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流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト25

 時神達を攻撃しながらトケイは自身に問いかけていた。


 ……僕はなんで時神が憎い?

 ……時神が憎い?なんで会った事もない時神が憎い?


 だいたい、僕の憎しみの感情はどこにある?そもそも感情はあるか?

 ここにはない?

 ある?


 僕は一体……『だれ』だ?


 「アヤ!」


 プラズマと栄次が同時に声を発した。何もない空間から突如アヤが現れた。ここは先程の桜の木が囲む泉。アヤはどこか必死の表情でトケイに向かい走っていた。


 「危ない!」

 プラズマがアヤの手を思い切り引く。アヤの視線ギリギリをトケイの蹴りが通り過ぎる。トケイの攻撃は空間を裂き、風を巻き起こした。


 「何やってんだ!危ないだろ!」

 プラズマの怒鳴り声もアヤの耳にはほとんど入っていなかった。


 「彼は……私が作った……神様。今ならはっきりとわかる……。彼は私が作ったこばると。さっき会ったこばるととは違う……。私が思い描いたこばると。そして同時に彼はこばるとが妄想で作り出した者。こばるとが考えたシステム。私とこばるとが思い描いたものがトケイに結びついてしまった……。」


 トケイは栄次と交戦中だ。アヤはそんなトケイを暗い瞳で見つめる。


 「……。よくわからんが……アヤはあれの心がわかるんだよな?さっき、なんだか恨んでいるみたいとか言ってただろ?」


 「時神の運命を恨んだのは私。自分を助けてくれなかった時神達を憎んでいたのはこばると……。心がわかっていたんじゃない。私達の心が鏡のようにトケイに映っていただけ。」


 アヤはプラズマに目線を上げる。プラズマは眉を寄せた。


 「じゃあ、あいつの心とか感情とかそういうのはまったくないって事なのか?あいつ、泣いていたぞ。」


 プラズマの声がアヤの心に低く響き渡った。アヤには彼自身の感情を読む事ができなかった。もちろん、憎しみを露わにしたこばるとの感情もわからない。わかるのは自分の感情のみだ。


 泣いていたのは私の心かこばるとの心か……アヤが思う所はそこだった。

 彼に自身の感情はない。アヤの結論はプラズマから問われる前から決まっていた。


 「小娘。あの橙の髪の男にはうっすらながら感情がある。あれは自分が『だれ』なのか迷っているぞ。」


 「!」

 アヤの考えを遮ったのは更夜だった。


 「トケイにさっきまでなかった戸惑いを感じられるね。」


 いつの間に近づいてきていたのか鈴も首をかしげる。更夜も鈴ももうすでに弐の世界の住人だ。心に関しては敏感な所があるのだろう。


 その直後、栄次がアヤ達の近くで止まった。いったん、間合いをとろうと離れたらしい。栄次の行動にトケイは追いかけもせずただ、その場に立ち尽くしていた。そしてはじめてトケイは声をあげた。


 「僕は一体、なんなんだ……。」


 ほとんど叫びに近かった。悲痛な声はアヤ達まで届いた。


アヤ達は驚いていた。いままでなんの感情もなく動いていたトケイが急に壊れた。精密に動いていた時計が何かの拍子に狂う……。秒針、短針、長針がすべてバラバラに動き始めたのと同じように思えた。


 「僕は一体『だれ』なんだ……。」


 こばるとにもとらえられ、アヤにもとらえられる彼は突然に自分を求め始めた。


 ……自分が誰か……自分をうみだしたのは誰か……答えを探しているの?


 ……彼が恨んでいるのは時神ではなく……自分自身の運命。憎んでいるのは時神ではなく……彼を作ってしまった私とこばると……。


 ……さっきまでは私達の心が反映していただけなのに……今は違う……。


 アヤにはわかった。それと同時に自分と同じだという事に気がついた。アヤも時神の運命を恨み、時神を作ったこの世界を憎んだ。


 トケイは自分を産んだアヤ達を憎んでいる。アヤは何も言えず、ただ下を向いた。


 彼は弐の世界の時神として生を受け、これからもずっとここで暮らす。今のアヤと同じように。


 「誰なんだ……。君は……僕なのか?」

 トケイはアヤをじっと見つめ、そんな事を口にした。


 「いいえ。あなたと私は違うわ。」


 アヤはこう答えるので精一杯だった。トケイの顔もろくに見る事ができず、ただ下を向いていた。自分の時は誰を恨めばいいかわからなかった。だが、トケイは自分を恨んでいる。恨む対象が自分なら、彼を助けられるのもまた自分。


