かわたれ時…2織姫と彦星の運4
七月七日午前十時。
「うわあ……凄い沢山人いないかい?」
サキはあたりを見回しため息をついた。そしてそっと隣に佇むみー君を見上げる。
「ああ……けっこういるのな。ジャパゴ好きな女子は……。」
みー君とサキが楽しそうに話している横でシホとコウタは人に飲まれていた。
「すっごい人だな……。これ。」
「コウタ、迷子になるなよ。」
シホはコウタの手を引きゲーム大会へ向かう。シホの目的は七夕限定版である天若日子神のオリジナルグッズだ。ネットで調べてこのゲーム大会の賞品だという事を知った。
「若ちゃんのグッズ手に入れたら他のブースはいいや。若ちゃん以外興味ないし。あ、そうだ!まだ十時だし、ゲーム大会終わったら花火見に行こうぜ!」
「シホ……言葉遣い!」
コウタはぴしゃりとシホに言い放った。
「あ……えっと……ゲーム大会終わったら花火見に行こうよ。」
シホは怒るコウタに怯えながらボソボソと言い直す。コウタは満足そうに頷き会話を進めた。
「今日は地元の花火大会だったな。せっかく東京まで出てきたのにゲーム大会だけ出て帰るのか?他に東京観光しなくていいの?まあ、花火はみたいけど。」
「コウタは毎年花火楽しみにしてるじゃん?今日は付き合ってもらったし、ちゃんと場所取りして見よう!」
シホは元気よくコウタに笑いかけた。
「そうだな。いままでけっこう立ち見とか多かったもんな。よし、今回はちゃんと場所取りしよう。その方がムードもでるしね……。」
コウタがシホに優しく微笑む。シホは顔を真っ赤にして下を向いた。
「な、何言ってんだ!からかうんじゃねぇよ。あ……」
「今の言葉遣いはかわいいから許す。」
二人は楽しそうに笑い合った。どことなくまわりにいた人が退いていたが二人には関係がなかった。
最初演じたセリフ、最初演じた表情……何度繰り返してもこれは変わる事はない。
「人には覚えている事と覚えていない事がある。」
短い金髪に鋭い目、白い着物を着ている芸術神マイはつぶやく。
「うん……。」
マイの横に座っていた地味子はけん玉の技、たけとんぼをしながらマイの話を聞いていた。ここはジャパゴ祭の開催地からそんなに離れていない神社。二人は階段部分に腰かけている。
「覚えている事は自分が主役である所だけ。わき役だと無意識に感じた瞬間にその記憶は残らない。明らかに主役の人間がいる場合、それを見て『すごいなあ』とか思っている自分が主役になる。
人間の世界は演劇と一緒。人生はその人の物語。ここにいる運命の神の役目はその劇が脱線しないように見守る事。助言としておみくじがある。人間がそこから先の未来を予想できるように。」
マイはまだ早いだろうセミの鳴き声がする中、涼しげに話す。地味子はけん玉の技、つばめがえしを危なげに成功させていた。
「面白い事に人間はゲームというものを作った。特にロールプレイングと言われるもの。主人公をプログラム通りに動かし、何度やっても同じ結末にたどり着く。我々がやっている事と同じ事を皮肉るように人間がやりはじめた。
未来は沢山あると人間は言う。しかし、人間は一つの結末しか見る事ができない。ゲームで例えるとプログラミングをされているからだ。運命とはそういう事だ。だから何度やり直しても記憶に残る部分、つまり自分が主人公であると認識している部分はセリフを変えようと動いても無意味。主人公として劇をしなければならない。」
「うん……。てゆか、それ、私に言わせるの……?長いんだけど……。」
地味子はほとんど聞き流しながらけん玉でやじろべえとめけんに挑戦していた。マイは困った顔で地味子を見た。
「そう言う感じの事を伝えてほしいって言った。」
「無理。」
地味子はマイに即答した。マイは頭を抱えて唸った。
「まあ、いい。シホとコウタは薄々わかってきているようだ。……そろそろゲームで例えるならバグが発生する頃。いや、今までがバグか。そろそろゲームが正常に戻る。」
