流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー21
「まいったわね……。」
アヤは頭を抱えた。
天記神がこうくるのはなんとなく予想はしていた。だが自分達ではなくイソタケル神とぶつかるだろうと考えていた。
イソタケル神がかけ離れた神力を持つので勝負はあっという間につくと予想していた。
しかし、天記神はイソタケル神を止めるため全力を出すのではなく、事実を知られたくないから全力で全員を消そうと動きだした。
ヒエンが何か天記神と約束を結んでいたようだがそれも失敗に終わったらしい。
結果、イソタケル神と共闘を強いられ人数の割には大ピンチとなっている。
「よし、ここはあたしがなけなしの水を皆に提供するよっ!」
カエルは慌てて口から水を吐きだした。
上に向かって吹いたので雨のように水がさーっと落ちてきた。
「きっ……きったないわ……。」
アヤは呻いたがカエルの吐いた水はねばねばしているわけではなく飲み水にも使えそうなくらいのきれいな水だった。
一体どんな体の構造をしているのか全員がびしょびしょになるくらいの水をカエルは噴射した。
「あー……もうダメだ。水なくなった。」
カエルはくたっとその場に座り込んだ。
「カエル、助かった。」
「カエルさん、ありがとうございます。」
「ありがと~助かったわ~。」
イソタケル神、ヒエン、草姫は同時に礼を言った。アヤは対して変わらなかったが草花の神にはこの炎はだいぶ堪えたらしい。
周りの炎はいまだ消えていない。
天記神がどこにいるのかもよくわからないくらい炎が高く、周りを囲んでいるため抜け出せない。
「弐の世界で彷徨う本はやはり強力……。」
炎の先から天記神のつぶやきが聞こえた。
……?
「そうか。あれは弐の世界の書庫の神でもあるのか……。」
「弐の世界?」
イソタケル神の発言にアヤは首を傾げた。
「この世界の住人はまず行けない場所だ。
ただ、人間のような能力、想像力をもつ生き物なら意識を失った時、眠っている時などに行ける世界だ。動物や人間の霊も多く住み、死後の世界という者もいる。」
「夢の世界とくくるわけにはいかないわね……。
そんな世界があるの?
ほんとに神になってからわかんない事ばかり出てくるわ。」
「まあ、弐の世界については僕もよく知らない。
この世に住むものは弐の世界について知る必要がないからな。資料もない。
おそらく天記神も口止めされていて弐の世界については何も話さないだろうな。
もしかしたらあいつも知らないかもしれない。
書庫から出る事を世界から禁じられている可能性がある。」
「まあ、よくわからないけど知らなくていいなら別にいいわ。
とりあえず、この状況をどうするかよね。」
アヤは今普通にイソタケル神と話していた事に肝を冷やした。
……そういえば、威圧感がない……。
神力を消したって事?
アヤがイソタケル神に改めて視線を移した時、紅炎が突如弾けて眩しい光がアヤ達を襲った。
「うう……っ!」
目をつぶる暇もなくアヤ達は光に飲まれた。
「アヤ?アヤどこ行ったのさっ!あれ?ってゆーか皆いない!」
カエルの声が響く。アヤは閉じていた目をそっと開けた。……つもりだった。
「あれ?真っ暗だわ……。」
アヤは自分が目をずっと開けっ放しにしていた事に気がついた。
目を閉じて前が暗くなったのではなく世界が真っ暗になったのだ。
「……違います。真っ暗になったのではありません。視覚をやられたんです……。動いてはダメです。」
ヒエンの声もどこからか聞こえてくる。
「黙っていた方がいいかもよ~?敵がどこからくるかわからないじゃない~?コクタン……私も今、コクタンよ~。」
「あーっ!それはわかる!
花言葉は暗闇っしょ!」
「カエルちゃん、せーかいっ!」
「そんなのんきな会話している場合じゃないでしょ!」
アヤに怒られ、カエルと草姫は黙った。二人の落胆の顔が思い浮かぶ。
「先程から風に紛れて潮の匂いがする……。」
いままで黙っていたイソタケル神がどこからか声を発する。
イソタケル神も目が見えていないようだ。
「潮……唸る荒南風だわ。さっきのは轟く閃光ね……。」
「なるほど……草花にとっての弱点ばかりを集めた攻撃という事か。
僕達は今、草花を操れない。俎上の魚だな……。炎の次に光を奪い、強い風に潮水か……。」
風がどんどん強くなってきた。もう怒鳴っても声が相手に届くかわからない。
天記神はこれを狙っていたのか。
目を奪っても耳がある。耳も奪ってしまえば人や神はコミュニケーション能力を失う。
神ならばまだテレパシー能力をつかえる者もいるかもしれないが……。
ちょうど少し警戒が緩んだ頃、どういう状況なのかまったくわからないがいきなりアヤ達の身体が水に沈んだ。
塩辛い水がアヤの体内に入り込む。
「これは……海?がっ……うう……。」
息がまるでできない。声も発する事もできない。何かを考えている余裕もない。
これで天記神は思考を奪った。
……死ぬ……。皆は?皆は何をしているの?
