かわたれ時…2織姫と彦星の運18
「……?」
目の前にいきなり奇妙な格好の男が現れたのでシホもコウタも驚いていた。
「僕は運命の神。天之導神だ。」
運命神はそれだけ言った。
「運命の神?この神社の祭神!?地味子が見えたんだもんな。ここの神が見えてもおかしくなかったのか?」
シホは若干戸惑いながら運命神を見つめた。
「う、運命神。俺の運命を決めたのもあんたなのか。」
コウタもシホ同様戸惑いながら運命神を見つめている。
「まあ、そうだね。僕が導いている。」
運命神が何の感情もなしにつぶやいた。神が人間に接触する時は感情を交えてはいけない。それは人間が神の定義としてそう決めたのだ。運命神も未だにそれを守っていた。
それがシホにとっては許せなかった。自分達の運命はこの神に握られており、この神は人間の生を何とも思っていないのだと捉えた。
神達の都合で自分達の人生が狂わされた、自分にとってはあまりいい人生とは言えなかった、なんでコウタが死ななければならないのか、自分がやっとの思いで掴んだ幸せがこんな簡単に消し去られてしまうのか……色々な思考がシホの頭を駆け巡った。
怒りと空しさ、憎しみがシホの心でじわじわと大きくなっていく。
……自分の人生がどうなろうともう構わない!この神がうちに何か罰を与えたとしてももう構わない!もう我慢できない。
シホは怒りの感情のまま、運命神の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんな!てめぇがうちらの人生を狂わせたんじゃねぇか!何とかしろよ!うちがこんな人生だったのもあんたのせいなんだろ!お前がいなければうちらは……うちは!今も家族と平和に暮らしてて!コウタとも笑い合って!花火見て!」
悔しさを押し殺した声で叫びながら運命神を押し倒す。
「コウタが死ぬ事もないし!何度も繰り返す理由なんてなかったんだ!うちも腕折られたり、バッドで殴られたりしなくて済んだんだ!親父の運命を壊したのもあんたなんだろ!あんたがうちから全部幸せを奪って行ったんだ!あんたが!」
シホの頬を涙が伝う。運命神はただ、じっとシホを見つめていた。
「なんだよ!返す言葉もねぇのかよ!なんとか言えよ!このクソ野郎!」
シホは運命神を殴った。何度も殴った。しかし、運命神の表情は変わらない。
「このっ……。」
シホがまた殴りつけようとしたのでコウタがシホの手を掴んだ。
「っ……!何すんだよ!コウタ!」
「シホ。相手は神様だぞ。」
コウタは静かにシホに言った。
「それがなんだよ!うちは我慢できない!うちの人生なんてもうどうなってもいいんだ!こいつは殴らなきゃ気が済まない!殴るだけじゃおさまらない!」
シホはコウタに叫んだ。
「自分の人生がどうなってもいいなんて言うな!俺はここまでだけどお前にはまだ先があるじゃないか!俺はお前が少し羨ましいんだ……。まだ先があるお前がな……。」
コウタはシホの腕を引っ張り、運命神から引きはがした。
「コウタ……。」
シホは呆然とコウタの顔を見つめていた。
「……その神様だって色々苦労してるはずだ。お前に対して素直に殴られてくれたんだ。なんか別の事情があったかもしれないのに何も語らない。神様って立派なんだな……。俺も見習いたい。……もう言ってもしょうがないけどな……。」
コウタは沈んだ顔で倒れている運命神を見据えた。
運命神は切れた唇を手でこするとまた表情変えずに立ち上がった。
「……やりきれない気持ちもわかるがこれは運命だ。僕が現れたのは君の行き場のない怒りを僕が引き受けようと思ったからだ。僕は運命神。これが仕事だ。」
運命神はシホに向かい、一言つぶやいた。
「……。」
「シホ、俺とお前を引き合わせたのもここの神様のおかげだ。あの家族からお前を救ったのもあの神様だ。俺はそう思う。」
コウタはシホの背中にそっと手を置いた。
「……そんなのわかんないじゃん。」
シホは拳を握りしめて運命神を睨みつけている。
「それは僕が言える事じゃない。僕は運命を導くだけ。その他の事はできない。」
運命神は目に涙を浮かべているシホに優しく言葉をかけた。
「じゃあ、うちはどうすればコウタを助けられるんだ!教えろよ!」
「……それは運命に従いなさい。僕から言える事はそれだけだ。」
「……。」
運命神の言葉にシホは両手で顔を覆いながら泣き叫んだ。
「ごめんね……。」
運命神はひどく切ない顔で一言そうつぶやくとみー君に向かいアイコンタクトをした。みー君はアイコンタクトを受け、すぐに結界を消しにかかった。
早生まれのセミの鳴き声がジワジワと戻ってきた。白い空間は徐々に消え、松の木が現れ、お賽銭箱や社が現れ、あっと言う間に元の神社に戻っていた。
運命神は泣き叫ぶシホをただ黙って見つめていた。もう彼女達に彼の姿を見る事は不可能だ。
コウタはシホの肩に手を添えるとただひたすら泣くシホと共に歩き出した。鳥居をくぐり、階段を降りて行く少年少女の小さくなった背中を運命神は胸が締め付けられる思いで見つめていた。
「ねえ、ちょっとあれで良かったのかい?助けようとしてたのに散々殴られてさ。」
サキがうかがうようにひょこひょこと近づいてきた。
「……。あれでいい。どうせ僕は何もできない。交渉はマイにかかっている。」
運命神は殴られた顔を撫でながら頭を抱えた。
「どこへ行っても交渉だな。神の世界は。お前は立派だったよ。」
みー君は呆れながら運命神の肩を叩いた。
