かわたれ時…2織姫と彦星の運9
「へ?」
サキは飛龍のすぐ後ろを見た。大きな画面が闘技場についており、その画面から先程サキ達がいた場所が映し出されていた。神々の注目が画面に集中している。
「あんたらの登場は人気アトラクションに火をつけたらしいな。ギャラリーが多い事。」
飛龍はまた豪快に笑った。
「……。これじゃあ、怯えてらんないじゃないかい……。」
サキはみー君の影からこそりと出、手から太陽神が持つ霊的武器、剣を出現させ、飛龍を睨みつけた。
「おい。サキ、まじで相手を殺そうと思うんじゃないぞ……。なんかお前、今すごい怖い。」
「え?」
みー君に言われサキは自分が言雨を発していた事に気がついた。言雨は息や声が重圧となって雨のように降り注ぐ事からこう呼ばれるようになったと言われている。
「お前、色々制御できてないもんな……。」
「うーん……。」
サキは自覚がなかった。唸りつつ飛龍を眺める。飛龍の目は爛々と輝いていた。この龍神は強い者と戦う事を趣味としているらしい。
「ルールは簡単だ。あたしのHPをゼロにすれば勝ち。逆にあんたらのHPがゼロになったら負け。ちなみに怪我してもバトルゲームが終われば元に戻るぜ。」
「怪我!?これのどこがカップルで楽しむゲームなんだい!怪我する時点でゲームじゃないじゃないかい!」
サキはまた顔色を悪くする。
「だから難易度があるんだろ?最上級クラスは戦闘趣味の神しかやらない難易度だから手加減しないぜ。ああ、西の奴らとかはかなり強いな。」
「高天原西はタケミカヅチ神率いる武の神が集うとこじゃないかい!そんな奴らと一緒にするんじゃないよ!」
サキは必死で叫んだが飛龍は楽しそうだ。
「ま、タケミカヅチ神が実際このゲームをしに来た事はないが……戦ったら負けそうだな。あたし。あれとは戦いたいとは思わない。うちのオーナーと戦っている所は見てみたいが。」
「そ、そんな事より……あ、あたしらは戦闘狂なんかじゃないから難易度を下げておくれ……。」
「はあ?何言ってんだよ。難易度の選択はさっきエレベーターにいた龍神の女が最上級に設定してたぜ。あんたらが望んだんだろ?」
「何言ってんだい!あたしらは難易度の選択なんてしてないよ!」
飛龍とサキは困惑した顔でお互いを見つめている。
「はあ……あの女にやられたな。あの女も龍神……龍神はだいたい勝負事とか好きで気性が荒い奴が多い。あの女は俺達を知っててわざと難易度を最上級にしやがったな。」
みー君のつぶやきにサキは涙目になってみー君に詰め寄った。
「どうすんのさ!怪我……怪我するって!」
「ま、まあ……死にはしないんだから……その……悪い……。何にも言う事が思い浮かばない。もしかしたら最高級の対応ってここでもそうなのか……?」
「そんなの嬉しくない!」
サキが涙目でみー君の頬をつねる。
「じゃあ、はじめようか。」
飛龍がにこりと笑った刹那、もうその場に飛龍はいなかった。サキは慌てて神々の正装である着物に着替える。
着物は手を横に広げるだけで着替える事ができる霊的着物だ。動きやすく軽い。故、オシャレをする神以外は皆、だいたいがこの着物を着ている。
着替えた瞬間、すぐ後ろに飛龍が現れた。すぐさまみー君がサキをひっぱり飛龍から離れる。
「さすが。」
飛龍は拳を突き立てたままニコニコと笑っていた。
「風を使ってはやく動いてるのか。」
「はやいー!見えないよ!みー君!死ぬ!」
「しっかりしろよー……。死んでねえから。」
みー君は呆れながらサキから手を離す。サキは額に汗をかきながら剣を構える。サキが剣を構えた理由はもちろん、ギャラリーに弱い所を見せないためだ。
横から風がうなる音が聞こえる。サキはかろうじて後ろに下がった。飛龍の足が目の前で止まっている。
「ひい……。」
サキは青い顔で顔の真横で止まっている足先を凝視していた。頬から生温かいものがつたっている。恐る恐る手を顔に伸ばすと赤い液体が手についた。
「……っ!血!」
サキの頬が飛龍の巻き起こした風で切れていた。それを確認している最中、みー君がまたもサキを引っ張り遠くに飛ぶ。
「おい。大丈夫か?」
「血……顔から血!うあーん!治るかな……傷になったらやだよ……。」
みー君は自分が誘っている分気まずかった。そしてサキを傷つけてしまった事に罪悪感を覚えていた。
