かわたれ時…2織姫と彦星の運16
「あっつい……。」
照りつける太陽にサキは思わず叫んでしまった。まだ七月なのにやたらと暑い。時間は午後二時くらいか。一番暑い時だ。
「で?結局、お前に一体何があったんだ?あの人間は巻き込まれただけだろう?」
みー君はさっそく運命神に質問をする。
「その通りだ。あんたも関係すると思うが……芸術神マイがやった事がはじめだ。」
「語括神か。芸術神、絵括神ライの姉。ライはワイズ側にいるが他はいないぜ。三姉妹だろ。確か。マイはこちらにはいない。」
「そうか。じゃあ、関係ないかもしれないな。……そのマイが人間の一生を管理しているんだけど気に入らない事が一カ所あったらしく、その修正に肆の世界でシミュレーションをした所、彼らに気づかれてしまったらしい。
それから修正がきかずダラダラと彼らに合せて時間の巻き戻しをしているってわけだ。ちなみに肆の世界と参の世界をいじっているだけなので現世である壱は関係がない。」
運命神は二人の反応を見る。サキはどうでもよさそうに辺りを見回しており、ちゃんと聞いているのはみー君しかいなかった。
「いまだに人間の一生を管理している語括がいるとはな。他の語括は今や演劇の神じゃないか。……じゃあ、今回の原因は参の世界を開いた龍神とマイという事だな。」
「そういう事。僕はそれを導いているだけだから今回は関係がないが……運命神失格だな。あの子達に情が移った。僕を信仰してくれた子達なんだ。だから助けたい。ただ、それだけ。」
運命神はすがるような目でサキとみー君を見つめていた。
「お前がそんなんでいいのかよ……。」
「今回はいいんだよ。」
運命神の瞳を見てみー君はふうとため息をついた。
刹那、サキ達の後ろから足音が静かに響いていた。
「ねえ……どういうこと?君さ、あの記憶が飛龍以外に漏れていないかの確認に行ったんじゃないの?」
サキ達ではない女の声がした。サキ達は後ろを振り向く。
「……?」
麦わら帽子にけん玉を持っている少女が静かに歩いて来ていた。
「ワイズの側近と太陽の姫君……君達は何をしにきたのかな。」
少女は表情なしにつぶやく。
「あんたは誰だい?」
サキの質問に少女は嫌な顔をした。
「誰でもいいよ。」
答えたくないのか少女はそっぽを向く。その様子を眺めながらみー君がぼそりとつぶやいた。
「……お前、龍神だな。」
みー君の言葉に少女は驚きの表情を作った。
「……。」
「お前からは龍神の匂いがする。東のワイズのとこにいる龍神と同じ匂いがする。図星だろ。」
「ちっ。しかたない。私のもとはヤモリ。家を守る神として祈られ生まれた。名前は家守龍神。元々、家を守るヤモリだった私は信仰で龍神の神格も手に入れた。人間と密接に関わっていたからかなぜか人間に見える。別に引きこもりではないよ。」
少女はふてくされたような顔でけん玉の技、秘龍のぼりけんを成功させた。
「そんな事はどうでもいいけどさ、あんたが原因の龍神なのかい?」
サキは龍神なのに地味だなと思いながら言葉を発した。
「原因って何?」
地味な少女が恐ろしい顔で睨んでくるのでサキは唾を飲み込むと口をつぐんだ。
それを横目で見たみー君は少女を睨みつけながらはっきりと言った。
「太陽の姫君はこう言っている。竜宮を勝手に動かしたのはお前だろうとな。」
「ち、違う。証拠はないでしょ。」
「証拠はないが……おそらく、お前の名は龍神達に知れ渡っていないだろう。だから天津も知らないんだ。飛龍は何か知ってそうだったが戻って問い詰めればお前の名が出てくるんじゃないか?」
みー君は少女をまっすぐ見つめる。
「いくら言っても意味ないよ。証拠はないんだからね。」
少女もみー君を睨みつける。そんな睨みあいを見つめながら運命神が覚悟を決めたように口を開いた。
