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流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト5

 栄次は深い森の中を進んでいた。


もうすでに方向感覚がない。


まわりは木々が覆い茂っており、同じ風景が続くため、もう戻る事は困難に思えた。道も険しくなり、岩がゴロゴロと転がっている。


普通の人間なら恐怖と疲労でおかしくなってしまうだろうが栄次は平然と森の深くに進んでいく。


 「ここは……樹海か?」


 「ただの森の中だよ。青木ヶ原樹海みたいでしょ。あの樹海も同じ風景が続くから迷うんだって。迷う事には変わりないんだけどあの頃とは雰囲気がだいぶ変わったらしいよ。」


 「……そうか。」

 栄次は少女の声に相槌を打つとまた黙って歩き出した。


 「……すぐにあの頃の事、思い出せるよ。紅色のくちなわ……栄次。」

 「紅色の蛇か。なつかしい。確か更夜こうやは……。」

 栄次が何かを思いだすように目を空へと向ける。


 「蒼眼のたか……更夜。あの時はあなた達の名前がわからなかったからこう呼んでいたけど今だったら笑い話だね。あだ名、臭すぎだよね。」


 「まあ、そんな所だろう。少なくとも俺は敵には名乗らない。」

 岩を飛び越えながら栄次はどこにともなく口を開く。


 「あなた達の敵がそう言う風に呼んだ由来は朽ちてほしいという願いが込められてくちなわ、更夜は名前に夜が入っている事から鳥目で弱いという事で鷹にしたらしいよ。


というか、鷹って鳥目じゃないしつけた人は馬鹿だよね。

まあ、悪口だよ。あなた達が強すぎたから本来の意味とは別に皮肉る意味も付け足したんだろうね。」


 少女の声は絶えず前から聞こえる。だが姿は一向に見えない。

更夜に会っても声だけ聞こえて姿は見えないのではと栄次は今更になって思い始めた。


 「ところで黄花門に着いたらお前の姿は見えるようになるのか?」

 「もちろん。見えるよ。」

 少女の声は栄次の疑問に即答した。


 「そうか。」

 栄次は短くそう言うと岩を軽々と飛び越えた。


 「……あなたの心はどんどん昔に返って行く。そうするとわたし達が見えるようになる。」


 また違う岩を飛び越えた時、栄次は何か不安定なものを感じ取った。空間が変わったような不思議な感覚だ。


 「霊的空間に入ったのか?」

 「そうだね……。」


 少女がつぶやいた時、栄次の目の前に幼い女の子が現れた。


真黒な忍び装束を着ており、肩先まである黒い髪の上に髷のようなものがついている。栄次はその少女の姿を一瞬で思い出す。


 ……変な髪だとあの時、思っていた……。この娘の姿を長年忘れていた……。


 少女の前髪は子供らしく眉毛の上で切りそろえられている。パッと見て男の子なのか女の子なのかわからない。真黒な瞳には光がなく、濁りきっていた。


 ……健全な心をこの子は持っていない。

人を騙す事だけを考え、人を殺す事に全力を費やし死んだ。……哀れなおなごだ。


 栄次の感覚は徐々に『あの頃』へ戻っていた。


 「はっ!」

 気がつくと栄次はきれいな泉の前にいた。

真夏だったはずなのだが泉の真ん中に満開の桜が咲いている。


 「ここが黄花門だよ。栄次。」

 「黄泉……。よもつひらさか……。桜が花……死者の門……それで黄花門か。」

 栄次は足の先が泉に浸かっていたので慌てて足をひいた。


 「それともう一つ、桜花おうかもあるね。」

 少女は子供らしい笑顔で微笑む。この表情に栄次は何度も騙された。


 ……あの時、俺はこの娘を殺せなかった。


 「ねぇ、そういえば栄次はなんで自分の刀を持っているのに人を殺す時だけ落ちている刀とか人から奪った刀を使ったの?ずっと疑問だった。」


 「今更隠す事もないから話そう。俺は時神だ。


時神は人間の時を守る神。人を殺す事はできない。

自分の刀はもう霊的な武器に変わってしまっていたため、何度人を斬ってもその人間は死なない。


だが、先程人間が使っていた武器なら俺の力が入り込んでいないので人を斬る事ができる。」


 「ああ、そういう事。」

 少女はふふっと笑った。


 「……お前……名は?」

 「……知っているよね?」

 少女に見つめられ、栄次は不安感を抱きながらもまた唐突に思い出した。


 「……霧隠きりがくれ……すず。」


 「正解。」

 少女……鈴は嬉しそうに笑った。


 「……更夜はどこにいる?」

 栄次は鈴に尋ねた。


 「その泉の中にいるよ。」

 「泉の中……。」

 栄次はしゃがみ込み、泉の水を眺めた。


泉に自分の顔が映った。


なんだか懐かしい感じと共に泉に溶けていっているような気がする。何が起こっているのかはわからない。栄次は懐かしい感覚に抱かれながら流れに身を任せていた。逆らう気はまったく起きなかった。


 「栄次……あなたはこの世界で生きる事に疲れすぎているんだね……。気持ち……よくわかるよ……。」


 鈴の声が遠く聞こえた。


栄次は『あの頃』に戻っていく自分に逆らえなかった。


『あの頃』の事を居心地がいいと思った事はない。


だが、なぜか心は軽かった。

 




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