流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー22
「時神、助かった。だが、お前は大丈夫なのか?」
イソタケル神が心配そうにアヤを見ていた。
「私は大丈夫よ。あなた、私を心配するの?」
「当然だ。」
アヤは花姫のためかと思ったがどうやら違うらしい。
「アヤさん、わたくし達、草木の神は基本、争いを好みません。お兄様はあなたを殺そうとしたわけではありません。」
ヒエンに言われてアヤはたしかにそうだと思った。この神は極力、自分の神力を使わないようにしている。
交渉していたときもこの神は力で支配しようとはしなかった。
ただ、あの時は自分の部下である冷林が現れて抑えていた感情が流れてしまっただけだ。
「わかったわ。ありがとう。イソタケル神。突然だけど上を見てくれるかしら?」
アヤは人差し指で上を指差した。ヒエン達はアヤに習い水面を仰ぐ。
「……っ!」
「ぎゃああ!つ、つららぁ?」
カエルが顔を真っ青にして太くて鋭利な氷柱を眺めている。
「数が尋常じゃないわね~?これで死なない時の為に今度はあれ使ってトドメをさすってわけね~?」
草姫は水を触った後、人差し指を氷柱に向ける。
「万が一、これに当たらなくても水を凍らせるつもりなのか?」
「ええ?英雄はあれを全部避けられる自信があるのーっ?すっごおい!」
カエルはイソタケル神の言葉に単純に感動した。
「僕達はこの中でうまく動くことはできない。カエルが避けられる自信がないとするならば避ける事は不可能だな。」
「ええーっ!あたし頼みだったの?あんた、一人で男なんだからさー、か弱い女の子を守ってよぉ!」
「カエルさん、わたくし達、もう女の子って呼んでいいんですか……?アヤさんならわかりますが。」
カエルの叫びにヒエンは冷静につっこみを入れた。
「そう?あたし、まだ二十五歳だけどさ~?」
「二十五!?」
アヤと草姫は思わず叫んだ。
「なんだい?そんな驚かなくても……。」
「カエルちゃんってもっとお子様かと思っていたわ~。意外よ~。」
「うーん。そう?」
草姫の発言にカエルは首を傾げた。
「ま、まあ、神様なんて外見年齢あてにならないわ……。それより、上どうしましょうか?」
「ああ、それならいい案を思いついた。」
アヤは即答したイソタケル神に目を向ける。
「え?どうするのっ?」
カエルが興味津々な目でイソタケル神を仰ぐ。
「ここに植物をつくる。そうすれば僕達はまた力を使える。」
「植物!お兄様、無理です!わたくし達は三人でこの日本の草木をつくったんですよ!妹もいないと……。」
「ツマツヒメの事か?問題はない。その役割をする者がここにはそろっている。」
大屋都姫神とイソタケル神の他にもう一人、神話では妹がいる。ツマツヒメ神という。
「そろっていると言われましても……。」
「大丈夫だ。このフロアくらいならな。時神が水のない空間を少しでも作る、そこにカエルと草姫と僕とヒエンで木を生み出す。」
イソタケル神は困った顔をしているヒエンの頭を撫でる。
「それしかないなら、しかたないわね~。私は元々木の魂を管理している神だから、ちょっと良い事なのかわからないけど~。」
草姫も複雑な顔をしている。
「いいわけないです!ここに出して好き勝手に作った植物は今後どうなるんですか!」
「僕がちゃんと連れて帰る。心配するな。一本の木をつくりたい。それだけでいい。」
口論している間に氷柱はさらに大きくなった。
そろそろ落ちてくるかもしれない。
アヤはさっさと時間操作でほんの少しだけだが水を省いた。
「こんなものしかできなかったけど。」
「十分だ。」
アヤを先頭にヒエンも草姫もしかたなしに従う事した。
まず動いたのはヒエン。
ヒエンは髪の毛を一本抜くと水のなくなった空間にそっと置いた。その次に手をかざす。
ヒエンはそのまま目を閉じ、神力を高めはじめた。
「ヒエンは男神が持っていない生み出す能力を持っている。これはほぼ女神しか持っていない力だ。僕も持ってはいるがこの能力はとても低い。」
女性は子供を産む力を持つ。故に神の世界でも何かを生み出すのは女の方が得意だ。
気がつくと髪の毛は一つの種に変わっていた。
「これでいいでしょうか?一応、黒松に育つと思います。」
「完璧だ。ヒエン。」
「縁起いいわね~。で?次どうするの~?」
草姫は冒険に思いをはせる子供のような表情になっている。単純にわくわくしているらしい。
「カエルが水を草姫の如雨露に入れる。」
「お兄様、カエルさんはもうお水がないんですよ?」
「だいじょーぶぅ!海水から出た水分をためたよっ!あたしは!」
「それ……、貯めたのって海水じゃないですよね?」
