かわたれ時…1月光と陽光の姫20
月子とサキは刀と剣をぶつけあっていた。サキはもう攻撃する意思はなかったので月子の攻撃を一方的に受けている形だ。
……っち。この女強いなあ……
サキは痺れる腕を押さえる暇もなく剣で月子の刀を受ける。
「あなた、反撃してきなさいよ!」
「あたしはあんたと戦う気はないんだよ。」
サキは月子をなだめるように言葉を発した。
「ふざけんな!私の城にズカズカと入って来て戦う気がない?それは通らないわ!」
月子は憎しみと怒りと後悔をサキにぶつけていた。
「困ったねぇ……。あんた、お姉ちゃんはまだ生きているんだろう?ちゃんとあやまってさ、お姉ちゃんをこちらに戻してあげなよ。」
サキの言葉を月子は振り払うように刀で薙ぎ払った。サキは危なげにかわし、月子と少し距離をとる。
「お姉ちゃんにあやまる?こちらに戻す?あなた、何言っているの?そんな事する意味がわからないわ!」
月子は嘲笑し刀を構え直した。
「月子……いい加減に……」
サキがまた諭すように口を開いた時、後ろから足音が聞こえた。エスカレーターは壊れたはずだ。サキの他に入り込んだ者がいたとしたらサキがここに来る前からこの階にいた者かサキ達に気がつかれずにここまできた者か。
……まさか……ライ?
サキはそう思い、後ろをゆっくりと向いた。
「た……タケミカヅチ……。」
静かなフロアに月子の震える声が響いた。サキの後ろにはタケミカヅチ神、西の剣王が立っていた。
「剣王?あんた、なんでこんなところにいるんだい?」
サキは不思議そうな表情で剣王を見つめた。
「いやあ、サキちゃん。色々ありがとうねぇ。」
剣王はサキにいたずらっぽく笑った。
「あなた……なんでここに……いるの?」
月子は怯えた表情で剣王に声をかける。
「それは変な結界があったのになんでここに入れたのか?って事かい?それがしとワイズ避けになんかやってたみたいだねぇ。おそらくこの段階だとワイズはここに来れないよ。それがしは入れるけどね。」
剣王は笑っていたが目は笑っていない。
「だ、だから、なんであなたは……ここに……。」
月子の怯えはひどくなり声もしぼりだすように発している。月子は剣王に委縮していた。
「それがしは月照明神が持つ刀のおかげで結界をきる事ができた。あの子にはそういう役割もあったって事さ。」
「……?何を言っているかわからないわ……。」
「わからなくていいよ。それより……君、月読神が怒っているのを知らないのかい?心で感じるだろ?君には月読神が宿っているんだ。決して消えたわけじゃない。だからわかっているはずだ。月読神の心が。」
「……。」
月子は剣王と目を合わせられず下を向いた。
「君は凄い事をしたんだ。その罪は重い。残念だが君の横暴もここまでだよ。神々の世は遊びではない。君はこの月に必要のない神だ。王にふさわしくない。だったらどうするか……。」
剣王は笑顔を消し、月子を鋭い瞳で睨みつけた。月子は震えながら一歩、二歩と後ろに退いている。
「まさか、それがしを倒そうなんて思ってないよね。まあ、でも、ここで一戦交えてもそれがしはかまわないけどねぇ。城も兎も眠らされている月神達も……全部破壊してしまうかもしれないけど。」
「う……ああああ!」
月子は追い詰められてか刀を構え、剣王に襲いかかった。剣王は月子の斬撃を手に出現させた刀で軽々と防ぐ。月子は無我夢中で剣王に向かい刀を振った。剣王は刀を片手で操り、あっという間に月子の刀を遠くへ飛ばした。
「はあ……はあ……。」
月子は荒い息を漏らしながら怯えた目で剣王を見上げた。月子の頬からは冷や汗が絶えず流れていた。
「で?どうするの?君は。もう月読神の力もほとんど借りれないんだろう?君の信仰心はどん底だ。」
剣王は冷めた目で月子を見据える。サキはハラハラしながら二人を見ていた。
「出ていって!私の城から出てってよ!」
月子はかすれる声で叫んだ。
「そうはいかないねぇ。君は様子を見に来た太陽の姫にまで暴力を振るってしまっている。君がこれ以上被害を拡大させるのを黙って見ているわけにはいかないんだよねぇ。それがしはわりと女に容赦はないがここは平和に終わらせたいんだよねぇ。」
剣王はいつもの調子で話しているが空気が鉄のように重い。剣王の威圧はサキをも震え上がらせた。
「へ、平和って自害しろとでも言うわけ?」
「できるならどうぞ。できないのならどうすればいいのか考えるべきだねぇ。少し時間をあげるから考えなよ。五分あげる。五分過ぎても考えが浮かばないようならそれがしが君を……斬る。」
ズンと重たい空気が月子とサキにのしかかる。剣王は最後に重圧と言雨を振りまいた。
「そ……そんな……」
月子は震えながらその場にうずくまった。
「ちょ、ちょっと剣王、月子を斬るのはやめなよ!」
「わかっているよ。だからこうやって待ってあげているんじゃない。それがしだって斬りたくないものはある。」
