かわたれ時…2織姫と彦星の運2
時はさかのぼり七月七日、午前十時。今日は真夏のような暑さだった。
「うわあ……凄い沢山人いないかい?」
サキは夏らしい青いワンピースに紺のスパッツを履いておめかししてこの会場に来た。ウェーブのかかった黒いロングヘアーを暑苦しそうに払いながら隣で佇む男を見上げる。
「ああ……けっこういるのな……。ジャパゴ好きな女子は。」
男は橙色の長い髪になぜか安物のお面をつけている。服は着流しに袴だ。
「みー君、これじゃあどこに何があるかまったくわからないじゃないかい……。」
「俺が空飛んでお前を運んでやろうか?」
サキの隣りにいた男、みー君がいたずらっ子のような顔でサキを見つめる。
「いや、いいよ。そんな事したらあたしが空飛んでいるのと同じになっちゃうからさ。みー君は人間に見えない神だし、あたしは見える神だし。」
みー君、本名天御柱神。彼は風雨悪疫の神という鬼神である。心霊的な神なので人間に見える事はない。その反対でサキはわけありで人間が半分入った神であり人間の目に映る。ちなみに彼女は太陽神でアマテラス大神の力を一番受け継いでいる太陽神の頭である。
それでそんなすごい神達がこの東京の大きなホールで戸惑っている理由はずばりジャパゴ祭である。
ジャパゴ祭とはジャパニーズゴッティという乙女ゲーム、通称ジャパゴのファンのための祭りだ。
乙女ゲームとは女の子のためにつくられた恋愛シミュレーションゲームである。ジャパニーズゴッティは日本の神様と恋愛ができるというコンセプトで作られたゲームだ。もちろん、キャラクターはかっこいい男の子ばかりだ。
サキはこのゲームのファンだった。一人でこの会場に来るのが嫌だったサキはみー君がゲーマーであるという理由で勝手に連れてきた。みー君は色んなゲームをやるゲーマーだ。間違ってはいないが女子ばかりなのでみー君は肩身が狭そうだ。
「じゃ、ムリくり行くか?俺は霊的な奴ら以外は見えないし触れないからこのままススッと奥まで行けるが……。」
「あたしは人間に普通にぶつかるからゆっくり頼むよ。」
サキは額の汗をハンカチでふきながらゆっくりと進み始める。
「お前が狙っているのってみー君グッズだろ?」
「だからあんたじゃないって。ゲームの方の天御柱神様だって。」
「せっかくキャラモデルの俺が目の前にいるってのにつれないな。」
サキの言葉にみー君は肩を落とした。
「みー君、来てくれてありがとう。後でごはんおごるから許しておくれ。」
「別におごらなくてもいいぜ。色々華麗にスルーしやがって。」
みー君とサキは次のフロアに入った。となりのフロアも人が多かったが先程までいたフロアよりはすいていた。
ふと横を見ると
『ジャパゴゲーム大会』
と看板にデカデカと書かれているのが目に入った。
「ゲーム大会だと?どういう事だ?恋シュミでどうやって大会するんだよ。」
みー君が険しい顔で首を傾げた。
「ああ、これはジャパゴキャラを使った格闘ゲームの事だね。ジャパゴバトル。通称ジャパバ!」
「お前……まだこのゲームファンになって浅いのにどんだけオタクになってんだよ……。」
サキのガッツポーズをみー君は呆れた目で見つめた。
その時、アナウンスで元気な女の人の声が響いた。
「はーい!エントリーする方はこちらへどうぞ!優勝賞品はここでしか手に入らない天御柱神、七夕にちなんで天若日子神のオリジナルグッズ一式!」
「ななな!なんだって!わかひこはいいけどみはしら!?」
サキは鼻息荒くみー君の肩を叩く。みー君はなんだか嫌な予感がした。
「だからなんだよ……。」
「みー君、こういう手のゲーム得意だったね?あたしは苦手だからかわりに出ておくれよ。」
「あのなあ……。俺は人に見えないって言ってんだろうが。」
「大丈夫だよ。あたしが出て、みー君はこう……あたしの後ろからコントローラーを持って……いかにもあたしがやっている風を装ってだね……。」
