流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト10
畜生……。あの男、あれ以外何もやってこなかったのか?
夜明けを迎えたのか部屋の中もだんだんと明るくなってきた。
「大丈夫か?送っていくぞ。ああいうの、初めてだったんだろう?」
男はフラフラしている私に声をかけてきた。私は男を殺すどころではなく快感の中に溺れ、勝手に意識を失った。最悪だね……。
「大丈夫……です。」
電撃が走っているようにピクピクと体中が痙攣している。私は操り人形のように力なく壁に手をついた。
「この部屋の間取りとか覚えておいた方がいいんじゃないのか?」
男の言う通りだったが私はもうそれどころではなかった。
「……。」
「心配するな。少し触っただけだ。後は何もしていない。」
私は動揺していた。男の顔をまともに見る事ができなかった。男は指先を軽く舐めると私を殺気のこもった瞳で見つめた。
……完全に気づかれていた。恐怖がさらに足を動かなくする。まさか、この男、忍だったなんて……。
「名は更夜。敵国には蒼眼の鷹と呼ばれているか……な。」
蒼眼の鷹……更夜……。確かに鷹のような鋭い目を持っている。目はあまり見えなさそうだが気配で色々わかってしまうのか。これは間違いなく鷹だ……。
更夜は知らずの内に私の背後に立っていた。悪寒と粟粒の汗がまた私を襲う。
「そしてもう一つ。
俺はまだお前を完全に忍だとは思っていない。
故、今は生かすが忍だとわかった段階でお前を殺す。子供とか女だからとかそういう言い訳は通じない。忍はそういう運命だ。
お前は忍だとばれる事なく俺を殺してみせろ。これは命をかけた勝負だ……。そうだろう?」
私は振り返る事ができなかった。冷たい声を聞きながらただ震えていた。逃げる事は許されない。
逃げたら確実に他の忍に殺される。情報の漏えいを防ぐためだ。だから私の選択肢は一つだけ。彼らを殺す事。
私は覚悟を決めるしかなかった。
あの更夜って男は私をいつでも殺せると行動で示してきた。あの男は近寄りたくはない。
今考えている作戦は栄次と更夜に殺し合いをさせるというもの。
ちなみにあの夜から三か月はたった。更夜も栄次も女を呼ばない。
私は女達から嫌がらせで栄次と更夜の元へ毎日のように連れて行かれる。
しかも女達は私が自ら望んで行ったというように言う。そのたびに栄次に泣きつき、私は言い訳をする。そうすれば自然と更夜にも伝わる。
そう言う方法を取り、いままで堪えてきた。
更夜とはなるべく会いたくなかった。
単純に怖かった。更夜自身は栄次に何も言っていないようだ。だから私は平然と栄次に近づける。
だがここで、迂闊に更夜の悪口は言えない。この優しい男はきっと私が怖い目にあったと聞いたら更夜を真っ先に問い詰めに行く。
そうすると私の計画がばれてしまう。
私の口からではなく、自然に更夜を落とすような何かをしないと状況は変わらない。
更夜の部屋に連れて行かれる時はしかたなく部屋に入った。
遠くで女が見ているから逃げる事はできない。
更夜は特に何もしないのだが私は恐怖心からその日は一睡もできない。
そのうち、女達が更夜と栄次の部屋で何もしてないと騒ぎ出した。
上に伝えて私を追い出そうと言い始めた。このまま逃げられるなら良かったのだが私はここから逃げてもすぐに殺されてしまう。
ここに居座る術を探した。私は二人の男に積極的に詰め寄らないといけなくなってしまった。
障子戸から影が外に映る、それを見た女達が何にもしていないと言ったのだろう。確かに何もしていない。
座り込んで相手を監視しているか寝ているかのどちらかだ。うまく何かしているように見えないか……。忍術は使えない。色々とバレてしまう。
栄次の方はなんとかなった。女達が見ていたら一睨みで追っ払ってくれた。
相変わらず私には手を出さない。私もこの男に手を出せない。しっかりと間合いを取っている。
問題は更夜だった。
「なんだ?」
私は震える足で更夜に近づいた。更夜の器用そうなしなやかな指先を見、嫌な気持ちが沸いたが私は覚悟を決めて言った。
「……私を……だい……。」
しかしそこから先の言葉は出なかった。
「ああ、なるほど。」
更夜はそう言うとヒュッと針を投げた。
私は思わず反応してしまう所だったが針は私に向けられて飛んだのではなく、障子戸と障子戸の隙間から外へ消えて行った。
「きゃっ!何!か、体が動かない……。」
すぐに女の声が響いた。しばらく騒いでいた女だったが他の女が来て連れ去って行った。
動けなくなったのが金縛りか幽霊か何かかと思ったらしい。女が逃げていく足音が聞こえる。
「これで静かだ。」
更夜は満足そうに頷いた。私にはこの男が何をしたのかわかっていた。影縫いの術だ。
灯りの灯っている部屋の側に女がいたので影ができる。その影に針を投げた。
影を縫い付け、動けなくした。それで助けに来た女が無意識に針を蹴とばしたかなんかして女は突然動けるようになった。
金縛りとか妖怪の仕業とかこの女達は考えるだろう。
忍者が紛れ込んでいないかぎり……忍術かどうかなんてわからない。
「……っ。」
「なんだ?何かおかしなことでもしたか?」
更夜は無表情で壁に寄り掛かる。
知らないフリをするしかないね。私は知らないふりをするしかない。
更夜は私が忍かどうかを調べている。更夜が忍である事を私が他人に言った場合、更夜は私を忍だと確定し、まっさきに私を殺しに来る。
忍術を見ているのはたぶん私だけ。忍術だと気がつくのもたぶん私だけ。
「それで?なんだ?」
「……いえ。」
私はそう言って再び更夜と距離をとった。更夜は針に糸をつけていたらしい。針はそのまま、更夜の手の中に戻っていた。
……証拠は残さない……。腕利きの忍だね。




