流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト24
……月子さんの……お姉さん……?
アヤは涙で濡れた顔でこばるとを見つめながら問いかけた。
……そうです……。いいですか……?何百年も生きた時神が今更、こんな子供じみた事を言うわけがありません。よく考えなさい。これはあなたの心です。
月子さんのお姉さん、月照明神の声は鋭くアヤを突き刺してくる。
……私の心?
……あの時の事をもっとよく思い出しなさい。あなただけが悪かったのかを……。
……。
アヤはそっと目を閉じた。こばるとの動きは止まっている。もしかしたら無意識に時間停止をしたのかもしれない。
あの時、彼は私を消すために過去や未来へ渡り、過去神と未来神に私を殺させようとした。それに失敗して最終的に自分で私を殺す事にした。
彼は時神の運命に逆らった。彼の気持ちもわかる……。だけど……それで私が殺されるのはおかしな話……。もっと彼と話ができたら私と一緒に時神を続けられる方法を見つけられたかもしれない……。
「ねぇ……こばると……。」
アヤはそっと目を開けてこばるとを見つめた。もう怯えはない。よく考えたら答えは出ていた。
「なんだい?アヤ。」
「あの時、私達はもっとお互いの事をわかりあって一緒に時神になる方法を探し出せたかもしれない。もう後の祭りだけど……私も自分が生きたいが為にあなたを殺してしまった。その事をひどく後悔している。でもね……あなたもあなたでおかしかったのよ。」
アヤがそう言った時、こばるとの表情がふと歪んだ。
「……うん。僕もわかってたんだ……。アヤに罪はないんだ……。僕が摂理にそむいたからいけないんだよ……。
ずっとわかってた。アヤにひどい言葉をかけたってずっと思ってた……。言う術を探してた。君が僕についてずっと引きずっているのならば言う。僕はもう君の事、恨んでやしない。僕も弐の世界を彷徨ってよく考えたんだ。
……あの時の僕は不安と焦りでいっぱいだった。僕の方こそ許してほしいよ……。」
こばるとはナイフを投げ捨てた。そして続けた。
「もう、この件で悩むのはよそう?お互い辛いから。僕はこういう形で君の心に居座りたいんだ……。ダメかな……。」
こばるとはアヤの表情を伺い、怯えている。本当に怯えていたのはアヤではなくこばるとだった。こばると自身も罪の意識に縛られ、死んでからもずっとこの事ばかり考えていた。
本当はアヤに許してもらいたかった。でもあんなことをしてしまった手前、言いだせなかった。
「……そうね。もう考えるのはやめるわ。あなたの事は忘れないけど。あなたが私の心にいてくれるのなら……私は頑張って生きるわ。」
アヤが笑いかけるとこばるとに初めてあたたかい笑顔が浮かんだ。
「さっきはごめんね……。アヤがそうしろって言うから……。君の世界が僕を動かしたんだ。」
「……あなたは私の心に従ったのね……。私こそごめんなさい。」
「アヤ、アヤはもう、戻った方がいいよ。……僕の元にずっといてはダメだよ。」
こばるとの言葉にアヤはハッとした。
「そうだ!トケイは!」
「彼を作ったのは実は僕だけじゃないんだ。僕はアバウトな外見を作った。後は君が作ったんだ。」
こばるとは目を伏せた。
「私が?」
「そう。君が。君が自分を壊してほしいって思ったから……。なるべく感情がなく、嫌な思いにならないようにって君が……。」
「私が……そんな事を……。」
アヤは愕然とした。そんな事を思ってもいなかった。
「僕の事で罪を感じてしまった君は自分が生きてていいのかと心の中でずっと思っていた。もういっそのこと壊してほしいと君は願っていた。
そのうちに壊れた時神であると無意識にアヤは心で自分を作ってしまった。トケイは昔からいたらしい。彼は僕がもともと作ったものだから何百年も前からいたという話だ。
だけど彼に感情がなくなったのはここ最近。君が彼の感情を消してしまった。きっと僕の心と君の心はどこかでつながっていたんだろうね。心がトケイと結びついてしまったんだって。」
こばるとはアヤに切ない笑みを向ける。
「そんな……。私……そんな事考えてもないのに……。」
「心って怖いよね……。人間はね、自分でも思ってもみない所に心があるんだ。他人に自分の心が完璧にわからないように嘘で壁を作るのと同じで自分自身の本心もそう思いたくないからって自分で作りかえてしまう事もできる。つまり自分でも知らない本心がある時があるって事だね。」
「そう……。私の本心……。心の中の中って事よね……。やっぱり、弐の世界って怖い。」
アヤは動揺していた。気がつきたくなかった自分の心を見てしまった気がした。
「僕と君が作ってしまったあのトケイを助けてあげたいんだ。でも僕はこの世界から出られない。さっきは君が望んだからトケイと他の時神達を締め出してしまったけど、今、君は違う事を思っている。僕と一緒にじゃなくて自分一人でトケイをなんとかしたいって思っている。」
「……っ!」
こばるとは本当にアヤの心がわかってしまっているらしい。アヤは目を見開いた。
「いいよ。僕はここにいるから。君の心に従う。」
「でも、あなた、こんな真っ暗な所に……。」
「君が変えてくれるのならそれでもいいよ。」
アヤは歩いてもいないのにこばるとから遠ざかっていた。こばるととの距離がだんだんと広がっていき、次第に黒い世界が遠くに見えるようになる。心が無意識にトケイの元へと動いているのだろう。
アヤは咄嗟にお花畑を想像した。
するとこばるとが立っている所から白い花が咲き、黒い世界は徐々に消え、青空と白い花畑の世界が出来上がった。こばるとは遠ざかって行くアヤにニコリと微笑んでいた。