サキはジェスチャーを交えながら必死で説明をしはじめた。よほど天御柱神グッズがほしいらしい。
「はあ……まあ、そうくると思ったけどな。」
みー君は頭を抱えたまま承諾した。
サキは自信満々で頷くとジャパバ大会にエントリーした。大会出場者は多くはなかったが皆強そうだった。ギャラリーの方は沢山いた。ギャラリーの視線がサキに向いていたがサキには緊張している暇などなかった。
「なんか……変な感じだぜ……。」
みー君はサキの後ろに立ち、サキの手に自分の手を添える感じでコントローラーを持っていた。
「さあ、行くよ!」
相手の女性は自信満々な顔でサキを見ていた。サキがこのゲームをやった事がないのに気がついたらしい。完全に「もらった!」と顔が言っていた。大画面にサキが誘導する天御柱神と相手の女性が動かすタケミカヅチ神が映る。
「俺もこのゲーム初めてなんだが……操作方法がなあ……。まあ、なんとなくわかるがな。」
「みー君、しっかりするんだよ!」
サキはみー君に喝を入れる。みー君はなんだか複雑な気分だった。天御柱神本人が天御柱神を動かしていて天御柱神のグッズを手に入れるために頑張っている。実に奇妙だ。
相手の女性がタケミカヅチ神を扱いこちらに突進してきた。
刹那、みー君の目つきが変わった。何かに目覚めたらしい。無駄な集中力を出し、ゲーマーの力を存分に見せる。サキの指を払いのけ凄まじいスピードでボタンを押しはじめた。
「え?ちょ……みー君?」
画面では天御柱神がスムーズにかつ高速に動いている。相手の女性は若干驚きつつタケミカヅチ神を動かす。タケミカヅチ神の武器である刀がカマイタチのように飛び始める。みー君は軽々とそのカマイタチを避けた。
「ふーん。けっこう簡単だな。」
そうつぶやきながらみー君はタケミカヅチ神に風で攻撃していた。
「おー!ジャパゴキャラで一番使いにくい彼をいとも簡単に動かしています!」
「まあ、俺だしな……。やたらイケメンになっているが。」
実況者が感情表現豊かに騒いでいる。それに呼応するようにギャラリーも騒ぎ出す。
二人の戦いは知らぬ間に肉弾戦になっていた。ガードをして攻撃の攻防戦が続く。
「な、なんだい……あの人、めちゃくちゃ強いじゃないかい……。」
「まあ、ゲーム大会って言ったらあんな化けもんがいっぱいいるんじゃないのか?」
サキはコントローラーを持ったまま固まっていた。もう完全にみー君に任せていた。
……もう何が起こっているのか全然わからん……。
自分だけで出ていたら最初で瞬殺だったに違いない。
「あっ!」
相手の女性が小さく声を発した。
「気がついたか。遅い。」
みー君は女性の反応を見てにやりと笑った。
「な、なんだい?」
「まあ、見てろよ。」
サキは動揺しながらみー君を見上げたがみー君は画面を見るように言った。刹那、天御柱神が必殺技らしきものを出した。カマイタチと大嵐がタケミカヅチ神を襲う。必殺技画面に変わり、タケミカヅチ神をボコボコにしていく。
「うわあ……。」
サキが顔を青くした時、相手の女性ががっくりとうなだれていた。画面に目を戻すと大勝利という文字が映った。
「え……?大勝利?……な、なんか勝ってる……。勝った?」
サキは引きつった顔で画面を食い入るように見つめた。
「ま。こんなもんか。この自機はな、肉弾戦でダメージを負わないでいると必殺技スキルがたまっていくらしい。相手のタケミカヅチ神はどうやら逆タイプのようだな。攻撃する事にスキルがたまる。天御柱神が使いにくいのは相手の攻撃を一発でも喰らったら必殺技が出ないって事と防御力が低いって事だな。的確に防御していれば攻撃は当たらないが一発でも当たったら高リスクだ。」
みー君はゲームをやりながら色々と分析をしていたらしい。この男はこういう事は得意なのだ。
「全然わからないよ。」
サキがつぶやいた時、女性がこちらを怯えた目で見つめていた。
