かわたれ時…1月光と陽光の姫10
「えーと……。」
閉じていた目を開けるとサキの目に竹藪が映った。あたりは暗いがやたらと明るい月がサキ達を照らしていた。
「うーん……。」
サキの隣りでライが一人唸っていた。
「どうしたんだい?」
「うーん。なんかね、ちょっと私の世界とは違うなあって……。」
「これはあんたの絵の中なんだろう?」
「そうなんだけどね。」
ライはなんだか納得がいかない顔をしている。サキはさらにあたりを見回す。
「まあ、一人一人、別々に世界があってその個人の世界がごちゃごちゃになっているのが弐なんだろう?別の人の世界観が少し混ざったんじゃないのかい?」
「そんな事ないよ。私は芸術神だよ。ただの妄想だと世界観は曖昧になるけど私はちゃんと絵を描いたよ。サインもしたし。さっきあなた達をハメたのと同じやり方だよ?」
ライは不安そうな顔をサキに向ける。サキもなんだか不安になってきた。
「おーい!なんか赤ちゃんのモンスター見つけたぞー!」
二人に不安が渦巻きはじめた時、みー君のやたら楽しそうな声が聞こえてきた。
「てか、そういえばみー君がいなかった!あれ?チイちゃんもいない!」
サキはライと二人きりな事に気がついた。ふと声が聞こえた方を向くとみー君が何かを抱えてこちらに走って来ていた。もう嫌な予感しかしなかった。
「ああ!待ってください。みー様!」
続いて後ろから追いかけているチイちゃんが映った。
「おい。見ろよ。こんなの見つけたぞ。」
みー君はサキ達の前で足を止めると抱えている物体をサキ達に見せた。
「な……なんだい。この生き物は。」
見た目、ドラゴンだ。だが、みー君の腕におさまるほど小さく、なぜか十二単を着ている。色は金色で背中から翼が生えている。目はくりくりしていてとてもかわいらしいが口元から覗く牙はこの世のものとは思えないくらい鋭い。
「きっとあれだ。こいつはかぐや姫だ。かぐや姫!」
「そんなわけあるかい!かぐや姫は人型だよ!」
サキは顔を青くして楽しそうなみー君に叫んだ。
「この龍は竹にくっついていたんです。輝きながら。」
チイちゃんは頬をポリポリとかきながら龍を見つめる。
「竹にくっついていたのをなんで持って来ちゃったんだい!戻してきな!かぐや姫は竹の中にいるんだよ!」
「こいつが十二単着て竹にくっついていたらほら……捕まえたくなるだろう?凄い目立つしなあ?ははは!」
みー君は楽しそうに笑っている。サキはふうとため息をついて心を落ち着かせた。
それを横目で見ながらライが口を挟んだ。
「そ、それね。かぐや姫だわ……。みー君の妄想力が私の世界を壊したんだね……。みー君が私の絵を見て勝手に想像を膨らませてたんだわ。ここはもうみー君の世界。」
ライが肩を落としながらつぶやいた。
「なんだって!てことは!ここはライの絵だけどみー君が勝手にシナリオを作っちゃった世界って事かい?」
「うん。」
「そんな……信じらんない……。」
サキの胸に不安が広がる。みー君はまともではない。この世界もきっとまともではない。
「おい。どうした?」
みー君はきょとんとした目でサキを見ている。サキは再びため息をつくと無意識のみー君に質問をしてみた。
「ねぇ、みー君。そのドラゴンをどうするつもりなんだい?」
「育てて強くしたい。ほら……育成ゲームみたいに!」
みー君の瞳は月に負けじと輝いている。
「OK。わかった。質問を変えるよ。みー君の考えるシナリオは何だい?」
「ん?シナリオ?そうだな。こいつを育てて強くして五つのアイテムをゲットしてエンディングで月に行くってのはどうだ?育成ゲーム風かぐや姫ドラゴンだ!」
「こなくそ!」
笑顔のみー君の頬をサキは思い切りつねった。
「いででで……。何するんだ?つねるな。痛いだろう。」
「ああ、ごめんよ。みー君。思わずね。とってもつねりたくなってしまってね。そしてそのアイテムはたぶん手に入らない……。」
サキはみー君の頬を引っ張りながら怒りを押し殺していた。
……さすが厄災の神。彼といるとほんと厄だらけだよ。
「あの話は有名だからな。知っているぞ。おい。いつまでつねってるんだ。痛いぞ。」