「ゲームでの表現はやめた方がいいんじゃない………。」
「人間に親しみやすくいうならこれが一番いい。特にこの辺をうろつくやつらには。」
マイは真夏の太陽を眩しそうに見上げる。
「シホはなかなか思い通りにいかないわね……。私達はシホとコウタ君の部分を元に戻そうと必死だけど……。」
地味子がぶっきらぼうにつぶやいた。いままで成功していたけん玉が初めて外れた。
「あきらめれば変わるかとも思ったが変わらない。あの部分の修正のためだけに竜宮使って何度も巻き戻してシホにも協力している形になっているが……困った。
コウタはあそこで死なないといけない。それが彼の最終章であり、シホの……彼女の続章に繋がる。なんとしてもコウタをあの事故に巻き込まないと……。」
マイは額の汗をぬぐいながら真剣な顔で膝に目を落とす。
「その言葉何回か聞いたけど……全部失敗しているんじゃないの?」
地味子はまたけん玉を器用に動かしている。難易度の高い、つるし飛行機に挑戦中だ。額に汗をかきながらも玉からけんをうまく突き刺す事に成功していた。
「っち……。何度シミュレーションしてもシホが死ぬ!コウタをかばって死ぬ……。そこから先のコウタの章は真っ暗で何もないっていうのに。」
マイはいらだちながら立ち上がると神社の階段を降りて行った。
「未来である肆の世界でシミュレーションか……。」
地味子はけん玉の剣先に球を刺す、とめけんを軽々とやってみせた。
この世界は主に六つの世界でできている。
壱は現世、弐は妄想や夢と言った心の世界、幽霊もこの世界に住んでいる。
参は過去の世界。肆は未来の世界。伍は解明されていない。
陸は壱の世界つまり現世と反転している世界。基本同じ世界だが昼夜が逆転している。この六つである。
壱と参と肆は三直線である。
つまり、平成で例えると平成を過去と考える世界が参、平成を未来と考える世界が肆、そして今が平成だと考える世界が壱。平成だけでも三つの世界が存在する。
芸術神マイは未来である肆の世界で人を操りシミュレーションをする事ができる力を持つ。
しばらくけん玉で遊んでいた地味子にふと声がかかった。
「なるほど。マイも大変なんだね。だがあんたも大変だねぇ。そんなに竜宮を何度も使って龍神から怒られない?」
「問題なし……。気がつかれないし……。地味だし……。」
地味子はぼそりとつぶやく。声の主は楽しそうに笑った。声の主は男性のようだ。
「そうか。地味子だもんな!」
「何か嬉しくない……締めるよ。君。」
地味子が鋭い声を発する。
「ああ、あんたを怒らせると意味わかんなくなるらしいな。だから怒んないでね。」
「意味わかんなくなるかどうかはわからないけど……確かに意識が曖昧になる。」
地味子は無表情のまま、けん玉の技であるうずしお灯台に挑戦していたが残念ながら玉の上にけんは乗らなかった。
「しっかし、人生のバグか……。まあ、人間に巻き戻している事を知られている時点ですでにバグ。マイ風にゲームで例えると制作段階でもうぶっ壊れている。おまけにストーリーの破たんに気がつかないままコウタ君とやらの最終章まで行ってしまうとは……運命の神である僕もビックリだ。」
どうやら男はこの神社の祭神らしい。人からすれば占う、神から言わせれば未来を知るヒントを与える運命神。彼はこの神社に来る者達に未来を知るヒント渡し、やる事を示唆し、その人の人生が脱線しないように見守るのが仕事である。
「だから……ゲームで表現はいい気分しない……。それにマイはただの演劇の芸術神……未来である肆の世界を少しいじれる程度の力しかない……。つまりシミュレーションしかできない……。
竜宮あってはじめて巻き戻しができる……。竜宮は過去である参の世界を出す事ができる……。現代である壱の世界の時間を不変にするにはマイが出す肆の世界と竜宮が出す参の世界、そして人間の想像物である竜宮が出す架空感、マイが行う演劇、これがそろってはじめて巻き戻しができる。