「あ、あの、あなた、どうやって御柱様を……。攻撃が一発も当たらないなんて普通の人を超えているわ。まさか神!?」
「あ、いや……まあ……あはは……。」
サキは曖昧に返事をした。女性は肩を落として去って行った。
「すっごいです!凄い人きましたー!あの天御柱神を涼しい顔で操る凄腕です!」
実況に応じてまたギャラリーが騒ぎ出す。サキはとりあえず笑顔で手を振っておいた。
「で……後何回やるんだ?」
「わかんないよ……。みー君!お願い!」
「あーはいはい。」
みー君とサキはこそこそと話し合い、次の試合に挑んだ。
みー君はやはり強く、次々と出場者を倒していく。サキは何がなんだかわからないままただ、コントローラーを握りしめ突っ立っていた。
「はーい!やはり強し!天御柱神使い!彼に対する愛情を人一番感じるのは私だけでしょうか!」
「だから俺だって言ってんだろうが……。なんで誰もサキの指がまったく動いてねぇ事に気がついてないんだ……。」
実況者に向けみー君は叫んだがもちろん、みー君の声は実況者には届かない。彼の存在を確認できるのは神だけだ。
「さて、では決勝戦にすすみましょうか!この神速のプリンセス、厄災使いに対するは七夕の織姫、天若日子神使いです!なんと今日は彦星なのか彼氏さんも同伴で来て下さっているみたいです!」
実況者の紹介をうんざりと聞いていたのは白のレース生地の上とオレンジのスカートを組み合わせたワンピースを着ている女だ。となりにはフードつきのパーカーにカーゴパンツ風の半ズボンを履いている優しそうな男が立っている。
「まったくうっせぇなあ……あの実況者……。プライバシーもくそもねえじゃねぇか!死ね!まじ迷惑じゃん。ねえ、コウタ。」
女が口悪くつぶやく。それを聞いた男は女の尻を思い切り叩いた。
「シホ!口が悪い!」
「痛い!なんでケツ叩くんだよ!変態か!」
「だから言葉遣い!」
男はまた女の尻を叩く。
「うわああん。痛いってば!わかった!ごめん!気をつける!気をつけるから!」
シホはコウタに甘えるようにあやまった。コウタはシホの頭を撫でてあげていた。
「仲がいいカップルのようですねぇ!ぜひ頑張ってほしいです!」
実況者はニヤニヤと笑いながらシホとコウタを見ていた。
「だからうっせぇんだよ!てめぇ!」
「シホ!」
シホはまたコウタに怒られていた。
「なんだよ……あれ。」
みー君がげっそりとした顔で二人のやり取りを見ていた。
「なんか痛々しいカップルが次の対戦相手みたいだねぇ……。てか彼氏がいるのにこのゲームやってるなんて……なんかあたし、許せないよ!浮気相手いっぱいじゃないかい……。」
サキはよくわからないが怒っていた。
「別にいいだろ。彼氏がいてもジャパゴをやっちゃいけねぇわけじゃないんだから。」
「ま、まあ、そうだけどさ……。ンん……みー君、あの子には絶対勝ってよ。」
「なんでだよ……。」
「なんでもさ!」
サキは自分ではやらないくせになぜかやる気だった。みー君はため息をつくとコントローラーを握り直した。
「あ、あんた、なんかわからないけど何かが憑依したみたいにボタンを動かす事ができんだって?」
シホがサキに話しかけてきた。サキはギクッとしたがみー君の存在は絶対にばれないと思い、なるべく平常心でシホに言葉を返した。
「えー、憑依?あたし、このゲーム好きでしてこれをやっている時だけはなんだか別人になってしまうというか……。」
サキは我ながら気持ち悪い返答をしたと頭を抱えた。後ろでみー君が笑った声が聞こえた。
「ふーん。ああ、うちは天若日子神が自機だから。よろ。」
「あ、はい。」
サキはシホの威圧に顔色を悪くしながら頷いた。
「じゃあ、そろそろはじめますよ!」
実況者が元気よく叫んだ時、サキに変な感覚が襲った。
……ん?なんか……前もこんな事があったような……。