アヤはその時ハッと気がついた。
……草花の能力は使えない……でも私の能力は……使えるんじゃないかしら?
このままでは死んでしまうと考えたアヤは見えない恐怖と戦いながら時間の鎖を自分に巻いた。
……巻けた!
やっぱり私の能力は草花に関係ないし、狭間も何も関係ないから使える。
アヤは自分の身体を襲われる前に戻した。息も普通にでき、目も見えるようになった。
……この水攻めに遭うまで十五分ほど。十五分間、私はこの状態を保っていられる。
アヤはまわりを見回した。
不思議な事にあの紅い炎が水槽の代わりをしており、その炎の水槽の中にアヤ達が閉じ込められている形となっていた。
カエルは潮水では息ができないのか意識を失っているようだ。
残りの三人は水槽の上の部分にいた。
草姫は座禅を組んだまま苦渋の顔をしており、ヒエンとイソタケル神の兄妹は身体に神力を纏って水をかろうじて防いでいたがおそらく長くはもたない。
草姫もおそらく、座禅を組んで集中力を上げ、神力を高めているのだろう。
もともと植物は潮水が苦手だ。
いくら集中していても普通の水とは違うので負けてしまう可能性が高い。
おまけに能力がまったく使えない。
非常にきつい状態になっている。
アヤはそれを確かめて今度は上を向いた。
揺らめく水面のさらに上の方で大きなツララが沢山出現していた。
……落つる氷柱……。あれが降ってきたら間違いなくここにいる神々は全滅。
草花にとって氷も脅威で、おまけにカエルは意識を失っているし、氷や冷たい物が苦手。
……最悪だわ。
とりあえずアヤはカエルに時間の鎖を巻いた。
ぴくんとカエルが動きはじめ、きょとんとした顔であたりを見回している。
「カエル、こっちきなさい。」
アヤの言葉に反応を示したカエルがいそいそとこちらに向かって来た。
さすがカエルと言ったところか泳ぎはかなり速い。
「あ、アヤ!どうなってんのっ?なんか息できるようになったし目も見えるし、なんか楽しくなってきた!」
カエルはこちらに笑顔を向けた。
「あなた、だいぶ狂っているわよね……。」
「ん?」
「もういいわ。とりあえず、私は泳ぎが得意ではないから残りの三人をこっちに連れて来て。」
アヤは上にいる三人を指差す。
「ほーいっ!」
カエルは素早く泳ぎ、残りの三人の内、ヒエンをまずつれてきた。
「アヤさん?無事でしたか!」
ヒエンはアヤがいる方向とはまったく逆の方向にしゃべりだした。
神力を纏っているおかげで水がヒエンを襲う事はなく、ヒエンは普通に会話ができているわけだが視覚はまだ戻っていない。
「あ、そうか。ヒエン、まだ目の方は見えていないのよね……。」
アヤは慌ててヒエンにも時間の鎖を巻いた。
「なんだか時間を巻き戻されたような気がしますが……目が見えます。」
「さすがね……。ヒエンにはこの力がわかるのね。」
アヤは感動しているヒエンをよそに残りの二人にも鎖を巻いた。
「あら~?苦しくないわ!目もみえるし~すっごおい!これ、時神さんの能力なのね~?」
草姫は楽しそうに笑っている。
この神もまともな精神をしていない。
「はあ……はあ……。」
イソタケル神は肩で息をしていた。
とても苦しそうに見える。
「タケル様~、あなた、神力を花姫にあげていたんでしょ~?
二人分の力を潮水の中で出せるなんてあなた~けっこう、化け物よね~?
しかもその子、気絶しているから四人分くらいの力をださないといけないって事よね~?」
「まあ、そうだ。」
イソタケル神が一息ついたところでカエルがひょいっと現れた。
「アヤが呼んでるよっ!下に集合!」
カエルは下の方にいるアヤ達を指差した。
イソタケル神達は神力で水を防いでいたが、実際に水を飲んでしまった者は当然沈む。
アヤが下にいる理由を考えたイソタケル神は「自分のせいか」とつぶやき、渋面をつくった。
「じゃあ、泳げないから~つれてって~。」
草姫はカエルの手を握った。イソタケル神も草姫が握っていない方の手を握った。
「うっわー、なんか底冷えするものがあたしを包むんですけどっ!」
イソタケル神の力を感じ取ったカエルは顔を青くしながら泳ぎだした。
「やっと来たわね。」
平泳ぎで泳いできたカエルにアヤはため息をついた。