巻き戻すと言っても……現代である壱の世界を巻き戻しているのではなく、壱の世界を一端とめて壱ではない別の所で架空に巻き戻してシミュレーションをしているだけ……。だから時間にうるさい時神も干渉して来ない……。壱の世界をいじっているわけじゃないからね……。」
地味子は長々と覚えたてのセリフを話す。これはマイに説明用に覚えさせられたものだ。
「長い説明なんかよくわからないよ。つまり妄想とか心関係の世界である弐なのかよ?」
運命神は声だけで地味子と会話をしている。今、この神社に運命神はいないようだ。どこか違う所からテレパシーで会話をしているらしい。
「肆の世界の弐の世界……ね。つまり未来での弐の世界。」
地味子はけん玉の技、秘龍のぼりけんを軽々と行いながらつぶやく。
「なるほど。」
「普通なら……一回シミュレーションして本番って感じだから運命を人間に知られる事はないはずだけど……シホとコウタ君はイレギュラー……。
だいたいほっときゃあいいのに少しのズレを見つけたってマイが言って竜宮を使って巻き戻してシミュレーションしなおした結果がこれ……。
二人に気がつかれて修正がきかなくなった……。別に人間は考えて動く生き物なんだから……きっちり管理しなくてもいいと思うんだけど……。」
「マイは真面目なのか楽しんでいるのかわからないけどさ、自分が担当したものはきっちりやるよな。他の語括神はてきとーな奴もいるけどな。
最近じゃあ、人間の運命設計をすっぽかして自分でなんか演劇の台本を作ってそれを人間に劇としてやらせているらしい。つまり演劇のアイディアを人間に売って信仰を得ていると……。リアルな運命設計よりも人間が劇団ひきつれて面白おかしく劇場で演劇している姿を見るのが好きなんたってさ。
それくらいでいいんじゃないかって僕は思う。マイは固すぎる。人間の運命をガチガチに固めすぎている。ある程度放っておいても運命が変わっても実際、たいして壱に被害があるわけじゃない。」
運命神はため息交じりに声を発する。地味子はその声を聞き流しながらギラギラと照らしてくる太陽を眩しそうに見つめた。
「で?今、君は……どこにいるの……?」
地味子は太陽から目を逸らすと立ち上がり日陰に移動した。
「ん?僕は神社の本社にいるけど。分社じゃなくてね。」
「ああ、あのど田舎のね……。てっきり東京の方にいるかと思ったけど……。」
「今、参拝客が多いのがこっちなんだよ……。海辺でやる花火大会の関係で人が多いんだ。」
「はいはい……。あの花火大会ね……。ここは壱の世界じゃないっていうのに……よくやるね……おみくじ。」
地味子はおみくじが売っている箱の前まで歩き、箱から一枚おみくじを引いた。
……大凶だった……。
地味子の表情がとたんに暗くなり、涙目になった。そのままおみくじをぐしゃぐしゃに丸めて近くにあったゴミ箱に放り投げた。
「なんだ?大凶か!良いも悪いも運命だ。どこかの枝分かれした道であんたは大凶の道を進む。その道をいつどこで選ぶのか。それはあんたが決める事だ。」
「うわーん……嫌な言い方……。」
運命神の声で地味子のテンションは急降下した。
「だが神様に祈れば最悪な運命も少し変わるかも?まあ、実際はこの辺の管轄であるマイに運を上げていいか交渉と言う形になるけどね。」
「……知っているわよ……。だいたい私……人間じゃないし……龍神だし……。」
地味子はふてくされたのか賽銭箱に腰かけて口をとがらせていた。運命神はクスクスと笑った。
「龍神も大変だ。」
「うう……。けん玉の技だって三万くらいあるのに……なんで私の未来が大凶なの……?」
「まあ、あんまり気にすんなよ。」
がっくりとうなだれている地味子を運命神は軽く慰めた。
「まあ……いいけど……。で、今……コウタ君とシホはゲーム大会に出ている頃……かなあ?」
「ああ、もうそんな時間か。はえーなあ。じゃ、僕は忙しいんで通信切るよ。」
「はいはい……。」
地味子は運命神を軽くあしらうとまたけん玉を動かしはじめた。