「竜宮を動かしていたのはヤモリだよ。マイとヤモリがあの二人の運命を狂わせている。僕も困っているんだ。」
「なっ!君!黙っているって言ったじゃない!私がどうなるか君、わかっているはずだよ!」
運命神の発言で少女は顔色を変えた。
「ごめん。僕は裏切り者だ。」
運命神は少女の顔を見ずにつぶやいた。
「私、死刑だよ!死刑!オーナーがこんな事、許すわけないでしょ!私が龍神だって事すら皆知らないんだから君が言わなきゃバレないんだよ!今更そういう嫌がらせやめてくれない?私、あの時やだって言ったじゃない!君達が私を守るからって言ったから私は!」
少女はおとなしそうな外見とは裏腹、運命神に掴みかかった。
「だからあやまっているだろう。僕も一緒に死刑になってやるからさ。」
「勝手に決めないでよ!」
運命神は少女の顔をぼんやりと眺めていた。少女の顔は怒りで満ちていた。
「ちょっとちょっと、待ちなよ。死刑って……。」
サキは慌てて二人の間に割って入る。
「私は死にたくないの。君と一緒にしないでよ!無責任じゃない!」
サキが仲裁に入ったのだが少女と運命神の会話はまだ続いている。
「もともと、いけない領域だったんだから罰は喰らった方がいいよ。地味子。」
「地味子って言わないで!死ぬなら君だけ死になよ!私は絶対にイヤだよ!オーナーは私を絶対に許さない……。オーナーにバレたらおしまい……。おしまいなの!」
少女は何かぶつぶつつぶやき始めた。
「……そうだ。君達を全員消去してしまえば私の名が出る事はないね。」
やがて少女は一つの結論を導き出した。そして彼女はここで大凶の道を選んでしまった。
「なんだと?やってみろよ。」
少女のつぶやきにみー君が反応した。
「ちょっとみー君!これ、挑発したらやばいパターンだよ!あたしらが。」
サキが焦った声でみー君を止める。
刹那、どこからか強い風が吹き、サキ達を渦巻きはじめた。
「な、なんだ!?」
「私は死にたくないの。」
気がつくと少女の雰囲気がガラリと変わっていた。少女が目を見開き、こちらを睨みつけた。
その時何が起こったかはわからないが少女の意識がプツンと途切れた。少女はなぜか突然意識を失った。
轟々と風が渦巻き、ぐったりと倒れている少女を包み込む。
「おいおい……。な、なんだよ?」
鬼神であるみー君も突然の事に動揺していた。
「あれが来る……。」
運命神は覚悟を決めた顔でぼそりとつぶやいた。
「あ、あれって?」
サキはただならぬ気に怯え、みー君の影に隠れながら質問をする。
「見ていればわかる。あっちの彼女は龍神なら誰もが知っているはずだ。」
しばらくすると渦巻いていた風が消えた。少女がゆっくりと立ち上がる。
「!?」
サキは少女を見て驚いた。外見がまるで違う。別の神を見ているようだ。髪はピンク色のストレート。その頭部に龍のツノが生えており、青い瞳は冷たく暗く沈んでいる。服装もまったく違う。
シャツとスカートだった彼女の服装が前で合せる着物みたいなワンピースに変わっていた。
「おい……あいつは……。」
みー君は青い顔で少女を指差した。
「あんたも知ってたか。天御柱。」
「?」
サキはなんだかわからずみー君と運命神を交互に見ているだけだった。
「あいつは今や伝説と言われた龍神。一度竜宮に現れ、散々暴れて突然消えたというあの龍神。俺も知り合いの龍神に連れられて奴を見物した事がある。恐ろしい奴だったが……まさかあの娘が……。」
みー君は恐る恐る運命神に目を向けた。
「その通り。だが彼女はあの姿になっている時、意識はない。怒らせ、追い詰めるとあの姿になるらしい。僕が思うにヤモリが龍神の神格を得た時にヤモリの自分と龍神の自分がわかれてしまったのではないかと。」
「二重神格者って事か。」
みー君の言葉に運命神はこくりと頷いた。
「ちょ、ちょっとみー君、なんか襲ってくる気満々みたいなんだけどさ……。どうするんだい?」