「違うって!海水だったらあたしが飲めないよ。ここは水の中って事もあって湿度が高いっしょ?その水滴みたいな水分の事よっ!」
「はあ……そ、そうなんですか。」
カエルはえへんと胸を張るとヒエンに笑いかけた。
「それを計算に入れてないわけないだろう。カエル、やってくれ。」
「はいはーい!」
カエルはイソタケル神に言われた通り、如雨露を構えた草姫にむかい水を吹いた。
カエルの口から出た水は水鉄砲のように草姫の如雨露に吸い込まれる。
あんまり見たい光景ではなかったがアヤもその風景を興味津々に見ていた。
「はい~、オーケーよ~。で、私がこの水を霊的に変えて~この種にかけると~。」
草姫はカエルにオーケーサインを出すと如雨露で水を種にかけ始めた。
「この種はこんな環境にも関わらず~私に生きろと命じられ~元気に根を張り始める~。私は生死を司る神、木の生き死にを握っている~。」
草姫の言葉と共に種は目を出し、地面もないというのに根を伸ばしはじめた。
「さて、僕の番か。」
イソタケル神は草姫と変わって木の前に立った。花姫をいったんアヤに預ける。
そしてそのまま両手で芽を握る。猛々しい力が木だけではなく、アヤ達にも伝わった。
「な、何この力……っ!地面が揺れているの?」
「アヤさん、アヤさんが震えているんですよ。大丈夫です。大きすぎる力、大地の力で身体が震えているだけですよ。」
「なんか大きいものがこっちに迫ってくるみたい。」
「時神。」
「な、何?」
イソタケル神にいきなり呼ばれアヤは動かない口を必死で動かした。完璧に圧倒されていた。
「この木の時間を早送りしてくれ。終わってから後でちゃんともとに戻してくれればいい。」
イソタケル神はアヤから花姫を受け取るとそう命じた。
刹那、氷柱が何個か一気に落ちてきた。
たまたま、アヤ達が固まっている所には落ちて来なかった。
その太くて鋭利な氷柱を見たアヤは喉をごくりと鳴らすと松を睨みつけた。
「わ、わかったわ。もうこうなったら何でもいいわ!」
アヤは木に時間の鎖を巻きつけた。
歴史とかそういうのは一切考えないで時間を早回しにする事だけを考えた。
木はみるみる大きくなって行き、立派な黒松に成長した。
「よし、成功だ。」
イソタケル神は大きく育った松を操り氷柱を叩き落としていく。
「行くわよ~?」
草姫がアヤとカエルの手を握る。
「え?」
草姫は木を操り、根を出現させるとその根をしならせて上の枝に投げさせた。
「きゃああ!」
アヤは顔面蒼白で叫んだ。
「わああ!すっご!たのし!」
正反対の反応をしている二人を眺めながら草姫はぴょんぴょんと枝を登る。
異常なくらい背の高い松に育った。
水槽をはるかに超え、潮水をものともせず堂々と立っている。
隣りでヒエンも枝に乗りぴょんぴょん飛んでいるのが見えた。
イソタケル神はいつの間にそこへ行ったのかもう水面から外に出ている。
氷柱をすべて木で弾き、下にいるアヤ達が素早く来ることができるようにしてくれていた。
アヤ達も水面から外に出る事ができ、こちらを睨みつけている天記神と目が合った。
イソタケル神は木の枝をバネに水槽となっている紅炎を飛び越して、天記神の前に着地した。
そのまま松の葉を一本天記神の首元に突きつける。花姫は抱いたままだ。
「この松の葉がただの松の葉だと思うか?」
「あなたの神力で触れたら斬れてしまう葉になってしまったわね。」
イソタケル神の目が鋭くなった。
「お前は罪もない神を何人も殺そうとしたんだぞ。」
「……あなただって一緒じゃない。歴史をおかしくしたらどうなるかわかっているの?」
天記神はイソタケル神を睨みつけ、言雨をぶつける。
「いい加減にしろ……。」
イソタケル神から天記神よりはるかに恐ろしい言雨が降りまかれる。
後から着地したアヤ達はイソタケル神に近づくことはできなかった。声も出せない。
「……は……は。もう終わりね……。『終局』ってやつかしら……。いえ、『ちぇっくめいと』の方がいいかしら。」
天記神は冷や汗を流しながらその場に膝をついた。顔は微笑んでいるが身体は震えている。
「……。」
「はやく殺しなさいよ。私は大きな罪を犯した。もういいわ。こうなってしまったら私はあなたに勝てない。時神ちゃんがいる事が……誤算だったかしらね。」
天記神は目を伏せた。このまま何も言わずに死ぬ気だ。
「そうだな。しかたあるまい。」
イソタケル神は神力を込めた松の葉を剣のように大きくすると天記神の首目がけて振るった。
アヤも草姫もヒエンもカエルもイソタケル神を止めようと動こうとした。
だが誰一人動ける者はいなかった。
『……ダメ。』
「……っ!」
イソタケル神は突然起きた事で手を止めた。
後ろで大きくなった黒松が操ってもいないのに葉を何本も飛ばしてきたのだ。
頭の中でとても聞き覚えのある声が聞こえてきた。




