流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト11
その日はそれで終わった。
また一睡もできなかった私は疲れた体を引きずりながら廊下を歩く。こんな毎日ではいつまでたっても彼らを殺せない……。
どうやって仲たがいさせればいいのかわからない。あの男はなんでもお見通しな気がする。私は自信を失っていた。
故に強行に出る事にした。更夜を無理やり悪者にする。危険度は高い。
だがそれしかない。あの男に子供や女で近づいて行っても意味がない。もう闘う覚悟で行く。
私は胸にこの事を秘め、女部屋へ帰る。
「あんた、やっぱり男との秘め事、避けているでしょ。栄次様と更夜様が何もしないのを良い事に。」
「それでここで生きていけると思っているの?」
何も知らない女達が私を見て喚く。私はすまなそうな顔をして涙目になる。これは演技。
「ちょっと聞いているの?ねぇ?その顔腹立つのよ!子供でいりゃあ、あの二人も優しくなるのかい?ええ?」
「そりゃあ、あたしもやってみたいねぇ。子供みたいに泣いて栄次様―とか。」
私はむせ返る女の匂いを嗅ぎながら障子戸の隅に申し訳なさそうに座る。居場所はここしかない。ちなみにこの女達のせいで私はろくに食事もしていない。
……まあ、別にいいんだけど。
「あんたの事、源様にお伝えしておいたわ。源様もさすがに呆れてあんたを追い出すって。」
ある女の発言に私はピクンと動いた。
源様というのは私をここに連れてきた男の名だ。冷酷で下品な男。この女達は源に何を言ったのかわからないが無い事ばかり言ったのだろう。
子供として入ったのが仇となってしまった。女達は子供なら何でも許してもらえると考えている。
もともと私は優遇されて入ってきた。殿に奉仕するために。
この女達はまだ若いがいまだ殿に呼ばれていない。
このままここで一生を過ごすのではないかと不安に思っているのだろう。
この女達はおそらく、幼い時に入って来て殿の子を産むためにここにいる。
そんな中、さらに若い私が入ってきたから動揺し、イライラと不安を私にぶつけてきたに違いない。
「明日よ。あした。明日、あんたはここにいない!かわいそう。」
遠くに座っている女がクスクスと笑っている。
……明日で終わり……こうなったら、すぐにでもやってやろう……。もう後悔はない。
「……っ!」
私は鋭く冷たい目で女達を見た。女達は私の変わりように驚き、体を震わせていた。
当然だ。私は何人もの人を殺してきた。本性は殺し屋のようなものだ。私はただの子供ではない。むしろ、子供でもない。……今、すごくいい案を思いついた。
残念だけど、あなた達の人生はここで終わりだよ。
私は仕込んでいた鍔のない小型の刀をすっと出す。女達は私の殺気に声も出せない。動けもしない。
私は立ち上がると音もなく地を蹴った。私は風のように駆ける。
駆け抜けた場所から次々に女達が倒れていく。どの女も首から大量の血を吹いて何が起きたかもわからずに絶命する。
残った女達の目には私は映らない。見えても四人に見える。
私は今、四つ身の分身を使っている。速く動き、残像で四人になったように見えるのだ。
まあ、今はただ、速く動いているだけで、勝手に四人になっているのだけれども。
どうせこの女達には私は見えない。別に見えようが見えまいがどうでもいい。彼女達を高速ですべて仕留める事に意味がある。
血の臭いや殺気を感じ取り更夜が現れる前に全員殺す。
ほんの一瞬でこの部屋にぎっしりと詰まっていた女達はすべて死んだ。血しぶきなんてあびるわけがない。血しぶきが飛ぶ前に次の女にかかっていたからね。
私は真っ赤に染まった部屋で準備を進める。死んでいる女達を蹴とばし、畳の下に隠しておいた粗末な着物に着替え、ついでに隠し持っていた火薬を取り出す。
私は絶命している女の腹の上に乗っている。畳は血の海。きれいなところがここしかなかったからね。
「……さあて……来た……。」
私は持っていた小刀を捨て、歩いてくる足音を聞く。聴覚の訓練も死ぬほど受けた。一年中目隠しされ音を聞き分ける訓練をさせられた。
この音のない足音は間違いない。忍だ。
つまり更夜。
更夜は一定の足音でこちらに近づいてきている。おそらく私の領域に入った刹那、更夜は離れた場所にいても一瞬で私の目の前に現れるだろう。
忍の脚力は尋常じゃない。私の間合いに入った時、『歩いている』から『走る』行為に変える時、おそらく一瞬だけ止まる。その時が好期。
今まで歩いていた更夜が一瞬止まった。この部屋からまだ遥か先にいるが好期だ。
ここだ!