剣王はサキにそっとささやいた。月子にその言葉は届いておらず、震えながらぶつぶつ何かをつぶやいていた。
「なるほど。みー様は月照明神様の妹君に弐の世界に落とされたと。そうしたらその弐の世界がサキ様の世界でライに会ったわけですね。……あれ?オレ、ライと一対一で睨みあっていたような……。」
チイちゃんはすっきりとしない顔で近くにいたライに目を向ける。ぼやっとしていた頭がやっと覚めてきたらしい。
「私は月照明神の刀であるあなたを弐の世界に落とせと月子から言われたんで私が出現させた上辺の弐の世界にあなたを閉じ込めてそれから月子の心へ送ったのよ。」
ライは暗い顔でチイちゃんの問いかけに答えた。
「あそこには他の警備兵とかがいたと思うのだが。」
みー君がライの様子を窺うように声を発した。
「他の月神や兎達は私が作った妄想の弐にいるよ。この件が終わったらちゃんと戻すつもりだったけど……はじめて月子の心に触れてたまらないくらいショックで……もう、なんでもよくなっちゃった。」
「それでお前、サキの心を漂っている俺の所にきたのか。」
「そう。」
みー君は呆れた表情をしていたがライは素直にうなずいた。
「ねえ、あなた、芸術神、ライ……画括神・莱。本来三人で一人の神。あなたならわかるでしょう?」
突然、月照明神が意味深な言葉を発した。
「……?」
「残りの二人の心の中があなたには手にとるようにわかるはずです。でも私は妹と二人で一人の神なのに妹の心がまるでわかりませんでした。」
ライの顔は話が見えないと言っていたが月照明神はかまわず続けた。
「彼女の心は多重になっていて本当の心がどこにあるのかわからなくなってしまっているのです。わたくしは彼女の心を探るため、あなた達の計画を知った上でわざと弐に落ちました。
しかし、彼女は色々な世界を持っていたため、探るのは困難でございました。弐の世界をあてもなく彷徨い、たどり着くのはいつも偽りの世界ばかり。あの子がどういう気持ちなのかまったくわからないままこんなに月日が経ってしまいました。」
月照明神は一呼吸おいた。そしてきょとんとしているライを優しげに見つめる。
「何が言いたいかと言いますと、あなたが触れた心は本当の月ちゃんの心ではない可能性があるわけです。」
「……!」
ライの表情がいくぶんか明るくなった。ライが明るくなった所でみー君がずっと気になっていた事を口にした。
「ああ、お前、どうやら月子のいいなりのようだが月子の影に隠れるのはやめて少し、自分の意見を持った方がいいと思うぞ。お前、この件に関してどう思っているんだ?本当の事を言え。」
「……そうだよね。月ちゃんが月ちゃんがって言ってたら月ちゃんが悪くなっちゃうもんね。……私はもうやめた方がいいと思うの。こう言っていいのかわからないけど月ちゃんは仕事が本当にできない。
だからお姉ちゃんと共に少しずつ頑張ってできるようになればいいなって。兎じゃなくて亀になってもいいと思うの。いきなりできるようになるとかそういう器用な事がたぶん月ちゃんにはできないよね。」
ライは初めて彼女本人が思っている月子像を語った。
「ライ、あなたは本当によく月ちゃんを見ていてくれていたのですね。月ちゃんにだってこんなに素晴らしい友達がいるじゃないですか。自分は一人だと思っている所から間違いですわね。」
月照明神はライにせつなげに微笑んだ。ライはこらえきれず涙を流しながら頭を深々と下げた。
「月照明神……ごめんなさい。あの時、月ちゃんの計画に乗ってしまい、間違いを正す事ができなかった。私、ダメだった。……月ちゃんの笑顔が見たいからいいよなんて言ったけど本当は……本当は止めたかった!ダメだよって言いたかった!……でも月ちゃんに嫌われたくなくて……笑って一緒に喜んだけど……でも……。」
ライの言葉は途中で切れた。月照明神がライの頭をそっと撫でたからだ。
「あなたは本当に純粋なのですね。わたくしは大丈夫です。それよりも月ちゃんはまだ止められます。まだ間に合います。月ちゃんもひねくれてはいるけど本当はとても純粋な子なのです。
喜怒哀楽を隠す事ができずなんでも表に出してしまう……流されやすいため沢山の世界を持っています。本当はとても傷つきやすい子なのです。ですから、ライ、あなたはずっと月子のお友達でいてほしいのです。」
月照明神はライの頭を撫でながら真剣な面持ちで話していた。
「うん……。今度はちゃんとした友達になれるように頑張るよ。ちゃんと月子を止めて私の意見を言うんだ。」
「ほんと、単純だな。お前。」
ライの元気が回復したのでいままで状況を見ていたみー君が呆れた声を上げた。
「単純って何?ひっどいなあ……みー君は。」
「悪い悪い。でも、なんか元気になったな。」
頬を膨らませているライを見ながらみー君はいたずらっ子のような笑顔をみせた。