サキになんと声をかけてやればいいかよくわからず、サキの顔と後ろのモニターを交互に見るくらいしかできなかった。ギャラリーが騒ぐ声だけが耳障りだ。気がつくと飛龍はもう目の前にいなかった。
みー君はとりあえずサキを励ます事にした。
「え……えー……あれだ。サキ……頑張ろう!」
「ふっざけんじゃないよ!この……!」
みー君が苦し紛れに放った言葉はサキをさらに激怒させていた。
「……たく、あの女、なんで俺を狙ってこない!」
みー君が目で飛龍を追うが、飛龍がどこにいるかよくわからない。またすぐ横で風を斬る音がした。
「ちっ……サキ!右だ!」
「みー君、ちゃんと聞いているかい?あたしはもうやだって言ってんだよ!」
サキはたまたまか飛龍の右からの攻撃を軽くかわした。みー君は驚いて目を丸くした。
「え……えー……聞いている。聞いてるぞ。もう嫌なんだな?うん。わかってる。サキ!左から……。」
「聞いてないじゃないかい!あたしは怒っているんだよ!さっきからどこ見てんだい!」
サキはみー君をまっすぐ見据えながら飛龍の左からの攻撃を軽くかわした。
……ま、待てよ……サキのやつ……怯えていなければかなりの……
「みー君?なんて顔してんだい!あんたが誘ったんだから何とかしてよ!」
サキはまたも飛龍の攻撃を軽くかわした。
「……お前……一人でなんとかできるんじゃないか?」
みー君が放った不意のこの発言でサキの怒りは最大級になった。
「何言ってんだい!あんたがなんとかしてよ!なんであたしが一人で戦わないといけないんだい!あたしはか弱い乙女だよ!もう!いい加減にしてよ!あーイライラする!」
サキは怯えるみー君をよそに飛龍の攻撃をさらりと受け流している。
「最近の男はこんなのばっかりだよ!何が草食系男子だよ!ふざけんな!そんなんだから女の子が寄ってこないんだ!ヒイヒイヘタレこんじゃってさ!」
「えー……そ、そうだな……。まったくその通りだ。だがお前の好きなジャパゴの天御柱は完全なる草食系じゃねぇのか?主人公に助けを求めてばかりじゃないか……。『僕には無理だよぉ』が有名なセリフだし……。」
サキはみー君の話をまったく聞かずにただ暴走している。飛龍の攻撃はまったく当たらない。
「もっとこう俺が守ってやるビシーッとか!これが終わったらお前の相手をしてやるとかカッコいいセリフを吐けないのかい!ええ?」
「お前……ワイルド系の男が好きなんだな……。じゃあ、なんでジャパゴキャラでそういうワイルド系の男にいかなかったんだ。なんでヘタレキャラがお気に入りなんだか……。……わかった!いいから少し落ち着け。」
「そうだよ!あたしはね、肉食系のライオンよりもね、切っても切れないプラナリア系男子の方が好きなんだよ!」
サキはまったくみー君の話を聞いておらず、勝手に舞い上がり突然身体中から炎をまき散らした。
「う、うおわあ!火!ぷ、プラナリア系男子ってなんだよ!肉食系のにの字もないじゃねぇか!」
「プラナリアをなめるんじゃないよ!エビとかにひっついてじわじわと食べていくんだよ!完全な肉食!そして何度駆除されてもしつこく立ち上がる!住んでいる石を天日干しされようが薬品づけにされようが切られようが分裂し、誰にも見つからないようにしつこく生きる!」
「完全な陰湿系だな……。なんでそんなにプラナリアに詳しんだよ……。」
サキの炎は増し、円を描いて高く燃え上がっている。みー君はなんとかサキを落ち着かせようしていた。その時、みー君はなんだか嫌な予感がし、咄嗟に上を向いた。
「……っいい!」
みー君とサキの前に大きな翼を持った赤い龍がそびえ立っていた。
「ええええ!?な、なんだい!あれ!いきなり……ひいいいい!みーくぅん……。」
サキは龍を見たとたん、怒りの感情は消え、小動物のように目を潤ませ、体を震わせていた。
「お、落ち着け!あれは飛龍だ。お前もさっきテレビ画面で見ただろうが。って、飛龍……お前はなんでそんなにやる気なんだよ……。」
みー君は飛龍に向かい叫んだ。龍になった飛龍は口から火を漏らしながら笑っていた。
『ああ、最難関の難易度だからな。あと……お前らにあの記憶は見せたくないんだ。』
「!?」
サキとみー君の困惑した顔を眺めながら飛龍はまた豪快に笑った。
『あたしも色々背負ってんだ。おとなしく負けろ。』
飛龍はそう一言叫ぶとサキとみー君に向かい火を放った。