やや呑気に会話をしている二人にサキが怯えた声を上げた。
「どうするって……どうしようか。」
みー君はガラリと変わってしまった少女を戸惑いながら見つめた。少女は無言、無表情でけん玉を水剣に変えると突進してきた。水の剣はどういう仕組みなのか鉄よりも硬そうだ。
「わああ!」
「サキ!」
少女はサキに襲いかかった。サキは太陽神の剣を出し、水の剣を受ける。
みー君はサキを少女から離すため、突風を起こしたが少女は剣を持っていない方の手から雷を発生させ、みー君が起こした突風をはねのけた。雷はそのままみー君を貫いた。
「痛ってぇ!」
みー君は大きく吹っ飛ばされたがすぐに起き上った。
「大丈夫か?天御柱。」
運命神がみー君の側に駆け寄ってきた。
「お前はなんかできないのか?あれ、かなり強いぜ。いたた……。」
「……一日二回までしか使えないけど神の運命なら少しいじれる能力はあるよ。」
運命神はまっすぐサキを見つめた。サキは怯えながら少女の攻撃を避けている。かなり危なげだ。
「ゲームの必殺技みたいだな!よし。とりあえず破壊が激しいのでこの神社に結界を張らせてもらう。」
みー君は薙ぎ払われた敷石をちらりと視界に入れながら鳥居に手を添えた。
みー君が手を添えた刹那、神社の空間は消え、ただの真っ白な空間になった。
「あんたはずいぶんと細かい結界をつくる事ができるんだな。これで僕の神社が破壊されなくて済む。鳥居に手を添えるだけで結界ができるなら僕も最初にやればよかったな。」
運命神は真っ白な空間を見上げながらみー君と言葉を交わした。
「これには高等な技術がいるんだ。俺あたりの神格を持ってないと辛いぜ。」
みー君はどこか誇らしげにふふんと笑った。
「ちょ!みー君!笑ってないで助けておくれ!」
気がつくとサキが悲鳴を上げていた。サキは雷を避け、水の剣を避け、暴風雨に吹っ飛ばされていた。
「すまん。今助ける。」
みー君は慌ててサキの元に駆け寄って行った。みー君は雷を鞭のように動かし、少女にぶつけた。同時に竜巻も発生させ、少女をサキから大きく離した。
「こんなんじゃ全然効かないか。」
みー君は無傷で立ち上がる少女を戸惑った目で見つめた。
「飛龍より……強いんじゃないかい?」
「強い。だが俺は女神を傷つけたくはない。本気は出せないな。」
「飛龍をボコボコにした神が何言ってんだい。」
「あれはゲームだっただろ。」
サキの視線に耐えられずみー君は下を向く。
二人がそんな会話をしている時、運命神は右目の眼帯をとっていた。右目は真っ白で瞳があるのかもわからない。
「……左は生命の運命。右は神、霊魂の運命……。神や霊魂は運命があるのかないのかはっきりしないために真っ白だ。その真っ白な目で二回だけ僕は神の運命を自分の思い通りに導く事ができる。」
二人に説明しようと声を発したのだが二人ともそれどころではないらしい。運命神は構わずに白い瞳でサキとみー君を視界に入れる。
……二回の内、一回はまだ残しておきたい。導くのであれば天御柱と太陽の姫君よりも地味子がいい。
地味子には負けてもらうレールを引き、二人には勝利してもらう。地味子には申し訳ないが彼女は元々この神社で大凶を引いた。しかたないという面で流してもらおう。
「地味子……!ごめん!」
運命神はそう叫ぶと右目を少女、地味子に合わせた。地味子の青い瞳が運命神の目と重なり、白く変わる。
「!?」
みー君とサキは地味子の微妙な違いに気がついた。
相変わらず暴れているが何かが変わったのは事実だ。
「……うっ……。」
運命神は低く呻いた。
……これは強い神が相手ほど自分に負担のかかる術……。
……正直きついな……。
運命神は重くのしかかる重圧に必死で耐えていた。その間、みー君とサキは地味子の攻撃を避けている。




