かわたれ時…2織姫と彦星の運10
シホとコウタは地元に戻っていた。今日は花火大会だがまだ午後三時だ。海辺が混雑してくるのはもうちょっと時間が経ってからだ。
二人は運命の神が祭られているという神社に来ていた。古くからある神社らしく、看板が錆びていてなんと書いてあるかも何神社なのかもよくわからない。
だがここは昔から運命神が祭られているとこの辺の人は誰もが知っていた。
「いつ来ても思うけどさ、ここ、サイコロがいつも社にお供えされてるんだよな。」
コウタが社前に置かれているサイコロを不思議そうに眺める。シホはコウタの話を聞きながらまったく別の事を思っていた。
……ここの神様が一体何をしてくれるっていうんだ……。コウタの大凶は変わっていないし、だいたいうちらはここの神が見えない。
……ねぇ、神様、これはうちへの罰かよ?うちが荒れていた時に色んな人に死ねって言ったから……だけどあれは口癖だったんだ。今は後悔している。
だからコウタの命を奪うのはやめて!
あれだろ……身を持ってわからせるためにうちの大切な人を死なすんだろ……。神様……お願いだよ。うちはもう……死ねなんて二度と使わないから……。
シホの頬から涙が流れた。泣くつもりはなかったが胸が苦しく、勝手に目から涙が出てきていた。
「シホ?」
コウタが心配そうにシホの肩に手を置いた。シホは涙をぬぐうとコウタに向き直った。
「おみくじ……やってみたらいいんじゃね?」
「……。」
シホの空元気にコウタは表情を消すと、そっとシホから目をそらした。
……いやあ、まいったねぇ……。まさか僕の神社に再び来るとは……。一回来て大凶を引いたのが最後だったが……。
シホとコウタのすぐそばの石段に、岡っ引きのような格好をした男が座っていた。髪は黄土色で短く、少年の風貌を残す顔つきとは裏腹、落ち着いた雰囲気を出しており、右目に眼帯をしている。
これもまた不思議な格好だ。赤い着物とズボン代わりにスキニ―を履いている。
……シホは演劇を繰り返す過程で死ねと言う言葉に罪悪感を覚えているんだね。
最初のシミュレーションの時は躊躇なくジャパゴ大会の実況している人に死ねと言ったのに、演劇を重ねるうちに言いはするもののどこか苦しそうだった。まあ、あそこでその言葉を発するのは演劇に入っていたから仕方ないけど……。
男はうーんと唸ると立ち上がった。
……やっぱり彼の運命は大凶だ。それは変わらない。そしてあのシホという娘の運は大吉だ。それも変わらない。彼が死に、シホという娘の方は運よく助かる……そういう運命だ。
コウタがおみくじの近くにある箱にお金を入れると、おみくじの箱に手を突っ込んでいた。
……馬鹿だな……何度やっても同じだ。お前が手を入れた瞬間にその箱の中のおみくじは全部大凶に変わっているよ。
最初取った所と違う所からおみくじを取っても変わらないんだ。お前の運命は大凶だ。色んな道から選ぶ一つの道は死だ。
……残酷なもんだな。色んな道を提示しておいて生きる者が行ける運命は一つだ。僕は奇跡を信じたいね。
男は顔が曇っているコウタのすぐそばで言葉を発していた。しかし、コウタには男の言葉も聞こえないし、姿すら見えていない。
「どうだった?ねえ!」
シホはコウタが見ているおみくじを覗き込んだ。
「うん……大凶。花火大会に行けば沈んでいた気持ちもいくらか和らぐでしょう……って。」
コウタは大凶が出た事にひどく落ち込んでいた。
「大丈夫だよ!……てことは、花火大会に行けばきっと運が上がるって事だろ!どうせ今日行くし、いいじゃん!」
「そうだな……。」
二人はお互い顔を見合うと笑い合った。
……これは前回来た時と同じ会話だな。だがお互いもうわかっているはず。最初の時と笑顔が全く違う。もう運命を知っている……悲しい笑顔。これは花火大会へ行けと導かれているだけさ。
……嘘は言っていない。沈んでいた気持ちは花火で和らぐ……それは間違いない。それをシホが勝手に『運が上がるだろう』って思ったみたいだがこちらはそんな事一言も言っていない。
……まあ、今となっちゃあ、シホは自分が言った言葉を悔やんで発している事だろう。
「あ、うちは大吉だってさ。あなたにはどんな事が起こっても必ず幸せが訪れます……だってさ。」
シホはコウタが大凶を引いた手前、なんだか居心地が悪かったが小さい声でコウタに報告した。
「お!大吉?凄いね!なんか俺達真逆だなあ。足したら真ん中くらいになりそうだ。俺の運も小吉くらいは上がっているといいなあ。」
「えー……やだよ。うちの運、コウタに持ってかれているって事じゃん?ふざけんなよ。」
「ちょっとくらいくれよ!この脇腹のあたりからとかさあ。」
「うわっ!脇腹突くんじゃねぇよ!大凶が移った!返す!」
二人はお互いを突き合い笑いあう。
……今見ると……僕も若干心が痛むな……。おみくじなんてこんなもんで良かったんだ。本気で信じたり、すがったりするもんじゃない。
彼らは最初、とても楽しそうにこんな会話をしていたんだ。今もまったくあの時と同じことをしているのに……感情が違いすぎる。おみくじにすがりついて二人とも心で泣いている……。
この二人は運命をもう知ってしまっている……。かわいそうだ。マイのせいだ……。マイのせいで……。何とかして救ってやりたい……。
……あの子達がときたまここへ来る事は知っていた。シホがこっそりコウタと付き合えますようにとか願っていた所も知っているし、コウタがシホを助けるために運を試しに来た事も……知っている。
この二人はよく僕の神社に運を試しに来た。
裏から見れば僕を信じてくれたって事だ。
助けてやりたい……でも僕は道を照らす事しかできない。もうそこらへんに立っている看板と一緒だ。
実際は何もできず……ただここで二人の運命を見守るだけ。
……そんなにこの二人の事を知ってもいないのになんでこんなにせつないのか。




