かわたれ時…2織姫と彦星の運7
サキとみー君はオーナーの部屋から出た後、付き添いのカメに連れられて龍神達の住まいからレジャー施設の竜宮へ入った。
龍神達の住まいはホテルのように廊下を挟んで部屋があった。物音ひとつなくほとんどの龍神が部屋にいないようだった。
その静かな廊下を歩き、ここが何階かわからないが近くにあった階段を降りた。下の階を見ると上の階と同じように沢山の部屋があった。カメはまた階段を降りて行く。サキ達は無言でついていった。
それをいくらか繰り返し、サキは先程いた所が六階であった事を知った。エレベーターはないのかとぼんやり思っていたら一階に到達した。
そこにはまだ龍神以外の神はおらず、とても静かだった。カメに連れられ、大きなホールを抜け、だんだんときれいになってくる廊下を渡った時、サキ達の視界がいきなり開けた。
「!」
今まで静かだった竜宮が真逆の反応を見せていた。様々な神が亀達の舞を見ながら笑いあい、拍手をしている。お酒も飲んでいるようだ。こじんまりとしたステージで人型になった亀が楽しそうに踊っている。どうやらここは宴会席のようだ。
「昼間から宴会とは……な。」
みー君はやれやれとため息をついた。案内していたカメは丁寧にお辞儀をすると「お楽しみください」とひとこと言い、龍神達の住まいの方へと帰って行った。
「さて、みー君……どうする?」
サキはこれからどうするべきか一応みー君の意見を求めた。
「俺に聞くな……。俺達は無期限でここにいないといけないのか?」
みー君は頭をポリポリとかきながらお面を頭の上にあげた。みー君の声の調子はもとに戻っている。
「そうなるんじゃないかね。」
「お前はどうしたいんだ?これから。」
「あたしはここから抜け出して竜宮を使った犯神を見つけたいね。そして天津に貸しを作る。龍神よりも先にあたしがこの件を解決する。そうすれば太陽への援助交渉がうまくいきそうだからね。」
サキは決意のこもった目でみー君を見上げた。みー君は呆れた顔をしていた。
「お前な……。一つ言っておくが……もうすでに俺達は天津から借りちまっているぞ。」
「ええ?なんでだい?」
サキは驚き、声が大きくなってしまったが幸い誰の目にも留まらなかった。
「いいか。あいつの話だと俺達は何度も同じことをやっていたとの事だ。あのまま、ジャパゴ祭を何度も繰り返していたら俺達はずっと敵の術にハマっていた事になる。天津は俺達を探し出し、よくわからんループから助けた。
おそらくあいつも貸しを相手に作るのが嫌なのだろうな。俺達が独自に動き、竜宮関連で問題が起きている事をつきとめ、解決してしまったら天津は俺達に感謝せざる得なくなる。だから、あいつは俺達をここに留めて竜宮関連で問題が起きている事を話し、あたかも俺達を救ったかのようにしたんだ。」
「じゃ、じゃあ、もうここから出られないじゃないかい。助けられといて逃げ出す形になっちゃうし、犯神を見つけて捕まえても勝手に抜け出した事を咎められるじゃないかい。」
「そういう事だ。あいつは慎重な男でまわりが良く見えている。あいつに貸しを作るのはかなり大変だぜ。それとあいつは竜宮の管理不足を謝罪し、俺達に最高級の対応をしてくれると言った。助けられた上に最高級の対応……こちらとしては文句はない。」
「た……たしかに……。」
サキはみー君の言葉に肩を落とした。
「だから、ここは貸し借りなんて言ってないでせっかくの竜宮を満喫する事だけ考えようぜ。滅多に来ないしな。」
「そ、そうだねぇ……。」
みー君は楽しそうに笑っていたがサキの表情は暗かった。
オーナーは広い事務室の椅子に座り電話をかけていた。
『はい。こちら龍河龍神。ツアーコンダクターだ。』
「龍、ここに太陽の姫君とワイズの側近が来ている。外に出ないように見張っていろ。そして上辺は客神として最高に親切な対応で頼む。」
電話の向こうにいるのは男の龍神らしい。
『オーナー直々の電話なんて珍しいな。あ、ちなみ、俺様はいつも親切な対応だぜ。……そんで今日は客が多いんで仕事優先になっちまうが、まあ、いたら監視しとく。』
「……頼む。」
オーナーはそこで電話を切った。広い事務室を見回し、ふうとため息をつくと他の龍神に電話をかけはじめた。
「みー君、ここは海の中なんだよねぇ?」
サキとみー君は宴会場を後にして高級感あふれるデザインの階段を降りていた。
「海の中ではないな。正確に言えば海の下だ。」
「海の下?」
サキの不思議そうな顔を見てみー君はそんな事も知らなかったのかと言いたそうな顔で続きを話しだした。
「この竜宮は上の海とは別空間でおまけに高天原でもない。高天原は上の海まで。ここはまったく違う空間だ。言うなれば現世と高天原みたいなもんだ。まあ、よくわからんが俺は参の世界にこの竜宮が入り込んでいるんじゃないかと思っているわけだが……。」
