流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト6
アヤ達は駅前にある大きな図書館にいた。
「天記神ってどこの図書館にもいるわけ?」
「うむ。基本、どの図書館からも霊的空間に続いているのであります!ラビダージャン!」
ウサギとアヤは図書館を見回した。茶色のシックな壁、床。空間はレトロな感じ。
古い本から漫画本まで棚にぎっしり詰まっており、大学生が机に座ってパソコンを開いている。
絵本コーナーには子供が多数おり、皆、涼みにきたのか席を立とうとしない。
「どうも。こんにちは。」
本の貸し出し所にいたスタッフの女性がすぐに声をかけてきた。
「あ、えっと……こんにちは。」
アヤはいきなりだったので戸惑いながら返事をした。この女性にはこの霊的兎が見えているらしい。
……ウサギが見えている?という事は神かしら?
「あちら、歴史書コーナーの先でございます。」
「かたじけない!さっそく行くでごじゃる!時神様!」
ウサギはアヤの手を掴むと歴史書コーナーに向かい走り出した。
「ちょ……ちょっと!え?何よ!いきなり!……走らなくてもっ……!」
走りながらアヤは振り返る。しかし、もうすでに女性の姿はなかった。
歴史書コーナーは図書館の一番右端にあった。窓はなく、薄暗い。
本棚にはここら辺の歴史が書かれている本が並んでいる。その先に、もう一つ空間があった。
「あそこから先が霊的空間なわけね。人間からするとここから先はただの壁。」
「この世で肉体を持っている以上はここから先は映らない!ここから先は心が行く世界でごじゃる故。」
ウサギはアヤを引っ張りながら解説をする。
「ねぇ、じゃあ、なんで私はここに入れるの?私は人間には見えるしパッと見て普通の人間よ?」
「何をおっしゃる!時神様はすでに人間の心が生み出した霊的存在。
ただ、人間が『時神様は人間と共に生き、我々を見守ってくださっている。』と想像をしたが故に人間に見えるだけでごじゃる。」
ウサギは歯を見せて笑う。
「なるほど……。私も人間につくられた存在って事ね。」
アヤとウサギは霊的空間に入り込んだ。
霊的空間といっても先程の歴史コーナーの延長線上のようなものだ。
ただ、大きな本棚に本は一冊しかない。
真っ白な表紙の本で達筆な字で天記神と書いてある。
「後はこの本を開けばいいと思うぞ!がはは。」
ウサギは先程から楽しそうだ。かわいらしい前歯を見せながら笑っている。
「ほんと、楽観的よね……。霊的生物は。じゃあ、開くわよ。」
アヤは楽しそうなウサギを横目で見ながら白い本を手にとった。そのまま、ためらいもなく本を開く。
……まあ、一度経験していないと戸惑うわよね。本を開くのけっこうためらうもの。
真っ白なページを何枚かめくった時、目の前も真っ白に染まった。
「……ん。」
気がつくとアヤ達は霧の深い場所に立っていた。
盆栽があちらこちらにあり、どこかの庭のようだ。深い霧の奥に大きな建物が映る。
「さあ、行くでありますよ!時神様!」
「え……ええ。そうね。もう、なんだかあなたに対して何とも思わなくなったわ。」
アヤはウサギに引っ張られる形で霧の中を進んだ。しばらく歩くと霧の中から古い洋館が現れた。パッと見てお化け屋敷だ。
……一度来た事あるけど……やっぱりここは気味悪いわ。
アヤはふうとため息をついた。
ウサギは飛び跳ねながら洋館の軋むドアを開ける。そしてアヤに先に入るように手で促していた。
「わかったわ。入るわよ……。」
アヤはドアを抑えているウサギの横を通り過ぎ中に入る。
「あら。いらっしゃい。」
洋館に入った刹那、男の声が聞こえた。
「ついこないだぶりね……。」
「そうね。」
アヤの前に奇抜な格好をした男が現れる。
物腰は女そのもので仕草も女。
彼は男だが心は女だ。
紫色の着物に星をイメージしたらしい帽子をかぶっている。帽子から生える青い髪は長く、腰辺りまである。
高貴な雰囲気のある男性だ。
「こんちはであります!天記様!」
「あら、ウサギちゃん!」
ウサギは丁寧に頭を下げた。天記神はオレンジ色の瞳を輝かせながら微笑んだ。
なんだかとてもお互いうれしそうだ。
「ニンジンくださいであります!」
「ああ!もう!かわいい!ああもう!かわいい~!」
天記神はニンジンをおねだりしたウサギを抱きしめモフモフとあちらこちらを触っている。
……なるほど。このウサギはいつもここに来てニンジンをおねだりしているのね。
だから元気だったのか。このウサギ。
アヤはそう思ったが口には出さず、この前起こった事件を思い出してみた。
……もう、天記神は落ち込んでないみたいね。あれから何も起こってないみたいだし。
……しかし、いまだに慣れないのよね……この神……。
「ああ、アヤちゃん。そこの椅子にお座りになって!それとウサギちゃんもぉ!
ニンジン持って来てあげるわね!ああ、アヤちゃんには洋菓子と紅茶でいいかしら?」
「え、ええ。ありがとう。」
天記神に押されるまま、アヤは沢山ある椅子の一つに座った。目の前には長机。
上を見渡すと天井まで続く本棚。
……一体ここにはどれだけの本があるのかしら?
