流れ時…1ロスト・クロッカー11
三人はガヤガヤとうるさい場所に立っていた。
うなぎを焼いている香りやかんざしを挿した女が談笑している声などがしている。
あちらこちらの飯屋が客を呼んでおりとても活気だっているところだった。
近くに歌舞伎座があるのか髷を結った人々が坂田藤十郎や市川団十郎など歌舞伎役者の会話をしながら通り過ぎて行く。
瓦屋根が連なり、たくさんの旅籠が立っていた。
「ここ……どこ?」
「江戸だ。時代はわからないけど江戸だよ。」
未来神プラズマはあたりをきょろきょろしながらアヤの質問に答えた。
過去神栄次は何も語らず、遊女の話で盛り上がっている男達を怪訝な顔で見つめていた。
「昼間から女の話か……下品な奴らだ。」
「ん?遊女か。だが吉原ではなさそうだね。」
「遊女?吉原?」
アヤの顔がみるみる赤くなっていく。
遊女ってあれじゃない……水商売じゃない……
吉原って言ったら岡場所(色町)……
じゃ……じゃあ、あの男の人達は……
「アヤ、大丈夫か?」
「え?あ……え?」
違う事を考えていたアヤはいきなり栄次に声をかけられ、言葉が出ないほど驚いた。
栄次は眉を寄せてアヤを見た後、プラズマに目を向ける。
「つまり、吉原っていうのは高い金で女を抱かせる場所という事か。」
「まあ、そういう事かな。花魁は手の届かないところにいるけどな。」
二人の会話を聞いてまたアヤは顔が赤くなっていくのを感じた。
「あんまり……女を抱くとか花魁とか言わないで。」
「……ああ、ごめん。女の子からしたらあまり気持ちの良い言葉じゃないよな。」
「……。声に出さないよう気を付ける。」
プラズマは少しにやけ顔で、栄次は真面目な顔でそれぞれアヤにあやまった。
なんだか気まずい雰囲気が流れたのでアヤは話題を変える事にした。
「で、ここは何年のどこ?」
「年代はわからないけど……たぶんここは内藤新宿。」
プラズマは首をかしげながらつぶやいた。
内藤新宿が開設したのは一六九七年(元禄十年)頃である。
開設して二十年足らずで幕府から廃止されたが一七七二年(明和九年)頃に再開している。
遊女を置くことは禁止されていたが飯盛女に遊女まがいの事をやらせていたらしい。
つまり歓楽街である。
「内藤新宿か……今の新宿よね?」
アヤが改めて現在の新宿の元を眺めていると旅装をした過去神をみつけた。
笠をかぶり、旅の物が入っていると思われる箱を下げている。
「過去神!」
「え?」
「まずい!」
なんだかわかっていないプラズマをひっぱりアヤと栄次は近くにあった旅籠と旅籠の狭い路地に隠れた。
「あれ?いま、過去神……いた?なんで過去神がいるんだ?女目当てってわけでもなさそうだけど……。」
「旅装しているって事は旅してきたって事。彼はたまたま内藤新宿に寄っただけね。」
「待て……。」
栄次の表情が急に変わったので二人は慌てて旅装姿の過去神に目をむける。
「!」
となりには例のフードの男がいた。
また何か話している。
「女の子…………」
「アヤ…………知っているぞ……。」
「なんだって!歴史が……った。」
「……。」
「わかった……。彼女が……した事で…………したんだ……。だから……は…………にきたんだ。のちに…………来る……。」
またも話がとぎれとぎれに聞こえ、黒フードは人ごみの中へ消えて行った。
追いかける暇もなかった。
黒フードは過去神から背を向けた途端、消えてしまったのだ。
「消えた……。どこに行ったの?」
アヤは焦って探したが見つからなかった。
現れたのもいきなりすぎた。
三人は捕まえるどころではない状況だった。
「見失ったのか?消えたのか?なんなんだ?」
「なんにしても……捕まえられなかった!」
