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流れ時…1ロスト・クロッカー7

笛の音が聞こえる。

きれいで優しい音色。


アヤは目が覚めた。

最初に目に入ったのは木で組み上げられた天井だった。

アヤは布団の上に寝かされていた。


「……。気絶……したんだわ……。」


一気に頭の痛くなる事ばかり起こったせいで疲労の事まで考えてなかったらしい。

気絶というより眠ってしまったのだ。


ここは屋敷の中である。

起き上ると木の床と衝立と簾が目に入った。

簾の外はきれいな満月がうっすらと見えていた。

アヤの身体にはさらしのようなものがまかれていて厚手の着物が二、三枚着せられていた。


「……怪我、治療してくれたのかしら……。」

そっと立ち上がり簾の外へ出てみた。

池や手入れされた地面、外は庭のようだった。

目の前に大きな岩がありその上に過去神が笛を吹きながら座っていた。

外は息が白くなるほど寒く、雪がちらちらと舞っている。


「きれいな音色……」

満月と笛を吹く風景は幻想に近いものがあった。


「一応医師にみてもらったが……大丈夫なのか?」

過去神がアヤに気がつき口から笛を放した。


「ええ。もう大丈夫よ。たいした傷じゃないし。」

アヤの顔色をしばらく見ていた過去神は目を閉じて満月の方に顔を向けた。


「……戦の世の中は変わらないのか? 未来は……これからの未来も……こんな事ばかり起こるのか?」

アヤからは過去神の顔は見えなかったが声に悲しみがこもっていた。


「……。そうよ。これから人は同じ事を繰り返していくの。」

「……そうか。」

過去神はそれだけ言うとまた笛を吹き始めた。

アヤはなんて反応したらよいかわからず黙って笛の音を聞いていた。



朝になり平安京が騒がしかった。まぶしいばかりの太陽だが息は白くとても寒い。

アヤはあまりの騒ぎに飛び起きた。


「な、なに? というかなんで鎧着てるの?」

隣にはなぜか甲冑姿の過去神が座っていた。どうやら一日付き添ってくれたらしい。

挿絵(By みてみん)

「いままで木曽次郎義仲が暴れていたんだ……。征夷大将軍に任命されたからな。それが後白河上皇の作戦だという事も知らずに……。まあ、法住寺を焼き討ちして院を幽閉したのは義仲だから何にも言えんがな。」

過去神は遠くを見るような目でつぶやいた。


「義仲……木曽の義仲……。」

「そうだ。都ももう危ないな。戦がはじまる。」

「戦……。」

そこまで言いかけた時、塀の外から弓矢が飛んできた。


「お前は逃げろ。巻き込まれたらいかんだろう。」

「あなたは?」

「俺は義仲の軍という事でここにいる。敵が来たら戦うまでだ。」

過去神は刀を握りしめた。


「……。」

アヤは複雑だった。

木曽義仲はいずれ近江で討ち死にする。

平家物語で有名なところだ。


塀の中に入ってくる弓矢の数が先程よりも多くなっていた。

近いところで男達の叫び声が聞こえる。

逃げたいのはやまやまだがどこへ逃げればいいかわからない。


「しょうがない。来い。」

「わっ! ちょっ……」

過去神は迷っているアヤの手を掴むと屋敷の外へ飛び出した。

目の前は戦場だった。


馬のいななきと弓が唸る音と刀の響く音と鎧を着た男達の叫びが入り混じっている。

あちらこちらに血まみれの死体が転がっていた。


「ううっ……」

アヤはまた気持ち悪くなり口を手で押さえて必死で吐くのをこらえている。

「やはり……義経と範頼か……。」

「義経って源の九郎義経?」

「そうだ。六男範頼と九男義経。義仲を殺しにきたな……。」

過去神は平然と襲ってきた男達を斬っていく。


血しぶきが上がるが過去神は自分にかからないように斬っているようだ。

アヤは目の前で倒れていく人々に絶句した。

悲鳴もあがらなかった。


人って……こんなに簡単に殺していいの……?