そう思ったがよくあるデジャブかと思い、あまり気にしなかった。
「んおりゃあ!」
シホは気合十分で天若日子神で突進してきた。
「天若日子神か。サキ、お前も少し関係のある神だぞ。太陽神とも言われているからな。まあ、七夕の彦星のが有名か。」
みー君はサキの親指をどけるとボタンを素早く押しはじめた。
「へえ。全然知らなかったよ。」
「お前なあ……。攻撃はおそらく弓か、音楽関係の攻撃だ。」
みー君がそうつぶやいた刹那、無数の矢が天御柱神に飛んできていた。みー君は風をあやつり弾こうとするが矢の威力に風が負けてしまい防御が通じなかった。みー君は危なげに指を動かしながら矢を全部かわした。
「へえ、あの子、けっこう強いぜ。」
シホの存在がみー君の心に火をつけてしまったらしい。
「わあ、あの矢を全部避けやがった!攻撃力上乗せしたっていうのに!」
「シホ……言葉遣い……。」
シホはコウタを半ば無視しつつ、悔しそうにつぶやいた。サキを背後から抱くような感じでコントローラーを持っているみー君はぼそりとサキの耳にささやいた。
「ああ、ちなみに天若日子神ってのは生と死の神とも言われててだな……。おそらく死んでももう一回蘇る能力を持っているんじゃないかと俺は踏んでいるが……。」
みー君は唸りながらシホの攻撃を避けている。今の所まったく反撃ができない。
「みー君!」
サキが突然叫んだ。
「ん?なんだ?」
みー君は手を動かしながらサキに耳を傾けた。
「今の会話、前もしなかったかい?ほら、蘇るとか生と死とか!」
「……ん?さあな。俺は覚えてないぞ。」
サキの不安げな表情を見たみー君は首を傾げたがすぐに画面に目を移した。
みー君は矢を避けながら天若日子神に突進する。近接戦が得意ではないと踏んだらしい。
「ふふ。よし、音楽スキル七夕の軌跡がたまっている!喰らえ!」
シホは必殺技を繰り出した。これは相手が近づけば近づくだけ大ダメージを与えられる技らしい。それにいち早く気がついたみー君は慌てて天御柱神を後退させる。
「っち!なんかすげーの繰り出してきやがった……。」
「避けられるか避けられないか……どっちだ?」
シホは今までで見せた事ない真剣な顔でみー君が扱う自機を見つめていた。画面全体が真っ白になるくらいの爆発がみー君の自機を襲う。
「うーん。これは無理だな。」
みー君がつぶやいた刹那、みー君の画面に敗北の文字が浮かんだ。
「ええええ!嘘だ!ま、負けちゃった!?ちょっとみー君!あの子には絶対に勝ってって言ったじゃないかい!」
サキはしゅんと落ち込んだ。ここまで来て負けてしまった。
「いやー、あれは無理だ。気がつくのが一秒遅かったな。」
みー君はどこか清々しい顔をしていた。
「なんとー!神速の厄災が七夕の織姫に負けました!天若日子神特有の音楽スキルをタイミングよく当てた!まるで天御柱神がこちらに向かって来ることを予想していたかのように音楽スキルをためていた彼女はまさに神!」
熱く語る実況者にギャラリーが騒ぐ。
「あーもう……うっさいなあ。あ、そこのあんた、天御柱グッズいらない?うちは若ちゃんだけでいいから。」
シホがサキをどこかほっとした顔で見つめながら提案を持ちかけた。
「ええ!天御柱神様のグッズくれるのかい!」
「ん?いいよ。」
シホは実況者からグッズをもらうと天御柱神のグッズ部分だけサキにあげた。
「あ、ありがとう!あたし、天御柱神様が好きでねぇ……。これがほしかっただけなんだよ。」
サキは天御柱神がカッコよく描かれているクッションを抱きしめながら微笑んだ。
「よかったね。じゃ、うちらは行くわ。」
シホは手を振りながらゲーム会場を後にした。コウタはこちらにお辞儀をするとシホを追いかけ走り去って行った。
「よかったじゃないか。もう負けた事悔やんでないだろ?」
「そうだねぇ!みー君!ありがとう!嬉しいよ!」
みー君の笑顔にサキも笑顔で返した。