私は障子戸の奥、廊下の先にいる更夜に向かって走り出した。走り出しながら火打石で火を起こし、火薬に引火させる。
女達がいた部屋は大爆発を起こし、爆風と炎が巻き上がる。もちろん、私にもそれが襲いかかる。
私は吹き飛ぶ障子戸を踏み台に上へ飛んだ。ここまで一瞬。火薬の量を調節したから吹き飛んだのはこの女部屋だけ。
私は木の天井にクナイを刺して天井に張りつく。もうこの段階で更夜が爆発した部屋の前にいた。まだ爆風と炎が舞い上がっている最中だ。
爆発している間に私はこれだけの事をやった。天井にいたのもほぼ一瞬、クナイから手を離し、飛びながら更夜の影に影縫いをしかける。
近くに証拠となるもの……火打石などを多数置き、そのまま私は四つ身で更夜の前から走り去った。
完璧だ。
これで動けなくなった更夜は女を大量虐殺し、部屋を爆発させた罪人となる。
ここからは更夜が忍だったとバラしながら泣き叫ぶ子供を演じればいい。
単純に女達の生き残りを子供らしく演じればいいだけだ。ちなみに今着ている着物は私が売られた時に着ていた着物だ。着物にはいい感じに煤がついている。
追い出される話が出てこの着物に着替えて出て行こうとしたという設定だ。私はフラフラと男の部屋に入り込む。これは別にどこの部屋でもいい。誰かいれば。
「ど……どうした?なんだかすごい音が聞こえたんだが……。」
髭の生えた優しそうな男が心配して近寄ってくる。外はもうけっこうな騒ぎになっていた。
今頃更夜は大変な事になっているに違いない。私ははやる気持ちを落ち着かせ、男を使い、先程の場所へ行く。
「な……なんで……お前が……。」
「忍だったのか?」
廊下は野次馬だらけになっていた。男達の困惑の声が聞こえる。
「まず火を消せ!」
そして沢山の男達が忙しなく走り回っていた。
……成功だ。
女を殺したのは目撃者を失くすためだ。死んだ女達を集め、爆発で吹っ飛ばせば証拠が残らない。残ったとしても女達は爆発で死んだと思われる。
微塵隠れの術を参考に私が考えた術だ。ちょっと派手だったけど。
私は混乱している人々の間を抜けながら廊下を進んだ。更夜がいるだろう場所まで出た時、私は目を見開いた。
燃える部屋の前にいたのはきれいな着物を着た『私』だった。騒いでいる男達の声も燃える炎も何も聞こえなかったし、見えなくなった。
目に映るのはただケラケラと笑っている自分。私は目の前にいる自分を驚愕の表情で見つめた。
……な、なんで……
……どういう……こと?
