流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト21
栄次は更夜を袈裟に斬った。
……まただ……また同じだ……。
栄次は肩で息をしながら歯を噛みしめた。
……何故俺の身体は勝手に動く……。
栄次は血にまみれながら泣いていた。
……どうして……
更夜がまた何事もなかったかのように立っている。
「つらいか?栄次。」
更夜が戦ってからはじめて声を発した。
「更夜。もっと本気でやってくれ……。これでは俺が……」
「……俺はつらい。」
栄次の言葉を半ば無視するように更夜が言葉を紡ぐ。
「俺はもう、あの時代から解放されたはずなんだ。なのにまだ、縛られている。どうしてなんだ?」
更夜は栄次に向かい、刀を構える。
「わたし……更夜を殺す事しか考えられないんだ……。どうしてかな……。」
隣で鈴も栄次に話しかける。
「俺に聞くな……。」
栄次はまた震える手で刀を握る。
「ねえ……あなたは更夜に斬られて……それで幸せ?」
「……。」
鈴はいつの間にか表情がなくなっていた。淡々と言葉を紡ぐ。
「栄次、お前を殺す努力はする。だがお前はそれで幸せになるのか?」
今度は更夜がそうつぶやいた。
「俺に聞くな……。俺に……聞くんじゃない……。お前達はそんなんじゃなかったはずだ……。どうしてしまったのだ……?」
栄次の声はか細く、消え入りそうだった。栄次は自分の知らぬ間に心での葛藤を続けていた。
もう、生きている意味はないから消してほしい……それが表の願い。
だが裏では俺は死んでいいのか?まだ生きてする事があるんじゃないのか?と思っている。
その葛藤が鈴と更夜を作り出す。栄次の心によって彼らも変わっていく。それを栄次は知らない。鈴の過去も栄次の過去神特有の過去見を行っていたにすぎない。
自身の壊れかけた心すら栄次は気がついていない……。
いや、これからも気がつかないだろう。トケイに壊されるまで。
ここは神の気配もしない。誰もいない。俺はここで未練なく死ねる……。
鈴が行った策により俺は更夜と戦い、殺される。誰の邪魔も入らない所で死ぬ。
……鈴が考えていた計画は成功しないが更夜の計画は成功する。
俺を殺すという計画……あの時の再戦で俺は更夜に負け、更夜は俺を殺すという目標を達成する。そういう流れのはずだ。
そのはずだった……。
そのはず……。
そのはず?
「!」
そこまで考えた時、栄次は気がついてしまった。自分の心を知ってしまった。
……何故……俺は鈴がやろうとしていた策を知っていたんだ……?
……何故俺は更夜に斬り殺されるはずだと思っている?
この流れは俺自身、知らないはずだ!鈴の策も殺される未来も俺は知らないはずなんだ!
何故『そのはずだった』とあたかもわかっていたかのように言えるんだ!
「……はっ。」
そして栄次はすべてを気づかされた。
……これは全部……俺が考えた物語の流れ……。俺の……心だ……。
……そうか。……鈴も更夜も……俺が勝手に作っていた……。自分が死ねないのは心の中で生き死にの葛藤をしていたから……そうか。そうだったのか……。
そういう事だったのか。
栄次の瞳から涙がそっと頬をつたい、泉に波紋をつける。栄次はその場で膝を折った。
……そうか……。そうだったのか……。おかしいと思っていたんだ……。
むなしさが栄次の心を撫でていく。更夜と鈴はその場でうずくまる栄次をただ見つめていた。
「……俺は……。」
栄次は嗚咽を漏らしながら一人、静かに涙を流していた。
……俺は……一体何をしていたのだ……。
栄次がそう思った矢先、鋭い痛みが襲ってきた。
「がっ!」
栄次は呻き、突然吹っ飛ばされた。水しぶきをあげながら栄次は無残にもその場にうつぶせで倒れた。
泉は水たまりのように浅く、栄次は冷たい水に顔をつけながらあたりを舞う桜の花びらを眺めた。何が起こったかよくわからないが腹に鋭い痛みを感じる。もう起きあがる気力もなかった。
「……。」
栄次の瞳にふと人間の靴が映った。もう顔を起こす気力もない。栄次はそのまま靴を眺めていた。
……一体……誰だ?
靴はすぐに栄次の瞳から姿を消した。
「ぐっ!」
今度は栄次の背中に鋭い痛みが走る。蹴られている。踏みつぶされている。
その痛みは一定に続く。まるでプログラミングされた機械のように蹴り上げたり踏みつぶしたりを繰り返す。
栄次はもう誰にどうされてもよかった。もうどうでもよかった。
きっともうアバラも何本か折れているだろう。栄次は感情がまったく感じられないその打撃をただ静かに受け入れていた。もともと斬られてボロボロだった栄次の傷口をえぐるように打撃が食い込む。栄次はただ瞳に映る赤い液体を眺めているだけだった。
その打撃はまるで時計を壊すようだった。踏みつけて蹴りあげて秒針や歯車やフレームを折り曲げ、割り、壊す。正確に時をはかるための数字は血で汚れた。
栄次を痛めつけているその人物は声も発さず、ただ栄次を壊している。
……ああ、俺はこういう死に方をするのか……。
栄次は次第に暗くなっていく視界を受け入れながらそっと目を閉じだ。
「……!」
刹那、一瞬だけアヤとプラズマが脳裏に浮かんだ。
……そうだ……。俺が死んだら、俺と同じ境遇にいる彼らはどうなるのだ……?
……今もきっと……迷惑をかけている。俺が勝手な行動をしているが為に彼らに迷惑をかけている……。
……だが……俺はもう……。
そう思った時、栄次は弓矢の轟音を聞いた。それと同時に身体がふっと軽くなった。
「栄次!」
聞き覚えのある声が響く。栄次はそっと目を開け、頭をわずかに持ち上げた。
視界に入ったのはこちらに向かって走って来ているアヤとプラズマだった。着物の裾を濡らしながら必死でこちらに向かって来ている。水しぶきの軽い音があたりに響いていた。
「ちょっとしっかりしなさい!栄次!」
アヤは栄次に近づき必死で揺すった。栄次の身体は損傷が激しく、体は真っ赤に染まるくらいの血で汚れていた。泉にも広く栄次の血が広がっている。
「あ、アヤ……。」
「そうよ。今、助けてあげるから!」
アヤは栄次に声をかけ続けた。
「あいつ、俺の矢を受け止めやがった。」
プラズマはアヤの近くでまた弓を構える。プラズマの目線の先にはオレンジ色の髪の男、トケイが何事もなかったかのように浮いていた。顔に感情は読み取れない。
服についている電子数字とウイングについている電子数字が動いていた。何をカウントしているのかはわからない。電光掲示板のようにオレンジ色の光りが何かの時を刻んでいた。