「じゃあ、高天原南の方にあるってだけで竜宮は竜宮なのかい?」
「そういう事だな。」
二人は階段を降り切り、全面ガラス張りの廊下を歩く。窓の外は遊園地のようだった。観覧車があり、ジェットコースターがあり、中にはよくわからないものもあるが神がうじゃうじゃとひしめきあっていた。上を見ると海の感じはなく、普通の青空だ。
「なんだか現世の遊園地と一緒じゃないかい。」
「まあ、神用だからそれなりに激しいがな。」
二人はどこへ向かうか決めていないままガラス張りの廊下をただ歩く。すれ違う龍神、亀は皆二人に丁寧にお辞儀をし、パンフレットを渡し、飲み物をくれ、色々してくれた。
「……気持ち悪いくらい良い対応だねぇ……。」
「……だな……。」
二人はよく冷えたアイスグリーンティが入っているコップに口をつけながら長い廊下を渡った。
中身を飲み終わった直後に素早く通りすがりの亀がコップを受け取り去って行く。
「凄いうまい緑茶だったねぇ……。みー君……。」
「……だな。」
二人は戸惑いながら廊下を抜けた。
「ん?」
廊下を抜けた先は何かのアトラクションか近未来な感じで作られた広い空間だった。みー君はパンフレットを広げ位置を確認する。
「みー君、ここ、みー君がやりたがってたゲームじゃないかい?」
「そうみたいだ。」
サキは説明とアトラクション名に目を向けた。
……ドラゴンクワトロ……
アトラクション名は間違いなくそう書いてあった。
「ドラゴンクワトロ……。RPGか?なんか色々危ない橋渡ってんな……これ。国民的RPGのパクリじゃねぇのかよ……。」
みー君はぼそぼそとつぶやきながら説明を読む。
「ふむ……。二人一組でゲームの世界に入れる。絆が深まるアクションゲーム。……って……ん?アクションゲームかよ!てっきりRPGかと思ったぜ。しかもこの説明じゃ全然わからん。」
「ねえ、みー君、これ、二人一組って書いてあるんだけどさ……まさかあたし巻き込もうとか考えてないよねぇ……?」
サキは恐る恐るみー君を見上げる。みー君はにんまりと笑って大きく頷いた。
「当たり前だろ。二人一組って書いてあるじゃないか。」
「みみみ……みー君、これアクションゲームだよ?しかも実際にあたしらが入るんだろう?あたし、戦闘に自信がないんだけどさ。」
「大丈夫だ。お前は俺が守ってやる。」
本当だったらキュンときそうな言葉だがサキには絶望的な言葉に聞こえた。
中に入り、あたりをよく見まわすとこのアトラクションに並んでいるのは男女のカップルばかりだった。なんだかよくわからないが腕を組んだり手を握ったり初々しさが目立つ。男二人で来たらしい神は肩身が狭そうに隅っこに立っている。
「なんでこんなにカップルばっかりなんだ?」
「知らないよ。カップルに人気のゲームなんじゃないかい?」
二人は若干戸惑いつつ、最後尾に並ぶ。するとすぐ前にいたカップルの話し声が聞こえた。
「なんか今、カップルフェアやっているのって竜宮に変な記憶がたまっているからなんですって。しかも飛龍がいるこのアトラクションにだけその記憶が見れるとか。」
「レアなんだなあ。てか、カップルフェアやっているからこんなにカップルが多いのか。」
男女はそっと声をひそめる。
「そう。で、しかもその記憶……人間の恋人同士の記憶らしいんだけど、飛龍に勝ったらエンディングとして特別に見れるんだって。そんでね、けっこう切なくてかわいそうなんだって。泣いたらなぐさめてね。」
「何言ってんだよ。」
男女のカップルは無駄にいちゃいちゃし始めた。サキは鬱陶しいなと思いながら二人の会話が気になっていた。
「みー君……今の話……聞いたかい?なんか事件のかおりがするね。」
「ああ。竜宮のここだけに人間の記憶が入り込んでいるとな……。そしてカップルフェアなんてものをやっている所からするとその記憶で飛龍がカップルを対象にアトラクションをアレンジしたと考えるのが一番だな。」
「飛龍って誰だい?」
「ああ、無茶苦茶強い女の龍神だ。雷や風、炎といった攻撃にもってこいの神格を持ったやつだが神格自体が高いわけじゃない。ただ、単純に戦闘の技術にたけたものを持っているだけだ。名前はたしか……飛龍流女神。」
「ああ、そう言えば思い出した。実際には見た事ないけど、一度その飛龍とかいう龍神と対峙したあたしの友神が凄まじかったって言っていたから相当やばい奴なんだろうねぇ……。」
「かなり神の中では有名神だな。まあ、竜宮にこもりっきりだから実際に会った事ないやつのが多いけどな。」
「そんでここに来ればいつでも会えるって事だね。」
「そういう事だな。」
サキは戸惑いながらあたりを見回す。アクションゲームの前に少しでも飛龍を見ておきたかったが神が多すぎてよくわからない。
「あ……輝照姫様、天御柱様……。アトラクションにお並びで?」
ふと男の声がサキとみー君を呼んだ。




