かわたれ時…1月光と陽光の姫24
「……ライ……。」
月子はライの顔を見る事ができなかった。拳を握りしめ、下を向く。
「じゃあね。私は行くね?ワイズの所に戻るよ。」
ライが月子に背を向け歩き出した。みー君が慌てて止めた。
「お、おい!お前、東の奴だったのか!俺知らなかったぜ?」
「え?」
みー君の発言でライが立ち止まり、驚いた顔をみー君に向けた。
「そうかよ……。あの小娘……。自分の軍の不始末をなかった事にするために俺に何も言わなかったのか。ああ、俺はな、お前を連れて来いとは言われてないんだ。あいつが何を考えてんのかよくわからないがお前は帰っても咎められないと思うぜ?」
みー君はライを苦い顔で見つめた。
「……そうなの?」
ライの顔が若干明るくなった。その横で月照明神の顔が悔しそうに歪んでいた。
「やられたですわね。」
「何がだい?」
月照明神が初めてはっきりと顔に感情を出したので思わずサキは声を発した。
「私のせい……。私のせいで東に大きな借りを作っちゃったのね……。」
答えたのは月照明神ではなく、月子だった。月子は絶望しきった顔で床をただ見つめていた。
「どういうことだい?」
サキは困惑した顔で剣王に目を向けた。
「うーん。そこの妹さんが絵括神ライに指示を出し、ライを使用したとワイズは言いたいみたいだねぇ。妹さんは位が高いからライに命令を下したと訴えているんだ。だが東もライを見張れなかった事に罪の意識を感じている。
だから月姫を助けるかわりにライの件をなかった事にした。だがタダで動くワイズじゃない。これでライの件はなくなったがまだ、妹さんがライを勝手に使った罪が残っている。それは黙認してやるからそのかわり、東に何かをしてもらうって考えているって感じかなあ。」
「……うわあ……汚い。あたしにも条件を提示してきてさ。」
剣王の言葉にサキはぼそりとつぶやいた。
「そうか。それで俺はサキに手を貸してやるだけでいいって言われたわけか。あーあー、また使われちまったなあ。まあ、そこそこ楽しかったしいいか。」
みー君は何とも言えない顔で頭をかいた。
「事実ね……。私は月神のトップ。最下層のライが私のために動いたと考える神は確かにいないわね。私がライを脅してライを使ったと他の神も考える。上に立つ者って……重い……。」
月子の声はか細くかすれていた。上に立つ者の重さが月子の発言により、サキにも重くのしかかった。他者に助けてもらう時も他者を助ける時もよく考えて動かなければならないという事だ。
「月ちゃん……。」
月照明神は月子に触れようとしたが月子が拒んだ。
「やめて!触らないで!最っ低!」
月照明神は悲しみを含んだ瞳で月子を見、手をひいた。
「最低!最低!最低!私って……最低!ほんと馬鹿……馬鹿よ……。」
月子は月照明神に最低と言ったわけではなかった。月子は自分に対して怒りをぶつけていた。
「月ちゃん……。」
「お姉ちゃん……ライ……私……月にとって大切な物を全部なくしちゃった……。なくしちゃったんだよ……。お姉ちゃんが持ってたもの全部なくしちゃったよぅ……。」
月子は怯えながら罪の意識をはっきりと悟ってしまった。心の奥底ではもうとっくに気がついていた事を今はっきりと自覚した。
「うわあああん……。」
月子は声を上げて泣き叫んだ。月子の本心が嘘の壁を壊し、理想の自分からかけ離れている自分を見つめていた。
自分は今、思い描いていなかった自分になっている。そして理想の自分にはもう二度となれない。もうすべて遅い。遅いのだ。
「ごめん……。ごめんね……。お姉ちゃん……ライ……あなた達は何にも悪くなかった。ウサギもたった一匹で私についてくれた……のに……私……。」
月子はきれぎれに言葉を紡ぐ。先程聞いた月子の本心と今が重なっていた。
「月ちゃん。月ちゃんはさ、頑張っていたと思うんだ。ただ、頑張り方が違ったんだと思う。いけないと思いながらも手を貸してしまった私が偉そうに言えないけど。」
ライは月子の肩に触れた。月子は拒まなかった。
「ねぇ……月ちゃん。私はね、今も親友でいたいと思っているの。独りよがりかもしれないけど月ちゃんの味方でいたいの。月ちゃんが嫌なら私はもう月ちゃんに関わらないって約束する。」
「……ライ。私はやってしまった事に後悔していたの。でも後悔すると苦しくなるから色々と演じていたの。ほんとはね……ライが大好きなの……。でももう……何言っても信じられないよね……。今もライに助けを求めている自分が恥ずかしい……。助けてくれると思っている自分が情けない……。全部自分がやった事なのに……。」
月子は涙で濡れた瞳をライに向けた。ライは微笑んでいた。そしてどこか満足げに頷いた。
「そっか!月ちゃん、私の事好きだったんだ!本当はね、それが知りたかっただけなんだ。嬉しいな。後は別にどうでもいいや。」
「え?」
月子は何とも言えない顔をライに見せた。
「別にさ、ワイズは私を咎めないって言っているし、月ちゃんのお姉さんは月ちゃんの心の中を知れて満足げだし、剣王はチイちゃんで満足しているし……。」
「おいおい。」
「おいおいおい。」
ライの言葉に剣王とチイちゃんは呆れた声を上げた。ライはさらに続ける。
「後残っているのは私を勝手に使ったって罪だけでしょ?それは私と月ちゃんが仲良しって事を皆に証明すれば同罪になるじゃない?