みー君の両手がドラゴンによって封じられているのを良い事にサキはみー君の頬をつねり続けた。
やがてため息をついたサキは開き直る事にした。
「じゃあ、さっさとそのドラゴン強くして五つのアイテムとやらをとってきな。あんたが作った世界ならそのアイテムはあるかもしれない。あたしは見ているからさ。」
「おう!わかった。頑張るぜ。」
サキは遠ざかるみー君に向かい手をひらひらと動かすと近くにあった岩に座った。
「ふう。じゃ、ちょっとあたしは寝ようかね。」
サキが寝ようとした時、慌てている声が聞こえてきた。
「さ、サキ!大変よ!これ見て!なんか地図が落ちてたわ!」
慌てて近寄ってきたのはライだった。手には大きな地図を持っている。
「はあ?地図?時代背景めちゃくちゃじゃないかい……。」
サキはライが開いた地図を覗き込む。その地図はダンジョンマップと書かれており、なぜか世界地図のような広さがあった。サキはギョッとして声を上げた。
「だ、ダメだ!あいつに任せちゃダメだ!追いかけないと!」
サキは鼻歌を唄いながら遠ざかるみー君を青い顔で見つめた。
「あ、サキ様。攻略本が落ちていました。」
「はあ?攻略本だって?もうどこにかぐや姫の要素があるんだい!」
チイちゃんが持って来たのは分厚い本だった。中を開くとかぐや姫ドラゴンの育成方法がびっしりと書かれていた。
「ああー!もうやだ。あたし、帰りたい……。」
「お!野生のドラゴンだ!いけ!かぐや!強くなれ!」
サキがつぶやいた時遠くの方でみー君の独り言が響いていた。
「さ、サキ様。こちらに最速クリア方法が書いてあります!本当にチート技らしいですが。」
「なんだって?それはチートじゃない!本当のルートだよ!教えておくれ!」
サキは必死でチイちゃんに食らいつく。
「えーと。かぐや姫所有者……この場合、みー君ですね。……の妻となり……えーと……知意兎って書いてあるツボがある場所で所有者と寝ながら×××をするとかぐや姫は月に帰るエンディングになる……そうですが……。」
「ええと……ちょっと、ちょっと待っておくれ。その……寝ながらの先はなんなんだい?」
サキは戸惑いながらチイちゃんを見つめる。
「わかりません。秘密だよって書いてあります。」
チイちゃんは攻略本のページをサキに見せた。寝ながらの先は黒く塗りつぶされておりその上から白字で秘密だよと書かれていた。
「ああ。もうダメ❤私違う想像しかできないわ。だって妻になってから寝ながらなにかをするなんて……もうねぇ?」
「やめておくれ……。みー君の事だからきっと突拍子もない事なんだと思うよ。」
「だからね、やっぱり……❤」
「あんたはそっちの考えから抜けてくれるかい?それだけは絶対に違うと思う。」
頬を真っ赤に染めているライにサキはきっぱりと言った。
「おそらく寝ながら相撲をすると……とか、プロレスをすると……とかだと思う!」
「サキ様……それもそれでおかしいと思いますが……。」
自信満々のサキにチイちゃんはため息をついた。
「まあ、考えてもしかたないね!よし、じゃあまず知意兎ツボを探そう!……ってこれかいぃ!」
サキが立ち上がった時、自分が座っている物が岩ではなく大きなツボだった事に気がついた。ツボには知意兎と書かれており、なぜか逆さまになっている。
「チートツボあっけなく見つかりましたね……。」
「よし。まあ、ラッキーという事で。とりあえず今すぐみー君をここに連れてくるんだよ!」
サキはすぐさま走り出した。こういう時の行動力だけサキは優れていた。
「ああ。待ってください。」
「サキ、待ってよー。」
チイちゃんとライはたったと走り去るサキを戸惑いながら追いかけて行った。
「あ、いたいた。なんかおっきい生き物が倒れているけど何やったんだい。まったく。」
みー君はすぐ近くにいた。みー君の前には一匹の大きなドラゴンが倒れておりみー君の横に立っているかぐや姫ドラゴンは姫に似つかない咆哮をあげている。
「かぐや!お前強いな。さっき拾ったスキルアップのアイテムも使ってみるか!えーと、ロキソなんとか……って書いてあるな。痛み止めみたいだな。ははっ。」