アヤは上を眺めた後、そのまま隣に座っているウサギに目を向けた。
「ニンジン!ニンジン!ニンジンでごじゃる!」
ウサギは目を輝かせながら即興で作ったらしいニンジンの歌を歌っていた。
やがて天記神が戻ってきた。机に紅茶とガトーショコラ、ニンジンが丸ごと置かれる。
「ウサギちゃんは何にも調理してないニンジンがいいのよね?」
「ありがとうでごじゃる!これで『ばちぐー』。」
ウサギは持って来てくれた天記神にお礼を言うと「いただきます」をしてニンジンにかぶりついた。
ポリポリゴリゴリと歯が折れてしまいそうな音が聞こえてくる。
「さすがウサギね……。」
アヤはおいしそうに食べているウサギを呆れた目で見つめ、紅茶をすっと口にする。
紅茶は温かい紅茶だった。ここの図書館自体が涼しいので温かいものも普通に飲めた。
「今、外は夏かしら?ここまで来るのに暑かったでしょう?」
天記神がアヤの向かいに座る。
「まあ……そうね。暑かったわ。八月も終わったのにまだ暑いのよ。ここは涼しいわね。」
「ここは半分弐の世界だからかしら。季節はないのかもね。」
「……!」
アヤは紅茶を飲む手を止めた。
「あら?どうしたの?弐の世界について聞きに来たんでしょう?」
天記神はアヤを眺めながらフフッと笑った。
「まだ何にも要件言っていないのになんでわかったのよ……。」
「あのいい男の栄次様の件でしょう?私、ちょっと『ふぁん』なのよ~❤なんかすごい硬派じゃない?もう……会ったらハグよね~。」
天記神は幸せそうな顔で恥ずかしがっている。
……ハグ……ねぇ……。
アヤはその情景を思い浮かべ顔を青くするとブンブンと頭を振ってガトーショコラを頬張り始めた。
ちなみにウサギは横でニンジンをかじりながら馬を制作している。
……べ、別におかしい事じゃないわよね……。
彼は女性……なんだから。そう……女。
「冗談はここまでにしてと……。栄次様は弐の世界に入り込んできましたよ。
正規ではないルートでね。
それで月が大騒ぎして情報を集めているけれど弐の世界に入れないんだから何にも見つからない。」
……冗談ってどこまでが冗談だったのかしら?
まあ……いいわ。
「じゃあ、私達がここに来ることをある程度想定していたのね?」
「まあ、そうねぇ。来ないかとも思っていたけど。私はどっちにしろ、ここから動けない。だから情報なんてほぼないに等しい。」
「でもここ、弐の世界なのよね?」
「そうよ。弐の世界でもここは大量な想像力を持つ人間の心が通り過ぎる世界。
私は眺めているだけだけど面白いわよ。
ここに来るのはお話を作っている人とか妄想激しい人とかそういうはっきりとしたものがあって心の中で世界を作っている人かしら。
まあ、こういう事を言うとなんか変人扱いしているみたいだけどね……。」
天記神はフフフと微笑む。
「じゃあ、ここから栄次を助けに行けばいいんじゃない?ここ、弐の世界なんでしょ?」
「……っ!」
アヤの発言に天記神だけではなく、隣でニンジンを頬張っていたウサギも顔を青くした。
「な、何よ?」
「時神様!それだけはダメでごじゃる!
弐の世界は正直どうなっているかわからないであります!戻れなくなるでごじゃる!」
ウサギが必死に止めるのでアヤは唸った。
「そう?まあ、天記神もここから動けないわけだし……やっぱり、色々やばいのね。」
「アヤちゃん……この世界は神々も無意識によく訪れる世界。アヤちゃんの心もここに来ているのよ。
心がちゃんと朝になった時、あなたの元へ戻って来れるのはあなたの肉体が常世にあるから。
肉体も一緒に入り込んだら出られなくなるわよ。」
天記神が鋭いオレンジ色の瞳でアヤを射抜く。
「……じゃあ、夜寝てから来ればいいのかしら?」
アヤは怖気づきながらも言葉を発した。
「アヤちゃん、あなたは寝ている時に正常な自分でいられる?弐の世界にいるって事がわかる?」
「……わからないわね。」
「弐の世界は毎回変わるわ。心に反応してね。一人一人世界が違うのよ。
例えばこないだのアヤちゃんの世界は前現代神、立花こばるとが存在している世界。
あなたはきっと覚えていない。」
「……立花……こばると……。」
アヤは何かを思いだすように目を閉じた。それから怯えた目で天記神を仰ぐ。
「ね?心がある者には必ず弐の世界が存在するの。そうやって沢山世界がある中であなたは他人の世界を壊さずに栄次の世界を探し出して入り込めるかしら?」
天記神に言われ、アヤは何も言えなかった。
こばるとがいた世界を自分がつくっていたなんてまったく覚えていなかった。
改めて弐の世界の怖さを知った。
「じゃあ、どうすればいいのよ……。」
アヤがぼそりとつぶやいた時、天記神のオレンジ色の瞳が鋭くすっと横に動いた。
「どうしたのよ?」
「お客さんね。」
「お客さん?」
アヤの目も自然とドアの方へ向く。
しばらく、ウサギのニンジンを食べる音だけが響いていた。