ほら、そうすると後は月ちゃんが月神や兎達にちゃんと認めてもらってお姉さんと月を元の月に戻していけばいいだけだよ。あ、ちゃんとお姉さんにあやまってね。よく考えたら全然絶望的じゃないんだからそんな顔しないでよ。」
「……!」
月子は瞬きをしながらライを見つめた。ライは頷きながらにっこりと微笑んだ。
それを眺めながら月照明神と剣王はふふっと笑みを漏らした。
「あははは!ワイズの策はあんまり成功とはいえない結果だねぇ!いやあ、おもしろい。まあ、後はそっちで何とかしてねぇ。
じゃあ、それがしは疲れたから帰るねぇ。いやあ、実に子供臭くていい。神様は純粋でなくちゃねえ。月姫のお願い事も成功したし予想以上の戦利品ももらえたしそれがしは満足。後は帰って寝るだけ~。じゃ、チイちゃんはサキちゃんを最後まで護衛して戻って来てねぇ。」
「は、はい!おまかせください!」
剣王はチイちゃんに一言告げて手をひらひらと振り、笑顔でエスカレーターのあった部分から飛び降りて行った。
「ああ!剣王!ありがとうございました!」
突然に剣王が帰ってしまったので月照明神は慌ててお礼を言った。もう剣王の姿は見えない。
「はいはーい。後は頑張ってねぇ。」
姿は見えなかったがどこからか剣王の呑気な声が聞こえた。
「本当にあの方は色々読めないお方。」
月照明神は晴れやかな顔でクスクスと笑った。
「なんで……笑っていられるの?私が憎くないの?なんで私をかばってくれるの?こんな私を……。」
月子は暗い表情で月照明神を見上げた。
「それはそこのウサギを見ればわかると思いますわよ。」
「え……ウサギ?」
月照明神に言われ月子はウサギに目を向けた。ウサギはうるうると涙を滲ませながら月子をただ見つめていた。
月子はそっとウサギの頭に手を置いた。なぜか撫でてしまっていた。
「じ、自分は!偉そうに物を言う立場ではありませんがっ!月子さんの事が好きであります!期待しているでありますっ!いつも一生懸命に頑張っている月子さんを応援しているであります!ラビダージャン!」
「……え?」
月子は小さく幼いウサギを驚いた顔で見つめた。
「あ……申し訳ありませんであります!出過ぎたマネをしてしまったでごじゃる!」
「そっか……。あんたは……。」
ウサギが顔を真っ青にして怯えている中、月子はいままでのウサギをよく思い返していた。
「気がつきました?彼女だけはずっとあなたの言葉通りに動いていたのですよ。あなたが間違いを犯そうとした時、この子は止めようとしていたはずです。」
月照明神は呆然としている月子に優しく声をかけた。
「そっか。あんたは馬鹿みたいに私の言う事に忠実だった。私がふざけて語尾にラビダージャンとかウサギンヌとかつけろって言ったら今もずっと使い続けているし、ごじゃる言葉も私が教えたんだっけね?わがままも全部聞いてくれたし……本当に馬鹿な子……。」
月子はクスクスと笑った。それを見たみー君が声を上げた。
「おい。馬鹿ってかわいそうじゃねぇか?お前が……」
みー君は先を続けようとしたが急に口を閉ざした。月子はクスクスと笑いながら泣いており、ウサギを抱きしめていた。
……ごめんね……。
月子は声にならない声でウサギにそう言った。
……ごめんね……。
月子は何度もウサギにあやまっていた。
みー君は勘違いをしていた事を認め、バツが悪そうにはにかんだ。
「つ、月子さんが素直であります……!怖いであります!」
ウサギはガクガクと震えながら月子を見上げた。月子はペシッとウサギの頭を叩いた。
「余計な事を言うんじゃないわ。」
「ご、ごめんなさいであります……。」
月子は不機嫌そうにウサギから目を離した。




