
「では、集まった所で今回の件について話す。飛龍。」
オーナーが会議の開始を告げ、すぐに飛龍を呼んだ。オーナーの後ろで頭を下げていた飛龍がすっと立ち上がり話し出す。
「えー、今回は参と肆と弐の問題でして……。あたし自身、詳しくは知らないんで何とも言えねぇが……竜宮を不正に使い、参の世界を出現させていた龍神がいるんだ。それがそこの地味な龍神。」
「地味……。」
飛龍の説明で一同の目線が一気に地味子に映った。地味子は顔を真っ赤にして下を向いた。
「あたしと地味子は一回戦った仲で、あ、ほら、龍神は皆知ってると思うけどさ、一回竜宮が変な龍神によって襲われた事件あっただろ?あれ、こいつなんだよ。怒ると意識失ってさ、すっごい強い龍神になるってわけ。
で、おもしろかったから戦ったんだ。急に意識失って元の地味子に戻っちまったがな。ええと、それからの仲なんだが……他の龍神は皆覚醒している方は知ってても地味子の方は知らない。地味子本人も竜宮にいなかったから知る術もなかったってわけだ。」
飛龍はバツが悪そうにボソボソと語る。もしかすると飛龍自身にも罰がくるかもしれないのだ。
「なんかよくわからない説明だがお前とそこの少女の接点はわかった。」
剣王が緑茶を飲みながらほのぼのと話を聞いていた。
「で?お前は何をしていたんだYO 。」
ワイズが先を急かすので飛龍はまた口を開いた。
「……あたしは竜宮の利益を考えて地味子の策に乗ったんだ。地味子が竜宮を動かした事で変な記憶が竜宮に溜まってて見つかったらやばいからって地味子があたしに隠せって言ってきた。
だからあたしはドラゴンクワトロってバトルゲームを作って勝ち残ったらその記憶を見せるってルールを作って金儲けした。繁盛していれば逆に龍神には見つからない。他の神に堂々と見せる事でカモフラージュをしてた。他の神に見つかってもダメージは全然ないからさ。龍神にさえ見つからなければ。」
飛龍はちらりとオーナーを怯えた目で見つめる。オーナーは目を閉じて話を聞いていた。
「なるほどNE。お前にも罪がありそうだYO。」
ワイズは黒いサングラスをかけ直した。
「飛龍君の意見はそこまでだな。その記憶に輝照姫と天御柱が気がついたと。」
剣王がちらりとサキを見る。サキは発言の場と判断し、口を開いた。
「もともとあたしらはその巻き戻しの被害者だよ。異変にいち早く気がついた天津があたしらを竜宮にかくまってくれた。その竜宮でたまたまその記憶をみたのさ。」
サキの発言にワイズがふふっと笑った。
「あいつだNE。あいつはゲームに目がないからNE。」
「たまたまドラゴンクワトロってゲームをやっただけだよ……。」
「まあ、いいYO。」
「で、なぜ巻き戻しが行われていたかと言うとだね……。」
サキはちらりと地味子を見る。地味子はサキから話を振られた事に気がつき、恐る恐る話しはじめた。
「えっと……芸術神マイも私も今のルールを知らなくて……その……マイがある人間の少年少女の運命に欠陥を見つけたって言ってシミュレーションし直したいから竜宮を使ってくれないかと言ってきたんです……。私も絶対にばれないと思いましたので……はうう……ごめんなさい。」
地味子は耐えられずシクシクと泣きはじめた。
「ふん……こいつは罪確定だYO。いくらルールを知らないって言ってもバレないって思っている時点で悪を感じるNE。天津。」
ワイズはサングラスの奥の鋭い瞳をオーナーに向ける。
「……。しっかり話を聞いてからだ……。まだ結論は出せん。」
オーナーの状況は不利だ。
「そもそも、そのマイって芸術神が人間の運命をいじれなくなった事を知らなかったのが原因じゃないかねぇ?」
剣王は緑茶を飲みながらつぶやく。
「そうよ。確か、そいつはうちによく出入りしている絵括神ライの姉。ライはワイズの傘下だったはずだけど。」
剣王と月子がワイズに目を向ける。
「さあ?私は知らないYO。こいつは今から私の傘下に入ったんだYO。もともとはライだけだったYO。」
ワイズは腕を組みながら唸る。
「そうだ。私はワイズの配下ではない。今回の件でワイズに引き取られただけだ。」
どこか偉そうにマイは答える。
「……まあその件はいいでしょう。わたくし達が気になっていた事をお話ししましょうか。何故何回も弐の世界が開いたのか、わたくし達月の神は壱と陸以外に上辺だけ弐の監視をしています。それだけですが何度も何度も数時間の内に同じ弐の世界が開いたのが気になって。」
月照明神はマイに視線を合わせた。
「ああ、それはわたしの能力だな。わたしは未来である肆で弐の世界を開いてシミュレーションをする能力がある。貴方が見ていたのは壱の世界の弐ではなく、肆の世界の弐だ。」
「巻き戻しをするのであれば一度だけで良かったはず。シミュレーションは本来一回だけです。人間に気がつかれていたのではないですか?まさかそこの龍神もそれを知ってて参を使っていたわけじゃないでしょう?」
月照明神の発言で地味子は下を向き、マイも下を向いた。
「図星ですか……。ではその人間は己の運命を知っていた事になりますね。」
「あの運命はトラックの横転事故で少女の方が命を落とす予定だった。だがわたしが少年が命を落とす方が自然であると判断し、運命を改ざんしたのが原因だ。
何度も同じことを繰り返した理由は彼らに運命を気がつかれてしまい、少女の方が少年を助けたいと強く思っていたからだ。わたしは自分でやった事ながら彼らに手を貸した。地味子を騙してな。」
「それが真相か。最悪だな。あんたはそれを楽しんでいたわけだ。」
マイの説明に剣王は顔をしかめた。
「それでなんでサキは竜宮にかくまわれてたはずなのに外に出ているわけ?」
月子が予想していた質問をサキにぶつけてきた。
「天導神、運命神にさらわれたんだよ。何かと思ったら少年少女を助けたいって懇願されてさ。運命神も竜宮に頼れば良かったのにそれをして来なかった。
あたしらを頼ったんだ。あたしらは連れ去られた上にマイやらヤモリやらに襲われて大変だったんだ。
ヤモリはルールを知ってだいぶん混乱してて竜宮を動かしてしまった事にかなりの罪悪感を持っていたからあたしの暁の宮で保護したんだよ。彼女はマイにいいように使われただけだから動揺して大泣きするのもおかしくはないね。」
サキは冷静に言葉を発した。
「太陽の姫君が動揺していた彼女を救ったんだとさ。天津。」
剣王がふふんと笑いながらオーナーを見る。
「そうか……すまないな……。こちらの情報不足で迷惑をかけた。」
「それからもう一つ。全員に言う。ヤモリを罰する奴はあたしが許さない。あたしが彼女を全力で守る。」
「……。」
サキの発言に一同はクスクスと笑った。一斉にオーナーに目を向ける。
皆わかっているのだ。オーナーは恩を着せられた上に過失で太陽の姫君を危険にさらし、竜宮所有の龍神を全力で守ろうとされたのだ。
これはオーナーからすれば謝罪をせざる得ない。
「大変申し訳ない。我が管理体制の見直しをする。お詫びをしたい。」
「それは後で話そうじゃないかい。天津。」
サキはふふんと笑った。オーナーも真面目な顔を少し緩めた。本当は地味子を救ってあげたかったらしい。




