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流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト15

あれからそんなに時間は経っていなかったと思う。城主が殺された。夜中だった。殿は正室でもなく側室でもない女と寝ていたらしい。その女も共に殺されていた。次の日になるまで誰も気がついていなかった。


 そしてその日から更夜が消えた。


 城は大混乱だった。殿の死を悲しむ暇もなく、次に頭になるものを決めていた。候補として選ばれたのは元服したての城主の息子だった。


この混乱の中ではまともな指揮ができるとも思えずこの国はもう終わりかとそう思った。あちらこちらの国が武器を取り、この国の国取りがはじまった。


 現城主は盛んな時期、若い発想が抜けず、父親の仇を打ちたいと憎しみを込めた目で俺に更夜を殺せと命じてきた。俺は何度も更夜を探しても意味がないと言った。しかし、この男はきかなかった。


 「更夜を殺せ。お前が首を持って来なければ町の娘十人を殺す。」


 この男からそう言われた時、俺は心底驚いた。何の関係もない娘を更夜のために十人も殺すのかと。


 狂っている……。そう思った。


 この男は今、冷静な判断ができていない。ひどく動揺し、何をしたらいいかわかっていない。

 こういう男は何をするかわからない。俺はとりあえず了承した。


 「お前に五人つける。お前が逃げたらすぐにわかるぞ。」

 「……。」

 これが俺と主の最初で最後の会話だった。


 俺は監視をされながら旅に出た。更夜に対する情報はまるでなかったため、一度、国の外に出る事にした。俺はそこそこ有名になっていたらしく、蛇が出たと何度も殺されかけた。まあ、ここは敵国、襲われてもしょうがないのだが。


 だが人は一人も殺していない。俺が持つ、この霊的な刀は人を斬っても殺せない。時間が戻り、その人間の傷はなくなる。ただ、一瞬だけくる痛みに耐えられず失神するだけだ。


 本気で更夜を探しているわけではなかった。もう少しであの城主の命運は尽きる。そうしたら、こそこそついてくる五人を解放して俺も自由になる。そう思っていた。


 だが運命は残酷だ。俺は更夜を見つけてしまった。ある山道を歩いていた時だった。山の中腹あたりに自然でできたのか草原が広がっていた。草原はそこだけで他は深い森で覆われている。その草原の真ん中に見覚えのある銀の髪が揺れていた。


 「更夜か……。」

 「追手とはお前か。栄次。そうだとは思ったがな。」


 更夜はこちらを振り返りもせずにそう言った。更夜は追手が来る事を知っていたようだ。


 更夜は俺が知っている更夜とは全く違った。声は鋭く低い。


 「お前を殺さないといけなくなってしまった。」

 俺は静かにそう言った。


 「ああ、知ってる。」


 更夜は短くそう言うとこちらを向いた。更夜の右目は髪で隠されていた。あの時の情景が目に浮かぶ。あの少女が更夜の右目を奪った。あの娘を殺した後、更夜は顔色を変えずにこう言った。


 「もともと目があまり見えないのです。目が一つなくなったくらい別にどうだっていい。」

 俺はあの時、この男も正気ではないと思った。


挿絵(By みてみん)

 「さて。その後ろの五人は演武を見るためにいるのか?俺を殺すためにいるのか?」

 更夜の殺気は草木に身をひそめていた男達を恐怖させた。


 「後ろのは関係がない。追手は俺だ。」

 「そうか。ならばやる事は一つだな。」

 更夜は冷徹な笑みを浮かべながら素早く刀を抜いた。


 「お前は本当に殿を殺したのか?」

 俺はまだ確信していなかった。実際にその場面を見たわけではないからだ。


 「そうだ。今の殿が言っていなかったか?」

 「それはお前が逃亡したから怪しんでいるだけだろう。」


 「いや、俺がやった。あの殿では先が望めないからな。そう思わなかったか?」


 この時の更夜の言葉で俺が感じた事はこの国の行く末を案じて殿を殺したのではないかという事だ。鈴の記憶を見た後では更夜の印象はまるで違う。この言葉はそう思わせるための話術。


 今ならわかる……。だが当時の俺はわからなかった。更夜が忍であるという事も知らなかった。


 「滅びるのは時間の……問題だったかもな。」


 俺は刀を抜いた。更夜が俺を本気で殺すつもりだったからだ。片目では距離感もつかめないだろう。更夜が倒れるのも時間の問題だと思っていた。しかし、更夜は左目をそっと閉じた。


 ……目を使わないって事か?


