流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト1
この日本には時神という時間を守る神様がいる。別に時間を止めたりできるわけじゃない。
ただ、人間の時間を監視し見守るそれだけだ。
時神は人間から誕生する。はじめは人間で徐々に神格を上げ、神となる。
歴史は人間がつくるのであって時神がつくるのではない。
つまり、時神になったら自分の歴史もつくる事はできない。故に歳をとらない。
そんな時神も永遠ではない。
自身の力が弱まったら新しい時神が人間から生まれる。
そうすると力の弱まった時神はいままでの時間の力と人間の歴史を動かす力が入り混じり消滅する。
そして新しい時神に力が受け継がれる。
時神という神称は永遠かもしれないが個人は永遠ではない。
「……そこまではわかっているのだ。」
栄次は唸った。時神は三人いる。
彼は過去神、現代神、未来神の中の過去神である。
眼光鋭く、長い茶色かかった髪をひとまとめにして緑の着流しに黒の袴をはいている。
そして腰には匕首と鯉口が差さっていた。
パッと見て侍だ。
栄次は山道を一人歩いていた。今は夜中なのですれ違う人はおそらくいない。
夜目がきくのか灯りもなく前へ進んでいる。
……気になるのは価値観だ。
この時代が現代であると今の人間は思っているわけだ。
……ということは現代神が管轄するはずじゃないのか?
それなのに俺はこの時代で現代神に会った事はない。昔の人間にとってはこの時代は未来だろう。
だが俺は未来神には会った事もない。
なぜここが過去だと言い切れる?
「……それはね……。」
どこからか声が聞こえた。幼い女の子の声だ。
「……誰だ?」
「……誰でもいいよ……。あなたの問いに答えてあげる……。」
「俺の心を読んだのか?」
「……うん。」
声の主は控えめに言葉をこぼす。
「姿を現したらどうだ?お前は人間ではなかろう。」
「……うん。だけどこのままで……いさせて。」
「……。かまわん。」
「あなたは……今がいつだかわかる?」
「……現在は平成の時代だろう?」
「そう……。」
栄次は近くの木のそばに座り込んだ。
「それがどうした?」
「時神はね……。いつでも三人そろって存在しているんだよ……。」
風が通り過ぎる。栄次はそこに何かいる気配を感じたがなんだかはわからなかった。
「だが俺は俺のいる時代で会った事はない。」
「それは……そうだよ。ここは過去なんだもの……。」
「だからお前の言っている事が俺にはわからん。」
「わたしには……見える。この時代にいる三人が……。」
わずかな風がまた通り過ぎる。
「?」
「空間の違い……。三人は同じ時代でもそれぞれの世界で生きている……。
こことは別次元の世界……今の時代が現代であるとしている世界、今の時代を未来であるとしている世界……。
あなたがいるこの世界は……ここが過去であるという世界……。」
声が栄次のすぐとなりで聞こえた。
「……だから俺は他の時神に会えないのか。」
「そういうこと……。この同じ山道で今、未来神が鼻歌を歌いながら歩いているよ……。
すぐそこにいるよ……。でもあなたには見えない……。次元が違うから……。」
栄次があたりを見回してみても人がいる気配はない。もちろん鼻歌も聞こえない。
「そうか……。すぐそこにいるのか。」
「そう……。現代神はマンションの一室で眠っているよ……。
でもあなたがそのマンションに行っても現代神はいないよ……。」
「ふむ……。なぜお前にはそれがわかるのだ?」
栄次はどこへともなく語りかける。
「わかるよ……。わたしはもう……この世界の住人じゃないから……。」
「……霊か?」
栄次の問いかけに声はしばらく沈黙した後、
「うん」
とつぶやいた。
「お前、いくつだ?」
「……七歳……。」
「……七つか……。いつ死んだんだ?」
「……今でいう……戦国時代。」
声は栄次のまわりをまわる。
「戦に巻き込まれたのか?」
「……わたしは忍だった……。」
「忍か……。忍の里の住人だったか。まだ身軽な子供の時代に諜報とかをやっていたのだな?」
「……そう。本当は嫌だった……。大きくなっても女忍として生きなくてはならなくて……。」
空気がまた揺れる。
「俺とお前、会っていたりするか?」
「……会っているよ……。あの時代で。」
「いつだ?」
「あなたは覚えているかわからないけど……わたしにとってそれが人間としての最期だったから……。」
「人間としての……最期か。」
栄次の声も自然と暗くなる。
「わたしはあなたの見ている前で……殺された。」
「俺の見ている前か。諜報がばれて捕まったか。」
「……そう。『こうや』って人に……斬られた。」
「……更夜……あいつか。
あれは真面目な人間だった。思い出した……。
あの時のおなごか。
あの時、毅然とふるまっていたおなご……子供ながら立派だと思ったものだ。
皆は城で幽閉しようと考えていたようだが……忍という事で更夜はお前に刃をむけた。
拷問もろくにできなかった俺達をぬるいと言った。忍は情報を持ち出す存在だ。
こちらが危険になりかねない。やつはそう言ってお前を斬ったのだ。
あの後、やつはお前を立派だと言い、墓まで立てて埋葬した。
その墓に花を添え……ああ、そうか……ここがその墓のあった場所か。」
栄次は何かを懐かしむ感じであたりを見回した。
「……うん。今はないんだけど……。わたしの身体も……もうないし。『こうや』にあっちで会ったよ……。」
「あっちとは?」
「黄花門ってとこの……そばで……。」
声は流れて消えた。
……黄花門?聞いた事ないな……
栄次は立ち上がるとまだまだ続く山道をゆっくりと歩きはじめた。
声の主はふふっと笑った。
神々はこちらに来れない……。
……わたしも『こうや』も絶対に彼らに見つからない自信がある……。
わたし達の計画は……ここからはじまる……。




