かわたれ時…2織姫と彦星の運21
……さて。太陽に戻ってきたわけだがヤモリちゃんをどうすればいいかね……。
ここは太陽にある暁の宮。太陽神や使いの猿が住むお城だ。太陽は無事、陸の世界に入り、陸の世界は朝を迎える事となった。
現在サキは暁の宮最上階にある自室で目を覚ました地味子と机を囲んで座っていた。
地味子は何もしゃべらない。ただ怯えた風に目を忙しなく動かしている。
「ね、ねえ、あんた、大丈夫かい?」
サキは恐る恐る地味子に尋ねる。怒らせないように必死だ。
「大丈夫なわけないじゃない……。もう殺される。死ぬ……。」
地味子はけん玉の赤い玉をうつろな目で見つめている。
「え、えーとだね……。実はヤモリちゃんはあんまり悪くなくてだね……。あたしに協力してくれたら死ななくて済むよ……。」
「……どこまで信じていいのかわからないよ……。」
地味子はチラチラとサキを見ながら小さい声を発する。
「じゃあ、ちょっと話を変えるけど、今、ヤモリちゃんは命の保証以外に何かほしいものはあるかい?」
サキの発言に地味子は疑うように目線を動かしたがとりあえず話しはじめた。
「そうねぇ……竜宮には戻りたくないけど天津様からは守られたいな……。今回みたいに騙されちゃう事とかあるし……。相談できる龍神がほしい。
でも私は頼れるオーナーから死刑を宣告されることになると思うけどね。トップはああでないと務まらないと思う……。仲間は手厚く守って罪を犯したら容赦なく罰する……。私はあの神だけは尊敬しているんだ。もう死刑だけど。どんな殺され方するのかな……私。」
地味子はしくしくと泣きながらけん玉を握りしめる。サキは慌てて言葉を追加した。
「わ、わかった。あたしが天津と交渉するから安心しておくれ。いままでの真相をちゃんと話してあんたが悪くないようにするからさ。」
「でも……竜宮をいじっただけで死刑なんだってばあ……。」
地味子がグシグシ鼻水を垂らしながら泣いているのでサキは喝を入れることにした。
「しっかりしなよ!あんたね、天津を尊敬しているんだろう?だったらあんたのトップをもっと信じたらどうだい?ねえ?天津だってそんなに頭の固い神じゃないし、あんたよりも遥かに生きている神だ。なんて言ったってアマテラス大神の第三子だよ!」
「……!」
サキに喝を入れられて地味子は口をパクパクさせていた。そういえばそうだったと顔が言っている。サキをじっと見つめながら目を見開いていた。
「やっとわかったかい?太陽は人間の希望の象徴であり、神々からすれば一番神々しい。そんな太陽の姫君を前に辛気臭い顔を向けるんじゃないよ!ま、まあ、象徴とか神々しいとか……自称だけど。」
サキはビシッと答えた。
「本当に大丈夫なの?」
地味子が怯えた顔をこちらに向けた。どことなく希望を持った顔つきになっている。
「大丈夫さ。ついでにあんたの要求も飲ませてやる。」
サキはドンと胸を叩いた。それを見た地味子は初めてホッとした笑顔をサキに向けた。
「貴方はあの子達をどうするつもりだ?」
海辺の道路を歩いているみー君について行きながらマイは質問をした。
「お前に絶望を味わってもらってからワイズに突き出す。お前ら、芸術神はワイズの傘下で支配された方がいい。特にお前はな。」
「そういう意図か。まあ、芸術に目覚めると狂ってしまうのはある意味仕方の無い事なんだがな。……ついに我が三姉妹もワイズの傘下に入っていないのは妹のセイだけか。」
「そうか。まだいたんだったな……。音括神セイが。……お前以外の他の語括は今やほぼワイズの傘下だ。一番やばいお前を捕まえられて良かった。音括の方はまだおとなしいので放っておいてやる。ちなみに他の音括もほぼワイズの傘下だ。お前の所の姉妹は手のかかる姉妹だぜ。絵括のライも問題を起こしたしな……。」
「月姫の事件か。まあ、あの子が一番普通だとわたしは思うがね。」
「どうだかな……。」
マイとみー君はお互い隙のない笑みを浮かべながら道路を歩く。もう辺りは暗い。道路が真ん中に通っていて海と山に挟まれている。二人は山の方に入って行き、背の高い木の上に飛び乗った。
太い枝にみー君とマイは腰かける。
「ここのカーブであの少年は死ぬのか?」
「そうだ。」
「そうか。それは楽しそうだ。気が変わった。俺も厄神だからな。あの少年を助けるのはやめた。よく考えたら俺らしくない。」
みー君はケラケラと赤い目で笑う。
「貴方、さっき、わたしに絶望を味わってもらうとか言っていなかったか?このままわたしと一緒に楽しむなら意味ないぞ。」
「問題ない。お前にはこれからワイズの支配下という地獄が待っている。最後に楽しんだらどうだ?」
みー君が笑いながら言った。マイは目を細めて薄笑いの表情を消した。
「……それは本心なのか?貴方の本心はどこにある?」
マイの言葉にみー君は狂気的な笑みを浮かべマイをグイッと引き寄せた。
「さあな。」
みー君の赤い瞳の中を覗いたマイは全身から冷や汗が噴き出してくるのを感じた。恐怖心がマイを包む。支配という言葉の意味を体で実感した。
……こいつからは絶対に逃げられない。わたしよりも狂っている神……。それの上に立つのが……ワイズ……。
マイは花火の音がする中、この演劇がどう転ぶのか気が気でなかった。いままで楽しんでいたはずの演劇が不安で埋め尽くされ、どうしようもない恐怖に襲われている。
これは台本を渡されずに演劇に出ているのと同じだ。内容がまるでわからない演劇にアドリブをつけるのも大変だ。特に結末がわからないとあれば。
……あの少年が死ぬのか助かるのか。もしくは少女の方が死ぬのか。全員死ぬのか。見ているわたし達も死ぬのか。わからない……。先が見えない……。
演劇は先が見えているから演じられる。今のマイは演じられるほどの余裕はなかった。
この時間が間違いなく彼女には地獄だった。しばらくして花火の音が止んだ。マイは震える身体を押さえるように道路を凝視していた。
みー君は何も話さない。また何の会話もない所が不気味だった。
この演劇を支配しているのはマイではなくみー君だ。マイには何もできない。みー君が事故の運命を握っている。
ただ、マイの身体からは絶えず冷や汗が流れているのみだった。
「……来たな……。」
赤い目をして笑っているみー君が突然立ち上がった。マイはビクッと肩を震わせる。
「あ、貴方!何を……。」
マイが苦し紛れに叫んだ時、トラックが歩いている少年少女に向かい突進して行った。
「こんな感じでどうだ?」
みー君が人差し指をチョンと上に上げる。少年少女の目の前に小さい旋風が起こった。
「……!」
マイは頬に流れる汗もそのまま起こった運命を息荒く見つめていた。
「ま、こういう運命もいいだろう。あの少年はあの神社で大凶を引いたんだろう?」
みー君は元の青い瞳に戻り、震えているマイにいつもの笑顔を見せた。