「ちょっと、みー君。いいかい?」
サキは感動しているみー君を静かに呼んだ。
「ん?サキか。なんだ。お前も一緒にこいつ育てる気になったのか?」
「そんなわけないじゃないかい。いいから来るんだよ。」
サキはさっさときょとんとしているみー君の手を引き、走り出す。
「お、おい!なんで戻るんだ?なんで走るんだー!?」
「ちょっと用事があるんだよ。」
「ああ、サキ様!」
戻っているとチイちゃんと疲弊しているライが待っていた。
「私は運動得意じゃないんだってば……はあ……はあ。」
ライは今にも倒れそうな状態でサキを見つめていた。ライはサキを追いかけていたがおそらく追いつけないと悟りここに立ち止っていたらしい。チイちゃんはライの様子を見るために立ち止ったのか。
「まったく情けないねぇ。しっかりしな。さっきの所まで戻るよ。」
「ゆっくりでいいかな?」
ライはひかえめに声を発する。
「後からチイちゃんと一緒にきな。あたしは彼の気が変わらん内に行かなきゃならないから先行くよ。チイちゃん、ライを見ててあげておくれ。」
「おまかせください!」
チイちゃんはビシッとサキに言い放った。
「あーん……もう、なんでそんなにキャラが違うのー?」
「うるせぇですよ。待っててやるからさっさと歩くですよ。」
ぼやいているライにチイちゃんはうんざりした顔で対応している。サキはそれを眺め、大きく頷くと再びみー君を引っ張り走り出した。
「うおい!一体なんなんだ!なんで走るー……。かぐや置いて来てしまったんだが!」
みー君は叫んでいたがサキはそれを丸無視で走り続けた。しばらく黙々と足を動かしているとツボが見えてきた。
「はい。ついた。」
サキはふうとため息を一つつくとツボを確認した。ちゃんと知意兎と書いてある。
「なんだ?ここはさっきの所じゃないか。」
みー君は不安げな顔であたりを見回していた。
「みー君、覚悟!」
サキは突然、みー君に襲い掛かった。みー君を大外刈りで押し倒し、サキはそこに覆いかぶさる。サキとみー君はぴったりとくっついたまま地面に転がった。
「うわっ!な、なんだ!恥じらいもクソもないのか!お前は!」
みー君は素っ頓狂な声を上げているが非常におとなしい。暴れると予想していたサキはどこかほっとしていた。
「なんでこんなに積極的なんだ……。俺、はじめてなんだぞ……。」
「何言っているんだい?」
みー君は盛大な勘違いをしていた。顔を真っ赤にし泣きそうな顔でサキを見つめている。サキは素早くみー君を締め上げた。とりあえずツボの前でプロレス?を実行してみた。
「いだだだ!腕を締め上げるな!何がしたいんだ!お前は!ひょっとすると男の悲鳴が趣味か!こ、これは何プレイと言うんだー!」
みー君はじたばたと苦しそうに動いている。
「違う。これじゃないね。そうか!まず妻じゃない!妻になってから……。」
「妻!?」
サキの一言にみー君は過剰に反応した。
「じゃあ、これからあたしはあんたの妻になるよ!よし。」
「妻って……妻ってぇええ?何故だ!なんでだ!うああああああ!」
サキは戸惑いすぎておかしくなっているみー君にそう言うとまた腕を締め上げた。みー君は叫び声をあげている。
「ごめんよ。みー君、少しだけの辛抱だよ!」
サキもみー君の腕を締め上げるのに必死だった。ふと横を見るといつの間に来たのかチイちゃんとライが真っ青な顔でこちらを見ていた。ライはこの壮絶な現場に涙を流している。
「こういうのってもっと甘々で天国にいるような気持ちになるものじゃないのか!お前がやっている事は辛々で地獄だ!」
みー君が叫んだ時、サキはふっと我に返った。色々となんだかよくわからないが必死になりすぎていた。そして今、自分がやっている事とみー君と密着しすぎている事に気がついた。
……あたしは一体何をやっているんだい!
「あ……えっと……ごめん!」
サキは力を緩めると頬を赤く染めた。サキは冷静になるべく一度みー君から離れようとした。
「待てよ。」
離れようとしたサキを今度はみー君が押し倒した。




