かわたれ時…1月光と陽光の姫13
「ライ、あいつは消せたの?」
少女の声がうつむいていたライの耳に届いた。ライはそっと顔を上げる。
ここは月光の宮最上階、月子の部屋。女性アイドルが好きなのかあちらこちらにポスターが張ってある。
部屋全体はピンク色をしており机などの家具も全部ピンク色だ。床に敷いてある絨毯は真っ赤なハートが描かれている。好きな人は好きかもしれないがあまり落ち着く雰囲気ではない。
「……月子……天御柱神がサキと共に動いているの……。私、あの神に勝てないわ。」
ライは今にも泣きそうな顔で目の前に立つ少女を見つめた。少女は明るいピンク色の髪をしており、柄物の大きなリボンで髪を二つにまとめている。
少女の正装である十二単を纏い、勝気な瞳で怯えているライを見据えていた。
「さっさと消してくれないと困るのよね~。あなた、さっきまで外で何していたわけ?」
少女、月子は自身の髪を指でクルクルと動かしながらライに感情をぶつけはじめた。どうやら月子は虫の居所が悪いらしい。
「だから、天御柱神がいるんだってば。どうやっても勝てないわ。私の世界を塗り替えてしまうの。……それと……月子、なんでウソなんてついたの?」
ライは少し迷いながら言葉を発した。
「ウソ?私がいつウソなんてついたかしら?」
月子はクスクスと笑いながら複雑な表情のライを見据える。
「サキは……輝照姫大神は悪い神じゃなかったよ?あなたを救いたいって言ってた。月子はさ、『私を苦しめる神』って言ってたじゃない?……でも、全然悪くなかったよ?」
「何言ってるのよ?私を苦しめるのは間違いないわ。きっとあなたも苦しめられる。お姉ちゃんの件は明るみに出てほしくないな~。ねぇ?ライ?」
月子はライの近くによると耳元でそっとささやいた。ライはびくっと身体を震わせる。
「……そ、そうだね。」
「でしょ?」
「ねぇ、月子。」
「なあに?」
ライは一呼吸おいて話しはじめた。
「私ね、あなたのお姉ちゃんが持っていた刀を見たかも……。」
「!」
ライの一言で月子の表情が一瞬で曇った。
「どこで?」
「サキ達と一緒にいたよ。確信はないけど。人型をとってた。」
ライは自身なさそうにぽつりぽつりと言葉をこぼす。
「人型になったって事?あの刀神が?あの時、一緒に始末できてなかったのかしら?」
「刀だけ月子のお姉ちゃんが逃がしたのかもしれないよね。確か、剣王の所で修行していたとか。」
ライの発言に月子の表情が険しくなった。
「剣王の所で……ねぇ……。」
「剣王とかもう気がついているかもしれないよ。……月子。」
不安そうなライの顔を見て月子は怒りを押し殺した表情になった。
「……私のまわりは皆敵……私に仲間なんていない。」
「月子……。」
ライは『私は友達だよ』と言いかけたがやめた。月子がライを睨んだからだ。
「あんたと私は共犯者。だけどあんたもいつか私を裏切るんでしょ。いつもそう。皆そうなのよ!皆私に冷たくするの。」
「月子、違うよ。私達は本当はしちゃいけない事をしたんだよ。だから……」
怯えているライを月子はさらに睨む。
「だから何?お姉ちゃんがいたらいたで私は否定されてお姉ちゃんがいないならいないで否定される。皆私を否定する。兎も私の言う事を聞かない!だからなんとかして私の言う事を聞かせてやる。あんたももう、逃げられないから。」
月子の吐く息が重くライにのしかかる。ライはその場に座り込んだ。重圧がライの背中を押しつぶす。
月子は言雨を発していた。威圧とは少し違い、言葉一つ一つが重圧となり雨のように降り注ぐ、それが言雨だ。これができる神は今はほとんどいないと言われている。
月読神の力を持っている月子にはそれができた。
「つ、月子……。」
重い空気にライは肩で息をし、震えながらその場にうずくまっていた。
「あんた、その刀の神を弐の世界で封印してきなさい。わかったわね。」
月子は冷たく言い放ち、苦しそうなライをただ見下ろしていた。




