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流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト16

更夜に隙ができた。俺の身体は更夜を殺す絶好の機会だと勝手に判断し動き出した。


 そして俺は更夜を渾身の力で袈裟に斬っていた。更夜は肩から足にかけて深々と切り裂かれてその場に仰向けで倒れた。


俺の手はその時震えていた。いままでの戦で俺はとどまる事を忘れてしまっていた。思考よりも先に身体が動いた。それがたまらなく怖かった。


そして俺は更夜を斬ってしまってからなぜか後悔をした。もちろん、更夜を殺すために刀を借りた。だが俺は後悔していた。

 更夜は苦しそうに血を吐きながら笑っていた。


 「はは……。まったくお前はどこまでも俺を殺すつもりだったんだな。」

 「更夜……?」


 更夜は俺に対して言ったわけではなかった。更夜のすぐ後ろにある……墓。その墓に向かって言っていた。墓といっても粗末なものだ。木の棒が一本立っているだけだ。


 「なんで俺はお前なんて守ってしまったのかな。なあ、鈴。」


 鈴……あの娘の名だ。更夜は鈴の墓に矢が刺さりそうな所を自分の身体で防いだということか。なぜそんな事を……。


 「お前、骨もないのにそこに埋葬したのか。」

 俺は死ぬ直前の更夜に話しかける。


 「そうだ。忍は骨すら残してはいけない。だが、墓くらい残してやってもいいだろう。あんな子供が襲ってきたのははじめてだったんだ。あいつは立派だった。しかし、お前は本当に人間か?強いな。」


 「お前もだいぶん人間離れしていたぞ。お互い様だ。……俺はな……今、すごく後悔している。」


 俺はうつろな目の更夜の前にしゃがみこむ。


 「後悔?それはおかしな話だな。お前は俺を殺すつもりだったんだろ?喜ぶべきことじゃないか。まあ、俺を殺したところでここから先、何か変わるわけでもないがな。」


 「確かにな……。」


 「さあて。俺はこれから鈴にでも会いに行くか。また殺されかけるかもしれないが。それから栄次、お前ともっと話してみたかったというのは嘘じゃない。こんな世じゃなきゃわかりあえたかもな。」


 更夜の言葉を聞いて俺は後悔していた理由がわかった。更夜とわかり合えたかもしれない。俺はあの時、そう思ったのだろうな。


 「更夜……俺は……。」

 「もういい。……じゃあな。」


 更夜はそう言うと火打石で自らの身体に火を放った。元から油でも塗っていたのか普通では考えられない炎が更夜からあがった。


更夜は切なげな青い瞳でこちらを見た後、炎に包まれ消えて行った。本当に何も残らなかった。灰と人間が焼ける臭いが鼻に突く。俺は呆然とその場に立っていた。俺の後ろでは更夜の死を喜ぶ男達の声が聞こえている。


 ……そんなにこの男が死ぬのが嬉しいか?


 俺は心の中で男達に問いかけた。


 ……俺は不思議と悲しい。なぜかな。


「これでは首を持って帰る事すらできんではないか……。」


 俺はそんな事をつぶやいていた。


煤けて誰だかわからなくなってしまった更夜から目を離し、鈴の墓に目を向けた。鈴の墓には小さな花が供えてあった。


その花は更夜の血で汚れ、真っ赤に染まっていた。夕陽が鈴の墓を悲しげに照らす。墓には不思議と血の一滴すらついていなかった。更夜はここにずっといた……。そして毎日花を供えに来ていた……。


 一瞬、過去が通り過ぎた。


 「お前はどんな花が好きだ?女の子なんだから……何かあるだろう?」


 ぶっきらぼうに問いかける更夜と作りたての墓。更夜は座り込み、どこから持ってきたのか小さい花を何本か墓の側に置いていた。


 「俺は柔らかい表情ができない。……お前にどういう顔をしたらいいかわからない。俺はもう色々と疲れた。……俺が向こうへ行った時、今度は上手に俺を殺せるぞ。鈴。」


やわらかい風が更夜の髪をなで、供えた花が優しく揺れている。一瞬だけだったがそんな情景が浮かんだ。本当に一瞬だった。


 忍は証拠を残さない。今思えば更夜は本当に忍だったのだな……。


 またあの男と刀を交えたい。……邪魔が入らない状態で本気でぶつかりあって……俺は更夜に斬り殺されたい。俺もこの世から消してほしい……。

 それが……俺の……願いなのだ……。



 栄次がそっと目を開けた時、泉の上に立っていた。

場所は先程の所とは少し違い、泉の周りを囲むように桜の木が根を生やしていた。桜はどれも満開で美しい桃色の花びらを散らしている。


周りは夜のように真っ暗だが桜がオレンジ色の輝きを放ち、あたりは明るい。

 まるで幻想だ……栄次はそう思った。


 「久しぶりだな。蛇。」

 その時、聞き覚えのある声がした。栄次が前方を見るとそこには右目を髪で覆っているあの時の更夜が立っていた。栄次は胸が高鳴っていた。


 「こ……更夜……。」


 「そうだ。更夜だ。眼鏡というものをかけてみたぞ。これはいい。よく物が見える。ああ、この眼鏡はな、そこらへんで拾った。」


 よく見ると更夜は眼鏡をしていた。そういえば昔から目が悪かったとよく言っていた。だからこそ、栄次と戦っていた時、目を頼らなかった。

 更夜は表情もなしにそう栄次に話しかける。声のトーンも一定だ。


 「本当に……更夜なのか……?」

 「そうだが。」


 栄次は更夜の無機質な感じに懐かしさを覚え、自然と笑みをこぼした。栄次自身、あまり笑わない。自分でも驚くほど自然な笑顔だった。


 「また会えるとはな……。」

 「会って行う事と言えば一つだろう?」

 更夜はあの冷徹な笑みを栄次に向ける。


……更夜は何一つ変わっていない。あの時と同じだ……。そう……あの時と。

栄次の心は高ぶっていた。


「ああ、そうだな。」


栄次はそっと刀を抜いた。更夜も刀を抜く。お互い正眼の構えをとる。風が二人の髪をそっと撫でていく。その柔らかい風がやんだ時、栄次の目の前にはもう更夜はいなかった。


「はじまった。はじまった。」

鈴は桜の木の枝に座っていた。微笑みながら二人の戦闘を見守る。


「更夜は栄次を殺す目的で、わたしは更夜を殺す目的でだね。……いいね。更夜はわたしが栄次を連れてきたって知らない。わたしがあの時やろうとしていた策は成功した。このまま更夜を殺してしまえ。栄次。」


鈴は楽しそうに戦闘を眺めていた。戦いは長引いていた。二人とも傷だらけでボロボロだった。だがお互い、刀が止まる事はない。栄次は高鳴る胸を抑えながら刀を振るい続けた。


やがて勝負はついた。更夜が栄次に一瞬の隙をつかれ袈裟に斬られた。更夜はそのまま仰向けに倒れた。


「はっ……。」


栄次はあの時の感覚が蘇ってきた。斬ってしまってからの後悔。体が勝手に動いてしまう感覚。


……これではあの時と同じだ……

……俺が求めていたのは……違う。


栄次はあの時と同じように炎に包まれ燃えていく更夜をうつろな目で見つめていた。


ふと顔を上げると燃えているはずの更夜が立っていた。先程の傷もなくなっている。更夜は銀色の髪を揺らしながら栄次を見つめていた。


「更夜……。」


栄次がそうつぶやいた時、更夜が刀を構えて突進してきた。栄次は更夜の突きを横に避けてかわし、刀を振るう。

また栄次の胸が高鳴り始めた。


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