 俺は刀を握り直した。これは手ごわい相手だ。更夜は目を閉じたまま、まっすぐ俺に向かって来た。まるで見えているかのように的確に刀を振るう。俺は更夜の逆袈裟を紙一重で避けた。


 「避けたか。おもしろい。」

 更夜は笑みを浮かべ、そのまま俺の視界から消えた。


 ……後ろか。


 俺は感覚で前に飛んだ。風が背中を通り過ぎる。そのまま振り返る。更夜が今度は袈裟斬りをしていたようだ。刀は下で止まっている。


 「凄いな。斬れそうで斬れない。さすが蛇。」

 更夜は刀を構え直す。


 「獲物の背後から近寄る、まさに鷹だな。」

 俺がそうつぶやいた時には更夜はもういなかった。


 ……右だな。


 俺は目を右に動かす。突きの姿勢をとっている更夜が映った。俺は更夜の突きを後ろにわずかに退いてかわし、刀を横に薙ぎ払った。


 「……っ!」


 更夜は強靭的な脚力で突きの姿勢のままであるにも関わらず上に飛んだ。俺の刀は更夜の足すれすれを横に凪いだだけだった。更夜は素早く着地すると刀を正眼に構える。


 鍔せりあいはしなかった。お互い避けて刀を振るう。しばらくその繰り返しが続いた。


 俺自身、こんなに敵と対峙した事はなかった。この緊張感も久しぶりだ。命の削り合いも散々やってきたがこの男ほど凄腕はいなかった。殺されるかもしれない。あまり感じた事もない感情が俺を渦巻いた。俺自身、少しおかしくなっていたのかもしれない。


俺は自分の刀を地面に刺した。


 「何をしている?刃こぼれでも見つかったか?」

 更夜は目をつぶったままそうつぶやいた。俺は構わず後ろにいた男達に叫んだ。もちろん目線は更夜に向けている。


 「誰か刀を貸してくれ。」

 男の内の一人が肩をビクつかせながら近くの地面に刀を刺していそいそと退いた。


 ……もっと近くまで持って来てほしかったな……。


俺はしかたなく刀に向かって走った。更夜が後ろから追って来るのを感じながら刺さっている刀を引き抜き、そのまま流れるように横に凪いだ。更夜は刀で俺の刀を受け止めた。はじめて刀と刀がぶつかった。


 お互い勢いよく弾かれ吹っ飛ばされた。俺は刀を構えたまま更夜と間合いをとる。ふと更夜を探すがもう更夜は俺の視界にはいなかった。


 ……今度は左か。


 風を斬る音と閃光が絶えず続く。なかなか勝負が決まらなかった。俺も更夜も紙一重でかわしているため、身体中切り傷でいっぱいだった。髪紐はほどけ、更夜もひどい有様だ。さすがに息が上がってきた。この男は……強い……。地面に咲いている名もなき花達は俺達の血で真っ赤に染められている。更夜もおそらく疲弊している。顔には出さないが辛いはずだ。


 「うわああ!」

 ふいに後ろから声が聞こえた。何かが風を裂く。俺は咄嗟に避けた。何かは顔をかすめて飛んで行った。


 ……矢だ……。

 俺はすぐに気がついた。

 後ろの男がいきなり弓矢を射ってきた。


……何もするな。どうせお前達ではこの男を殺す事はできない。


俺は奥歯を噛みしめた。


「はっ!」


その時、更夜の左目が開き、ふと後ろを見る仕草をした。そして矢に自ら当たりに行った。


「……っ?」


避けられたはずだ。……何故避けなかった。なぜ当たりに行った?


俺は更夜の行動が信じられなかった。それを考える間もなく俺の身体は勝手に動いていた。


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