「マイって芸術神、演劇の語括だね。」
「それもさっき言ったじゃないか……。」
「ごめん。聞いてなかったよ……。」
運命神はまたもため息をついた。
「!?」
そんな会話をしていた時、みー君がいち早く異変に気がついた。
「おい!」
みー君が叫ぶのと空間がゆがむのが同時に起きた。急に世界がひっくり返ったような感覚をサキ達は覚えた。
「な、なんだい!?」
サキが素早くみー君の影に隠れた後、すぐに女の高笑いが聞こえた。
「なんだ。ちゃんとうまくいくじゃないか!」
「?」
どこからともなく聞こえてきた女の声にサキ達はあたりを見回した。
「誰だ?」
みー君が鋭い声で尋ねた。
「わたしは語括神マイ。芸術神演劇だ。」
女は丁寧に答えた。姿はまだ現れていない。
「お前が原因か……。」
みー君はどこにともなく声を発する。
「まあ、そうだ。しかしおもしろいものを見せていただいた。」
声が突然近くなる。刹那、金髪の少女が現れた。顔に浮かぶのは嘲笑。白い着物が夏の青空に映える。
「……マイ……?」
運命神はマイの雰囲気の違いに驚いていた。
「やはり演劇はリアルでなくてはな。」
マイは興奮を抑えきれていないのか楽しそうに笑っていた。
「……?」
「おや、わからないか?わたしがやった事が。これは素晴らしい。さらに素晴らしい。このまま素敵な演劇をわたしにみせてくれ。」
笑うマイに運命神の顔色が変わった。
「お前……まさか……。」
「やっと気がついたか。そのリアルな表情もたまらない。これから起こる悲しみのストーリーの前戯として最高だ。」
マイはまたクスクスと笑う。
「……お前は真面目な語括だ。そんな事するわけないよな?マイ……。」
「ああ、至って真面目だ。人間の運命の修正を頑張ってやっているのだからな。他の神にも協力してもらってな。ああ……自分もストーリーに入り込めるというのもなかなかいいものだ……。」
マイは満足そうに目を細めた。運命神はそんなマイを見て顔を青くした。
サキとみー君はマイが元々どういう者かわからなかったので状況を見ていた。
「お前……僕も地味子も騙してたのか?あの子達も騙してたのか?」
「騙してはない。本当はシホという娘が死ぬ運命だったのだ。肆でシミュレーションし、色々と頑張ったらコウタが死んだ。そしたらこちらの方が本物だったとわたしは気がついたのだ。コウタの続章はそれはつまらないものだった。
しかし、シホの続章はなんと面白い事か。しかし、シホが納得してくれず何度もやり直す形になったがわたしが運命を変えない限り変わらない。まあ、彼女にとっては気休め程度。」
「という事はだ。お前はわざとこのデカい演劇をするために二人の運命をいじったのか。自分が演劇を楽しむためだけに少年少女に近づき、地味子を操り何度も何度も……。地味子は何かの手違いでシホが死んでしまうと思っているぞ。
お前がそう言ったんだろう?本当はお前がいじってコウタが死ぬ運命を作り上げたっていうのに地味子はあの少年が死ぬ方が正しいと思っている。すべてお前が作り上げた演劇が招いた事だろう。」
「それは言えないがわたしは人の生きる道を敷く神だからな。別に悪いことじゃないだろう?」
「ちょっと待て。」
運命神とマイの会話に無理やり入り込んだのはいままで状況を見ていたみー君だった。
「……?」
「人間の運命は生まれる前から決まる。昔はお前達がやっていたようだが今は人間の運命を管理できる神はいない。こういう問題が多数起こったからだ。
芸術神はこういうやつばかりだからな。今は人間の運命を勝手にいじるのも勝手に作るのも違法だ。俺はワイズからそれを聞いた事があるぞ。語括。」
みー君は仮面をつけ直し、冷たい声で語る。
「え?」
運命神が疑う目でみー君を見つめた。
「お前も地味子も現世に長く居すぎたせいで法が変わった事を知らないんだ。マイは知っていたはずだ。なんせ、お前の妹はワイズ軍にいるからな。絵括神ライが……な。」
「ふむ。妹がいるのはその通りだ。しかし、それはわたしも知らなかった。」
マイはしれっと言葉を発した。
「知らなかったのか?」
「ああ。」
みー君の問いかけにマイは一言そう言った。
「だが、これは違法行為だ。今の話を聞くとお前は自己目的で娘の方の人生を見たいと思ったと。これはいかんだろうが。」
みー君は仮面で表情がわからなかったが声のトーンは無機質だった。
「これはこれは扱いにくい神を選んでしまったな。こういう演劇も悪くない。」
「……。」
みー君とマイはじっとお互いを見つめ合っている。それを眺めながらサキはどうすればいいか考えていた。
……みー君はマイと交渉しているつもりなんだろう。みー君からしたらこの件、黙っててやるからあの二人の状態を元に戻せと言っている。マイは断固拒否している。
あたしがやる事は……なんだろう?
そう考えた時、サキはすでに走り出していた。
「!?おい!」
みー君が叫んだ気がしたがサキは気にせずに階段を駆け下りる。もう日は沈みはじめ、海辺の神社はオレンジ色に染まっていた。サキはただひたすら花火大会の会場に向かい走っていた。
……あたしがやれる事は何もない!
でも……みー君達を信じる事でやれる事はある!
もう準備を始めている屋台を通り過ぎ、場所取りをしている人々を通り過ぎ、サキはオレンジ色に染まる海岸であの二人を探した。
必死で探していると二人で寄り添って座っている影を見つけた。