「また捕まえそこねたけど何話していたかはわかるんじゃないか?」
旅装姿の過去神はそのまま、内藤新宿を歩きはじめた。
「俺、聞いてくる。」
プラズマが旅装姿の過去神を追うべく路地を出て行ってしまったが一人で行かせるのは不安だったのでアヤもついて行くことにした。
「俺もついて行く。この時代の俺に見えないようにつけるから安心して先に行け。」
アヤは栄次をちらりと見た後、さっさと走り去ってしまったプラズマを追うために走り出した。
旅装姿の過去神は内藤新宿を抜けた所にある叢で足を止めた。
「先程から俺をつけている者……出て来い。ここなら人気も少ない。俺に用があるのだろう?出てきた方が身のためだぞ。」
つけていたのはバレバレだったようだ。
別段隠れる必要もなかったのでプラズマとアヤは過去神のもとへと出て行った。
「アヤ……。」
過去神の顔が曇った。
「あなた、さっき誰と話していたの……?」
「そういう事か……。」
過去神はアヤを睨みながらうなずくと刀に手をかけた。
「うわっ!やばい!」
プラズマは咄嗟に銃を出して殺気立ってこちらに向かって来る過去神を撃った。
弾は過去神の頬をかすれて飛んで行った。
しかし過去神は顔色変えずこちらに向かって来る。
「銃みてなんも思わないのかよ!」
頬から流れ出る血も拭き取らず焦っているプラズマのもとへと容赦なく走ってくる。
「話ができる状態じゃないわ。逃げましょう。」
また自分を殺そうとしている。
アヤは直感で感じ取った。
私って……なんなの?
この世にいちゃいけないの?
違う!
私は私!
殺される理由なんてない!
そう考えたらなんだかイライラしてきた。
逃げようと思ったがやめた。
「白金栄次!私が何したって言うの?言ってみなさい!」
過去神は歩みを止めた。
「お前は……後に……時を壊す……。新撰組なるものをつくる……。」
「何言ってるの?新撰組はもとから存在しているわ!私がなんで……」
そこまで言いかけてプラズマに抱えられた。
「な、何するのよ!今、話しているの!」
「ダメだ!このままじゃ殺される!俺、あいつに勝てる自信ない!」
そう言うとプラズマはアヤが何か言う前に走り始めた。
過去神の気が後から風の如く吹き抜ける。
追いかけてきている……。
「こえええええ!」
プラズマは叫びながら必死で駆けた。
「ぐっ!」
突然後ろで呻きのようなものが聞こえたと同時に風が吹いた。
「うわあ!」
急に横で気を感じたプラズマは驚いて転びそうになった。
すぐ横に過去神が走っていた。
プラズマが過去神から離れようと違う方向へ向いたら声が飛んできた。
「俺だ。過去神だ。」
「みりゃあわかる!な、何時代のだよ!」
「お前らと時渡りした方だ。」
過去神、栄次は鋭い目をさらに鋭くしてこちらを向いている。
「ああ……よかった……死ぬかと思った……。」
「待って!あなた出てきて大丈夫なの?」
プラズマに抱えられてむすっとしていたアヤは栄次にむかって叫んだ。
「案ずるな。」
栄次はそれだけ言うと後ろを見るよう促した。
二人は恐る恐る振り向くと目を着物の袖でこすっている過去神が目に入った。
「砂をかけて目を封じた。」
「レトロだけど助かった!」
二人は目を前に戻し走り始めた。
「誰だ……俺の邪魔をする者は……この気……俺か……?」
砂をかけられた過去神は手で目を覆いながら気配を探す。
「おい、気づかれそうだぞ……。」
プラズマが小さい声で栄次に話しかけた。
が、栄次はもうすでにその場にいなかった。
「あいつ……頭いいな……。」
栄次は自分だと気づかれそうになった瞬間に気配を消してどこかへ行ったらしい。
プラズマは何事もなかったかのように足を速めた。




