流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー19
カエルに何かあったのか突然積乱雲が消えた。
ヒエンと草姫は神々にとって最大の防御服、着物に素早く着がえ、雷と雹、暴風と戦っていた。
ヒエンはピンク色の浴衣、草姫は紅色の振袖だ。
積乱雲が消えて太陽の光が二人を照らしはじめる。だんだんともとの静寂が戻ってきた。
「た、大変でしたね……。」
「はあ、はあ……死ぬかと思ったわ~。あなたが葉っぱで守ってくれなかったら大変だったわよ~……。
私、防御の方面はあまり強くないから~……はあ……ちょっと戸惑っちゃったわ~……クロタネソウね~……。あ、花言葉は戸惑い。」
草姫が大きなため息をつく。
「そうです!そ、そんな事よりも!とにかく!えーと!アヤさんを追いましょう!」
ヒエンは両手を広げて浴衣から元の服に戻ると慌てて走り出した。
「ああ、待ちなさいよ~……。まじめなの?せっかちなの?もう~……」
草姫がやれやれと首を振り、ヒエンを追いかけようとした。
刹那、目の前に突然天記神が現れた。なんの前触れもなかったので草姫は息を飲んだ。
「うっ……わあああ!」
草姫は柄にもない声を出してのけ反っていた。そしてその声に驚いたヒエンが草姫を振り返る。
「驚かせてごめんなさい。」
天記神は一神で女性の方らしい。
そして天記神の表情は暗く、何かを訴えかけていた。ヒエンも進みかけていた足を戻し、草姫の元へ戻ってきた。
「天記神さん……わたくし達……。」
言いかけたヒエンを手で制止した天記神は透きとおる橙色の瞳で二人をそっと見つめた。
「……知っております。隠していた記憶、見たんでしょ?」
「ええ。みたわよ~。ずいぶんな大犯罪、やってくれたものね~。歴史書の改ざんも重大な罪じゃないかしら~?」
草姫は凛とした表情で怯えている天記神を見据えている。
「あなたがご立腹な理由は木を勝手に殺した事でしょ……。それとも花姫ちゃんに禁忌を教えた事かしら?」
天記神は悲しみを含んだ目で草姫を見つめる。
「そう、前者。花姫はどうでもいいのよ~。
あなたはもう許されないわ~。ここにはスサノオ尊の娘、大屋都姫神、ヒエンがいるのよ~?
しらばっくれても意味をなさないわ~。」
草姫はそっと目線をヒエンに映す。ヒエンは悲痛の表情で天記神を見上げる。
「あなたはこの事を何百年も隠していた……それは大きな罪です。」
ヒエンの美しい緑色の目に見据えられ、天記神は苦渋の顔でその場に跪いた。
「ええ……承知しております……。」
「……あなたはその罪を誰かに気がついてほしかったのではないですか?」
ヒエンの問いかけに天記神は伏せていた顔をあげた。
「それは……どういう……?」
「言葉通りです。
あなたは始めから全部知っていましたね?
兄がどこの本にいるのかもすぐにわかっていたはずです。
あなたはそれをあえて伝えず、その後の歴史書を渡しました。
私達にその歴史を見てほしかったんじゃないですか?
花姫がどういう神だったのかとあの地域の状態など……。」
「それは考え過ぎでございます。私にそんな……。」
天記神は再び、ヒエンから目を逸らすと目線を下に落とした。
「あなたは冷林の本を七冊出してきました。
その七冊はすべてあの時代の話です。
冷林ほどの神があの時代以外の歴史書を残していないなんてありえません。」
「七冊?それはありえないわね~?
話によると冷林の歴史書、百冊はあるそうじゃない~?知恵の神、思兼神が言っていたわ~。
あなた、なんでそんなピンポイントに冷林の本が出せたのかしら~?」
途中、草姫も会話に入り込んできた。天記神の顔がますます曇る。
「……しかたありません……わかりました……。
白状いたしましょう。
……私は怖かったの。あの時の私は完璧だったわ。……完璧に隠し過ぎて怖くなったのよ。
花姫ちゃんは消えてしまった。
自分にも非があるはずなのに私は何事もなかったかのように過ごした。
はじめは誰かに気がつかれるのが怖かった。
でもだんだんとその内、気がつかれない事に恐怖心を抱きはじめたわ。
私はこのままノウノウと生きていていいのかしら……ってね。
それで、歴史の張合せを以前よりも雑に編集したの。気がついてほしかったけど気づかれたくなかったわ。
その後の事を考えちゃうとね……自分から罪を口にできなかったの。
でも、このまま誰にも気がつかれずに胸のもやもやだけを抱えて生きて行く気にもなれなかった。」
天記神はそこで言葉を切ると微笑んだ。
「私は最低で最悪の神。そして私は今、気がつかれたことを後悔している……。」
「……あなたの罪は見過ごせませんが……結果として今、人間界と高天原は保たれています。
私は今更この件を高天原に持って行こうとは思いません。」
「ちょっと!ヒエン~?」
草姫が不満そうな顔を向けたがヒエンは構わず続ける。
「そのかわり、あなたにやってもらいたい事があります。」
重苦しい言葉が天記神にのしかかった。ヒエンが天記神に言雨を放ったのだ。
「……はい。」
天記神はヒエンに頭を下げながら震えていた。
「兄にいままでの事すべて話しなさい。花姫の罪の事もすべて。」
「……?はい。かしこまりました……。これは私……タケルちゃんに殺されてしまうかもね……。」
ヒエンの言葉に答えながら天記神はぼそりとつぶやいた。
「……なさけはかけません……。早く行きましょう。アヤさんが危険かもしれませんから。」
ヒエンは一言そう言うとさっさとカエルが逃げた方へ歩きはじめた。
「ちょっと~ヒエン~?」
その後を慌てて草姫がついて行く。天記神もあきらめたように目を閉じると歩き出した。