 アヤは残酷な言葉をかけることに決めた。


 「あなたはここ、弐の世界の時を守るのが仕事。いままでもずっとあなたはこの世界を守ってきた。あなたはここの時を守る。それは時神としての使命。そしてそれがこの世界のシステム。」


 トケイの存在を否定してしまったら彼はどうなってしまうのだろう。アヤはそれを考え、トケイの存在を当たり前にした。世界がアヤを時神として当たり前の存在としたように。


 恨まれるならしかたない。だが彼を否定すれば彼はずっと孤独を彷徨うだろう。なぜ生かされているかもわからずにただ一人で孤独と戦い続ける。


 きっとそれの方が辛い……。

 アヤはそう思った。


 「この世界を守る時神……?僕が?」


 「そうよ。」

 トケイの言葉にアヤは苦痛の表情を浮かべ返答した。プラズマと栄次は何も言わない。ただ、アヤとトケイの会話を聞いているだけだった。


 「僕は誰なんだ?」

 トケイは無表情で目線を靴に落とす。


 「あなたはトケイ。弐の世界の時神。そして私はアヤ。壱の世界の時神よ。」


 「壱の……世界?」


 トケイは狼狽していた。今いきなり何もかも知ったという感じだ。アヤは彼を当たり前にするために言葉を発する。それに気がついた更夜と鈴がトケイに声をかける。


 「俺は弐の世界の住人だ。」

 「あ、わたしもそうだよ?」


 残酷な事をしている事はアヤにもわかっていたが更夜と鈴が乗って来てくれた事にどこか感謝していた。


 トケイにアヤの心でもなく、こばるとの心でもないと……別人であると思わせなければならない。そちらの方が個人を尊重できると思った。きれいごとを並べてはいるが実際はだましているだけだ。騙して彼を作ってしまった自身の心の平安を保とうとしているだけだ。