……どうして?私が……
体が震えた。自分はあの時、しっかりと更夜を捉えていたはずだ。
騒がしい中、聞き取れる声が聞こえた。おそらくこれは私にしか聞こえない。
「絶望的な顔をしているね。」
目の前の私は私の声でそうつぶやくとケラケラと冷たい瞳で笑う。
「なんで……。」
私は焦点の定まらない目で自分を見つめていた。
「微塵隠れのまがいものに四つ身、影縫い、見事なものだね。フフ。」
「……。」
間違いない。目の前にいる自分は更夜だ……。
「あなた、更夜……?」
私がそう問いかけた時、目の前の自分は跡形もなく消えた。私の身体に冷や汗が流れる。
「消えた!あの子供が消えたぞ!」
男達は私がここにいるのに前を指差して騒ぎ出した。私を探そうと人波が前へ動く。
「普通の人間は眼前の事しか見えていない。」
流れる男達に後ろに追いやられながら私は更夜の声を聞いた。
後ろだ……。後ろに……。……いる。
私は咄嗟に振り向こうとした。殺気と悪寒が身体中を駆け巡る。私の身体はガクガクと震えていた。ふいに後ろから抱かれた。更夜の手が私の口を塞ぐ。
片方の手で私の腕を掴む。
「これは逆さ卍の俺流だ。驚いただろう?」
「……っ。」
私は声を発する事ができない。更夜は私の耳元でそっとささやく。
「逆さ卍とはだいぶ違うが……女に化ける技だ。素材は処女の蜜。処女の蜜を使う事によって俺はお前に化けられる。
俺がただでお前を楽しませるわけがないだろう?
俺はお前のそれを身体に留め、使いながら、何度かお前になりすまして女達を動かし、お前を追い詰めた。お前がどう来るかはわからなかったが結果は同じ。
俺はお前になればいい。だが俺の身体に入り込んだお前の蜜はもうなくなってしまった。もう俺はお前に化けられない。あれは消耗品だ。今のが最後だった。」
更夜は冷酷な笑みを私に向ける。
……やられた……!
私はそっと脈打つ下腹部に手を当てる。更夜と会った最初の夜の事を思いだし、目をつむった。
あの時、私のそれを更夜は身体に取り込んでいた。私はまったく気がつかず、快感に支配されていただけだった。
更夜は私に一通りささやくといきなり腕をひねりあげた。
「あっ!ああうっ!」
私はあまりの痛みに苦痛の叫びを漏らす。その叫び声で気がついた男達の視線が一斉に私に向いた。
「今捉えました。このまま、逃亡する気だったようです。目的は何かこれからみっちり吐かせましょう。」
更夜の声は一定で感情がなかった。
「……っ!」
私は絶望に支配された。……負けた。その言葉が頭をまわる。これから起こる事に対し、恐怖心が襲ってくる。
もう終わった……。私は腕の痛みに泣き叫び冷酷な更夜を本当に怖く思った。
「痛いか?残念だったな。お前は忍だ。あれだけの忍術を見せられたら疑いようがない。」
また冷たい声が私を刺す。
「ああ……ああ。」
怯える私に更夜はまたささやく。
「悪いが……俺にはやらないとならない事がある。お前は邪魔だ。
まあ、お前のおかげで俺は城の内部に侵入できたけどな。念のためお前に化けて入り込んだが幸い誰にも気がつかれなかった。
気がつかれてもお前の姿だ。疑いは俺にはいかない。おかげで大方の部屋は把握した。……俺が何をしようとしているのか。わかったか?」
「……。」
更夜は私にだけすべてを話した。私はこの男が何の任につかされているのかわかった。
どこの国から来た忍だかわからないがこの男はこの国の主を殺すつもりだ。
そのためにこの国に潜伏し、わざと手柄を立てて名を集め、私みたいに襲ってきた忍達を踏み台に確実に城主を仕留める方法を探していたのだ。
末恐ろしい男だ。人間らしい部分がまるでない。
「以上だ。お前は罪人として堂々と俺が殺してやる。」
更夜はそう言うと私の右腕を突然折った。
私は激痛に叫び、恐怖と絶望とこいつを仕留められなかった屈辱が瞳からあふれるようにこぼれた。悔しかった。
私自身が持つ忍としての自信もこの男に砕かれた。
殺してやる。殺してやりたい。この男をいますぐに……。
私は嗚咽を漏らしながら強くそう思った。だがもう遅い。
私はこれから更夜に弄ばれ殺される。ざわざわと周りが騒ぐ中、更夜は無抵抗な私を引きずり歩き出した。
光がなくなった私の瞳に顔を青くして立っている栄次が映った。彼が蛇だという事はもう気がついていた。だがその名に似合わず、私にとても優しくしてくれた。
本当に蛇なのかと何度も思った。更夜とは正反対だったから。
私は栄次から目を離すとそっと目を閉じた。