現代とのギャップにアヤは目から涙がこぼれていた。

別に知っている人間ではないが……なんだか悲しかった。


「どうした? 怖いか? これだから女は困る。」

「何言っているのよ……。人が……」

「日常茶飯事だ。弱い者は死ぬのが決まりだ。」

「……。もう……いや……。だれか……現代に戻して……」

「……お前……。」

過去神は襲ってくる男達を斬り捨てながらつぶやいた。


「っち……。わかった。来い。」

ぐずっているアヤの手を掴み過去神は走り出した。


「どこいくの……。」

「逃げればいいのだろう?」

アヤの足がガクガクしているのに気がついた過去神は舌打ちをもう一度すると、アヤを抱えてまた駆けだした。


襲ってきた義経軍を華麗にかわし、弓を刀で弾きながら馬を探す。

鎧はとても重いので人一人抱えて走るのは大の男でもきつい。

ふと横目で見ると、鎧を着た女の人が馬を乗りまわして戦っていた。


「巴……御前……。」


巴は何も言わず、こちらをちらりと見ただけで男達の中へ入って行った。

「助かったな。」

「え?」

「彼女が足止めしてくれるそうだ。いまのうちに行くぞ。」

近くで暴れていた馬を落ち着かせ、過去神は馬に乗り、前にアヤを乗せた。

そのまま狭い道を風の如く駆けた。


「……聞きたいことがある。」

馬を操りながら過去神は低い声でつぶやいた。


「な、何?」

「お前が知っている歴史を教えてほしい……。」

「……。」


アヤは過去神の言葉にどう答えようか迷い、しばらく黙りこんでいたが我慢できなくなり話しはじめた。


「義経軍の佐藤兄弟が帝をお守りし、義仲軍は京を出て逃げていたの。木曽を目指していたけど逃げ切れないって悟って義仲は巴御前を逃がしたの。その後、近江粟津で雑兵の放った矢で討死。今井兼平も自害したわ。」

「そう……か。」


一瞬、言ったらまずいのではないかという考えもよぎったがどうしても我慢できなかった。


「あなた、歴史……変えないわよね?」

「変えない。というより変えられない。歴史を時の神が動かす事はできない。歴史を動かす管轄なのは人間だ。俺が斬った人間も意識が戻った時にはかすり傷一つしていないだろう。我々時の神は時間を守るだけだ。その他に権限はない。」

アヤはまたわからなくなってきた。


今の過去神の言葉だと、戦争などの歴史を違う時間軸に移す事は出来ないらしい。

それに人を殺そうと思っても殺せないようだ。


考えていると過去神がまた口を開いた。

「……俺が……できるかわからんが未来に戻せるようになんとかしてやろう。」


そうだ。とりあえず、今は現代に戻る事を考えよう。


アヤはそっちの方に考えを持って行った。

「ありがとう……私、未来に……飛びたいの。現代にぎりぎり入らない未来へ行って現代の時計をみつけて……あ……でも……その時代に時神がいるかわからないのよね……。」

「時神などどの時代でもいるだろう。時と共にいるのだからな。」

二人は京の都を出て木々が枯れている林の中へ入って行った。


林の中にも死体は転がっていた。

だが、京よりも安全なのは間違いなかった。

過去神は馬を止めるとアヤを地面に降ろした。


「……。ありがとう。あなたがいなかったら私、死んでいたわ。」

「礼は戻れてからにしろ。俺は戻せるかなんて知らんのだからな。」

「……。じゃあ、描くわ。」

アヤは紙とボールペンを出すと時計を描いた。


「ほう、これが時計か。」

「年代は……二千十五年……」

描いた紙を過去神に渡したが何も起こらなかった。


「やはり、無理なようだな。」

「まだ、あきらめないわ。もしかしたらこれはまだ現代っていう管轄なのかもしれない。もう少し時間をずらしてみるわ。」

アヤは内心ドキドキで今度は二千三百年と明記した。


すると過去神に紙を渡してもいないのに紙が光だした。


「え?」


不思議に思う隙すらなかった。

アヤは光に包まれた。


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