 とても苦しかったがその感情を彼に知られてはいけない。なるべく平然と当たり前のように……。


 「そっか。じゃあ、僕はこの世界の時間を守らなければならないんだね。」


 トケイは表情をまったく変えずにアヤを見つめた。アヤは彼の顔をろくに見る事もできなかった。


 「そうよ……。」

 アヤは辛うじて声を発した。


 「あ、わたし、時神になりたいな。」

 静かに流れる時の中でふと鈴が声を発した。


 「お前……何を言って……。」

 栄次が鈴の発言に対し、言い返そうとしたが鈴はさらに言葉を続けた。


 「わたし、なんだか新しい事をしたいみたい。この弐の世界で時神できないかな?せっかくいるんだからトケイだけじゃなくてもっと増やそうよ。」


 鈴はなぜか楽しそうだ。アヤ達は鈴の発言に戸惑った。時神はそう簡単になれるものではない。それに楽しくもない。


 「そうだな。俺も暇になったから時神になるか。ああ、壱の世界の時神達、せっかくの時神だ。なんか楽しめ。ようは気の持ちようだ。」


 更夜も楽しそうに笑い、暗く沈んだ壱の世界の時神達を眺める。


 「気の持ちようか……。」

 栄次はそっと目を伏せた。


 「確かに。そういやあ、立花こばるとは時神として楽しんでいた。時の流れをもっと見ていたいと何度も言っていたな。」


 プラズマは苦笑を浮かべると鈴と更夜を見据え、続ける。


 「そしてここは弐の世界。まあ、なんでもできるだろ。君達二人を時神にする事は余裕だろうな。」


 「おい……プラズマ……。」

 栄次が戸惑いを浮かべた表情でプラズマを見つめる。


 「俺達は気負い過ぎたんだよ。彼らみたいな考えでいく方が良かったんだ。……そして……アヤ。」

 プラズマはただ佇むアヤを呼んだ。


 「……。」

 アヤは黙ってプラズマを見上げた。


 「あの二人がトケイの重荷を一緒に背負ってくれるってさ。感謝だな。」

 「……!」

 アヤはプラズマの言葉に何か言い返そうとしたが何も言わなかった。


 「弐の世界の過去、現代、未来を守る神で統一しよう。つまり三人。数は合う。で、俺達とは少し違っていつも三人一緒ってのはどうだ?」


 プラズマは吹っ切れてしまったのか鈴と更夜に笑顔で話しかける。


 「三人一緒ってのが大きいね!いいよ。じゃあ、わたし現代神やろうかな。」

 「俺は過去を懐かしむ方だから過去神がいいな。」

 鈴と更夜は勝手に話を進め、最後にトケイを見た。


 「お前は未来神でいいか?」

 「君達も……時神なの?」

 トケイは相変わらず無表情で鈴と更夜を仰ぐ。


 「正式にはこれからだね。三人でこの弐の世界の時を管理していくんだよ。楽しく生活しようね。」


 鈴はトケイの肩をポンポンと叩き、微笑んだ。


 結局は鈴と更夜に救われた……。アヤはそう思うと心苦しかった。そして優しい亡霊達に感謝してしまった。


 「お?」


 鈴と更夜とトケイが同時に声を上げた。何かが変わったらしい。周りの風景は泉ではなくいつの間にか草原に変わっており、なぜか瓦屋根の家が一軒建っていた。


 壱の世界の時神達が同時に同じ事を思った時、鈴と更夜とトケイは時神になっていたという所だろう。


 「さすが弐の世界だな。なんでもできる。あ、住む所は俺の世界っぽいな。ここで三人で楽しく暮らしなよ。」


 温度は適温で柔らかい風が絶えず吹き、草を揺らしている。ここはプラズマの世界らしい。


 「いい家だね。わたし、女一人だから女部屋がほしいなあ。お風呂もロックのかかるドアでよろしく。それから……。」

 鈴は矢継ぎ早に要求をぶつけてきた。


 「おいおい……そんなに信用ならないのか?」

 更夜が苦笑を浮かべつつ、家を眺める。


 「それと……更夜があの時供えてくれた花を……この家周辺に……。」


 鈴が最後につぶやいた言葉に更夜はハッと目を開け、

 「そうか……。あの花、気に入ってくれていたのか。」

 とつぶやき微笑んだ。


 「うん。……あ、それは栄次が後ででいいから想像して作って。お願い。」

 鈴は真剣な顔で栄次を見つめた。


 「わ、わかった。」


 栄次は半ば押される感じで承諾した。

 その時、トケイがそっと口を開いていた。


 「僕はこの世界で時神をやる事が運命……。弐の世界の時を守る……。君達、壱の世界の時神はここにいてはいけないんじゃないかな?僕が壱に帰してあげるよ。わからないけど壱の世界へ帰すやり方をなぜか知っているんだ……。」


 もともとトケイは壱の世界の時神を排除する目的で生まれた。その認識がアヤ達の影響で『排除する』ではなく『追い出す』に変わったらしい。


 「君、俺達を壱に送る術を知っているのか?」

 「うん。知っているみたい。」

 プラズマの質問にトケイは静かに頷いた。


 「じゃあ、栄次も取り戻したし、帰るか。」

 プラズマが栄次を見、そしてアヤを見た。アヤは何も話さず下を向いたままだ。


 「じゃあ、いいんだね。行くよ。」

 トケイは無表情のまま栄次とプラズマ、そしてアヤの手を握ると腰についたウイングを起動させ、空へ舞いあがった。


 「トケイ!待っているからすぐに戻ってきなさいよー!」

 「俺もここにいるからな。」

 鈴と更夜は無表情のトケイに微笑みながら手を振っていた。


 「うん……。彼らを元に戻したらすぐ戻るよ。だからそこで待っててね。」

 無表情だったが声にしっかりと感情が入っていた。どうやら表情の作り方を忘れてしまっているらしい。


 「そこはにぃ~って笑うんだよ!」

 「わかんないよ。後で教えて。」

 鈴の発言にトケイは楽しそうにつぶやくとゆっくりと上昇をはじめた。


 「栄次。そんな顔をしてんな。この状況を見ろ。誰一人不幸な顔をしている者はいない。」

 更夜が今度栄次に声をかける。


 「更夜……鈴……。」

 栄次は切なげな表情で二人を見据えていた。


 「わたし達はいつもあなたの心と共にいる。いつでも会える。また今度眠った時に弐に遊びにくるといいよ。」

 鈴は穏やかな瞳で栄次を見上げた。


 「そういう事だ。さっさと行け。お前に感傷的になられても気持ち悪いだけだ。」


 更夜はフフッと笑うと消えゆく栄次を切なげに見上げた。栄次もフフッと笑うと

 「お前も気持ち悪い顔をしているぞ。」

 とそう言った。


 ……この世界は栄次の世界ともつながっている。また会えるさ。


 更夜はそう最後につぶやくとこちらに向かい微笑んでいる鈴にそっと微笑み返した。


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